そして死体は微笑んだ
丸亀洋子は無事に保護され、瀬名壱心、曽我部志保里の二人は逮捕された。事件は一応の解決を見たわけであるが、二週間後、アケチは再びフミヨに呼び出された。
いつものようにフミヨの車で拾ってもらい、ビジネスホテルへ向う。部屋に入るとフミヨは開口一番言った。
「この間保護した丸亀洋子さん、死んじゃったわ」
アケチは怪訝な顔で尋ね返す。
「死んだ?殺されたとか?それとも自死?」
フミヨは小首を傾げて唇を尖らせる。
「うーん、その中間といったところかしら」
「中間?自殺を強要されたとか?」
それも全くありえない話ではないとアケチは思った。しかしいくらマゾヒストとはいえ、自らの命を経ってまで被虐を求めるだろうか。
フミヨはトートバッグから銀色のタブレットPCを取り出し起動する。
「見てちょうだい」
画面に「丸亀洋子」というファイルが浮かんでいる。ファイルの中身は死体愛好家の顔を隠し持つ長沼鑑識官が撮影した丸亀洋子の遺体写真である。
分厚いゴム素材で作られた頭から足先まで覆うタイトなスーツ。スーツには顔から首腰腕足に至るまで、ゴツい鳩目の鋲が打たれた拘束ベルトが縫い付けられており、そのせいで写真の中の丸亀洋子はまるで灰黒色の巨大な葡萄房のように見える。
丸亀洋子は曽我部志保里の施すサディスト療法を忘れる事ができなかった。金にあかせてサディストを雇い刺激を追い求めた結果、加減の利かない二流サディストに責め殺されてしまったのだ。
かくして至極の笑みを浮かべる死体は、このようにして出来上がったのである。
アケチはタブレットをフミヨに返しながら聞く。
「ねぇフミヨさん、僕らは彼女を助けたのかな?それとも余計なお世話を焼いたのかな?」
「さぁどうかしら。あたしたちは犯罪者を捕えるためにベストを尽くしたわけだし。それでいいんじゃないかな?」
アケチとフミヨは人間の業の深さを噛み締めながら、このあと激しく愛を交わした。
「ねぇアケチ君」
ミネラルウォーターを飲みながらフミヨが言った。
「お願いがあるの」
「え?どんな?」
「あなたの遺伝子が欲しいの。でもほら、あたしって根っからの文系でしょ?アケチ君の遺伝子を固定化する方法を一つしか知らない」
アケチは黙ってフミヨにしゃべらせる。
「妊娠よ。赤ちゃんの形で固定化するのよ。あなたの遺伝子を」
フミヨは冗談を言っているようには見えず、かといってプロポーズしているようにも見えない。フミヨは「ふふ」と笑う。
「もちろん今すぐじゃなくていいのよ?あたしも仕事が忙しくてとても育休を取れるような状況じゃないし」
数日後、アケチはお気に入りの喫茶店の一つに腰を据え、コーヒーを飲みながらノートPCをいじっていた。
朝の人間観察を行っている喫茶店と似て、この店も清潔で自宅から適度に距離があり、さほど混雑していないという、アケチの好みの店の条件を満たしている。
ドアベルが鳴って客が入ってくる気配。アケチが腰掛けているカウンター席に新たな客が座る。
アケチは「テーブル席も空いてるし、わざわざ自分の近くに座らなくてもいいのに」と内心舌打ちした。こうなったら早くコーヒーを飲み終えて店を出よう。
「モカをいただけますかな」
男性客が注文する。一瞬間を置いて再び男の声がした。
「失礼、そちらのお方」
アケチは再び心の中で舌打ちをする。男性が明らかに自分に向かって呼び掛けていたからだ。
アケチは渋々と男の方に顔を向ける。かなり広くなった額。残った髪は真っ白で耳を覆い隠すほど長い。稚気に富んだ大きな目。尖った鼻にこけた頬。色白で顔全体がテカテカと光っている。
「あなた、退屈していらっしゃるのでしょう?」
男は微笑みながらアケチに話しかける。
「よろしければ、私とゲームをしませんか?」
男の目が油でも垂らしたように光を帯びた。
第一章「微笑む死体の作り方」了
第二章「落ちる警官」へ続く




