ゲーム2
質問に「いいえ」と答えた男は相変わらず笑みを絶やさずアケチを見つめている。
「さぁ、私の番ですな」
男は大きな手を胸の前で揉み合わせて、歯を見せて笑う。綺麗な白い歯。舌の色も良い。男は楽しそうにアケチを覗き込む仕草を見せ、小さく咳払いをした。
「では。あなたはご自分の左手側のグラスを選ぶつもりですね?」
男はアケチから目を逸らさない。瞬きもせず、大きな目でアケチを見据えている。
「いいえ」
アケチはそう答えて男の視線を外し、二つのグラスを見る。わざと顔と目線を少し動かして左のグラスを見る。グラスの方に顔を向けながら、実際はその先にある男の手を見ている。自分の視線に対する男の反応を見るために。
「アルコールの入ったグラスは、あなたから見て右側のグラスですか?」
アケチの二つ目の質問に男は少し間を置いて答えた。
「いいえ」
右、左、どちらも答えは「いいえ」だ。つまり男は一度は嘘をついていることになる。自分の嘘を見抜いてみろということか。
男は愉快そうに相好を崩し、「いやいや、さぁてさて」などと言いながら、それでもアケチから目を離さない。
「では最後の質問ですな。ふむ。あなたはー うーん、そうですね」
男は迷うふりをしながらもアケチを瞬きもせずに見つめている。
「アルコール入りのグラスはあなたの右手側にありますか?」
アケチは数瞬、間を置いてから答える。
「はい」
男は「おぉ、はいですか。はいと答えましたね」と大喜びしながら拍手をして見せる。軽く咳き込んで「失礼」と断ってハンカチを取り出し口元を押さえる。
「さぁて、いや、なかなか面白い。やはりあれですな、ゲームの妙味というやつは駆け引きですな。人と人、心と心。ポーカーや麻雀が楽しいのはそこですな」
アケチは男の様子を無言で眺めていたが、やがて素っ気なく言った。
「じゃ、選びますよ?」
「おや?もう良いのですか?」
アケチは控えめに鼻から息を吐き、軽くグラスを睨んでから、おもむろに右手側のグラスに手を伸ばす。
アケチは男の反応を見たりすることなくそのまま右側のグラスの軸をつまむと、そのまま自分の方へ引き寄せる。
「では」
そう断ってグラスを一気に煽る。男はその様子を見つめながら控え目な拍手を送った。
「いやいや、素晴らしい」
男はもう一つのグラスを取り、一息に煽る。
「うん、ジンが入っています。勝負はあたなの勝ちですな」
男は空になったグラスをマスターの方へ押しやり、
「お代わりはいかがですかな?もちろん水じゃなくてコーヒーの方ですが」
アケチは面白くなさそうに男を見つめ返す。
「一つ教えてもらえます?」
「何なりとどうぞ」
アケチは男の表情を見逃さないように、二三度瞬きをしてから言った。
「なぜ僕に水のグラスを取らせようとしたんです?」
男は意表を突かれたとでもいうように、目を大きく見開き苦笑した。アケチは続ける。
「あなたは僕の左手側のグラスがアルコール入りだと知っていた。いや途中で見抜いたのかも」
男は軽く両手を上げで見せ、
「これはこれは… お見通しでしたか」
「なぜです?なぜ水のグラスを選ばせようとしたんです?そもそも最初はどちらのグラスがアルコール入りかあなたも知らなかった。途中で気づいたのに、あえてそっちを僕に押さなかった。なぜです?」
男は両手を掲げ、アケチにひれ伏すようなポーズを取り。恐れ入ったとばかりに額の端を掻いた。
「確かに。私もどちらがジンのグラスか知りませんでした。どこでお分かりになりました?匂いとか?」
アケチはマスターに視線を向ける。
「多分あなたと同じ。マスターです。マスターの目と手の動き。あと呼吸の速さ」
男は声に出さずに「ブラボー」と言い、顔の横で拍手をした。
「なぜです?なぜ水のグラスを選ばせようとしたんです?」
問い詰めるアケチに男はちょっと恥ずかしそうな笑みを浮かべた。




