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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
3/12

地下鉄で通う女2

 朝、出勤前の時間帯はカフェの客の出入りも多い。皆手早く食べてさっさと店を出ていく。店内で飲まずテイクアウトする客も多い。店内に腰を据え、ゆったりと飲み物を口にするのはアケチも含めて数名のみ。

 このカフェで過ごすひと時、アケチはまだ起き抜けで目覚めきっていない胃袋に、ジューシーなソーセージを挟んだホットドッグかクリームチーズたっぷりのベーグルサンド、たまに厚切りのピザトーストを詰め込む。食べながら経済関連ニュースをチェックし、気になった株を売り買いするというわけだ。

 これをアルバイトというならかなり効率の良いアルバイトだと言えるだろう。食事の片手間にボタンをいくつか押すだけの話だ。これで月に数万円を稼いでいるのならアケチはなかなかに優秀なトレーダーということになる。

 彼がこのカフェを贔屓にし、常連客となったのにはいくつかの理由がある。まず、下宿先のマンションから程よく距離が離れており、マンションの住民と顔を合わす機会が少ないこと。それと大学への通学ルート上にあること。他にはWiFiが使えること、店内が清潔であること、飲み物も食べ物もそこそこ美味しいこと。そして店員の教育が行き届いており不愉快な思いをすることが少ないことなどだ。

 アケチが朝のカフェに求める条件を満たす店は近隣にはこのカフェぐらいしかなく、從ってアケチは土日以外はほぼ毎日この店で朝食を取り、ニュースをチェックし、その日の株の売り買いを決めるというわけだ。

 WiFi設備を備えたカフェでお茶を飲みながら朝のニュースに目を通し、その日の取引の方針を決め、PCやスマートフォンで取引を行うというのは、何かと忙しい生活を送る人々にとってはよくあることかもしれない。定職を持つ者や学生にとっては、一日中画面に張り付きながらデイトレードを行う余裕はないし、せいぜい休憩時間にスマートフォンを使って相場を確認し売買を行うくらいが関の山だからだ。

 アケチがこの店で行っている小遣い稼ぎというか、アルバイトについては分かったが、さて彼がこの店で行っている趣味活動とはなんだろう。一見するとアケチは食べることと飲むこと、ノートPCに触れる以外のことをしていない。ただボウっと外を眺めているだけのように見える。

 実はこれがアケチの趣味なのだ。人間観察。朝、地下鉄の駅へと急ぐ人々の様子を眺めること。店の前の歩道といっても見える範囲はたかだか十メートル前後。忙しい勤め人たちはほんの二三秒でアケチの目の前を通り過ぎてしまう。黙って前を見据えただ先を急ぐ人たち。そのイワシの群れのように流れ続ける人々をジッと観察する。それがアケチの趣味である人間観察の基本行動なのだ。

 一方向に同じスピードで泳ぐ魚の群れのように、アケチの目の前を通り過ぎていく人々。場所と時間帯から、「朝」「出勤」「地下鉄」という属性を持った人がほとんどであるためか、個性の幅はより狭まっているようだ。

 何となくぼんやり眺めていると、ダークな色合いの服を着た人が流れて行くだけに感じるが、アケチの視線を追ってみると、時折激しく左右に振れたり、特定の対象者を追いかけたりしているのが分かる。

 それらの対象者には、アケチの興味を引く何かがあるのだろうが、容姿や持ち物からアケチの興味を惹きつける要因を特定するのは困難だ。アケチの反応する人々はみな一様に十人並みの容姿と、平凡な服に身を包んだ男女ばかりであり、特別に人目を引くようなところは無いように見える。

 もっとも朝、出勤時の人々の足は速い。わずか数秒で目の前を通り過ぎてしまう通勤者の群れを眺めて何をしようというのか。何が見えるというのだろう。

 すると物憂げに飲み物を口にしようとするアケチの手が止まった。次の瞬間、多少乱暴に紙コップがカウンターに置かれる。アケチはノートPCをパタリと閉じると黒い革のリュックサックにしまい込んだ。

 アケチは残った飲み物を一気に飲み干しホットドッグを口に押し込む。紙コップを屑籠に放り込んで、急ぎ足に店を出ていった。

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