汚れた手紙
アケチは三十分ほどかけて丹念に資料に目を通すと、それをナミコシに返した。ナミコシは、
「おや、もうよろしいのですか?」
と驚いてみせたが、資料の束を封筒にしまいながら、
「噂通りですな。もう覚えてしまわれたわけだ」
とギョロリとした目を見開いて意外と愛嬌のある笑顔を浮かべる。ジッと黙っているとその異相は怪人物そのもので、タキシードでも着せてシルクハットを被せれば、まさに死神博士といった様相である。
「どんな噂ですか?僕はどんな人物として、その人材バンクに載ってるんです?」
アケチは怒り半分興味半分で尋ねる。ナミコシは苦笑しながら頭を掻く。ナミコシはこういった仕草がよく似合うのだが、騙されてはいけない。その裏に冷徹で計算高い刑事の顔が隠れていることにアケチはもう気づいている。
「画像記憶能力の持ち主で、科学検査でも見逃してしまうような細かい事実も見逃さない。そして優れた探偵に必要な行動力と執念を持ち合わせている。そんなところでしょうか」
ナミコシは封筒をカバンにしまい、マスターにフルーツケーキを注文する。
「さて、いかがですかなアケチ君。ご協力願えますでしょうか?」
アケチは少し渋面を作る。演技ではなく本音だ。ナミコシの思惑通りに動くのは癪だが、この事件がアケチの好奇心を刺激し、ガッチリと掴んでしまったのは隠しようのない事実だ。
「やります」
「ありがとうございます」
二人の前にフルーツケーキの皿が置かれる。レーズンや杏などのフルーツがたっぷり入ったパウンドケーキの一切れに、丸いホイップクリームの玉が添えられている。
「なかなか難しい世の中ですからな。電話やメール、SNSでの連絡は避けておりましてね。緊急の場合はここのマスターにご連絡ください。私に取り次いでくれますので」
マスターが無言で名刺を差し出してくる。名前と携帯の電話番号だけが記されたシンプルな名刺だ。
「それとー」
アケチはナミコシの口調に僅かな変化を感じる。
「まだお見せしていない資料がありまして。これなんですが」
ナミコシはジャケットの内ポケットから折りたたんだ紙を取り出す。開いてアケチに渡す。コピーだ。手書きの文書のコピー。
私はセーラー服が好きです。私はお化粧するのが好きです。 ふたば
「これは?」
紙の皺や汚れまで写り込んだ複写。黒い染みは血だろうか。ナミコシはフルーツケーキを口に運びながら言う。
「双葉のセーラー服のポケットに入ってました。原本は持ち出せなくて」
「遺書ー ですか?」
「捜査本部はそう見てます。まぁ遺書だと考えたほうが分かりやすいですからね。少女として死にたかったという動機にもつながりますから」
ナミコシの口調からするとどうやら彼はそう考えていないらしい。
「コピーじゃなく写真はありませんか?」
「残念ながら今日は。次回お見せしましょう。あぁアケチ君、ケーキをどうです?美味いですよ」
アケチは小さな銀色のフォークを手に取りケーキを一口。
「ここのマスターはいつからですか?」
ナミコシは「?」という顔つきでアケチを見る。
「警察関係者ですか?僕の監視役?」
ナミコシは困り顔で苦笑。髪の毛を掻いてみせる。
「いや、アケチ君には敵いませんな。数ヶ月前からポツポツとシフトに入ってもらってます。もちろんアケチ君の監視専任というわけでなく、この店を拠点に情報収集をしてもらってます。それ以上は勘弁していただけませんか。クビになってしまいますので」
親族経営なのかよく人の変わる喫茶店だとは思っていたが、そういうことだったかとアケチは得心がいった。
「アケチ君、敬遠したりせず今後も贔屓にしてやって下さい。コーヒーも食べ物も悪くないはずだ。さぁ、よろしければこれを」
ナミコシが差し出した封筒。中を確かめるとこの喫茶店のコーヒー券の綴りだ。
「すみません、私も一介の警部ですので。機密費やなんかは縁がありません。私のポケットマネーから、前金ということで」
アケチは少し考えてからその封筒をカバンにしまった。




