紹介状は要らない
どう見ても短かすぎる白衣の裾。胸の谷間を惜しげもなく晒す着こなし。派手すぎるストッキングにハイヒール。そしてクレオパトラを思わせる派手な化粧と、それがしっくりと似合ってしまう美しい顔立ち。
どこからどう見てもメンタルドクターには見えません。そもそもドクター・プレシャスなんてふざけた名前の医師がいるものでしょうか。
そらでも。洋子はその若く美しい医師から目が離せないのです。年の頃は三十前後でしょうか。優しくしっとりしているのに、芯のあるキリっとした口調。その視線を向けられると、まるでタバコの火を近づけられたように感じるのです。その指の動きを見ると、叱責され指弾されたように胸がドキドキするのです。
洋子はいつの間にかポカンと口を半開きにして芒洋とした表情でドクター・プレシャスを見つめるのでした。
「さぁ、あなた、立ちなさい」
ドクター・プレシャスは一人の患者を椅子から立たせます。
「そこに跪いてごらん」
洋子はゴクリと喉を鳴らしてしまいました。
「手をついて四つん這いになりなさい」
患者は震えるような期待の表情を浮かべながら犬のように四つん這いになります。その周りを、まるで子牛の買い付けに来た食肉加工業者のように冷たい観察眼を投げつけながら、カツカツとヒールを鳴らして周回するドクター・プレシャス。
「アウッッ!」
患者が悲鳴を上げます。ドクタープレシャスがその鋭い爪先で患者の脇腹を練り上げたのです。洋子は思わず「アッ」とため息を漏らしてしまいました。
「相変わらずブヨブヨだこと。あなた、ダイエットなさいと言ったでしょう?忘れたの?ん?」
「ギヤッッ!」
まるで好戦的な軍鶏のようにドクター・プレシャスは今度は踵で患者の尻を蹴上げます。患者の贅肉がブルンッと震えます。洋子は我知らず「あぁ」と声を漏らしました。何で容赦の無い鋭い一撃でしょう。ドクター・プレシャスはゆっくりの患者たちの周りを品定めするように歩きます。一瞬洋子の前で立ち止まるかに見えたドクターは洋子を通り過ぎ、隣の患者に優しく話しかけました。
「まぁ、なんて醜い二重顎でしょう。よく見せてご覧なさい」
とその白くて長い指でもってピシャピシャと頬を叩きます。
「ふーん、口をお開け」
洋子はその冷えた口調に背筋が粟立ちます。
ドクターは大きく張り出した胸のポケットからボールペンを取り出すと、患者の鼻の穴へ差し込み、何の躊躇いもなくグイとボールペンでもって患者の頭を仰け反らせます。
「ガフッッー」
患者が鼻の奥で苦しげに呻きます。なんと容赦の無い非人道的な扱いでしょう。こんな医者がいるわけはありません。でも、そんな当たり前のことが洋子には分からなくなっています。
わたしも診断してほしいー
洋子の頭にあるのはもうそれだけです。他のことが入り込む余地はなくなっています。
ドクターはゆっくりと洋子以外の患者を嬲り続け、予定の二時間が経過する頃には洋子以外の患者は全て床の上に体を投げ出し、激しく喘ぎながら口々にドクターへのお礼の言葉を夢遊病者のように繰り返している状態でした。
最後にドクター・プレシャスは洋子の前に立ち止まり、道端に落ちている犬の糞でも眺めるかのような目付きで洋子を眺め回したあと、
「あなたはこの中でも一番病気が進行しているわ。すぐに特別なお薬や特別な道具を使って矯正治療を始めないとダメね」
ドクター・プレシャスは指先につまんだ名刺をひらひらと足元に落とす。
「拾ってごらん。ただしその涎まみれの臭いお口でね」
洋子は言われた通りに床に這いつくばり、苦労しながら口で名刺を咥える。咥えたままご主人様に撫でて欲しがる犬のようにドクターを見上げる洋子。
「そこに電話しなさい。特別に紹介状なしで診てあげる。いいわね?可愛いワンちゃん?」
洋子は涙を流しながらクゥンクゥンと鳴いた。




