フミヨのおとぎ話
フミヨは「いつものところ」に彼女の自家用車である白い5ドアの小型車で、いつものごとく五分遅れてやって来た。何もフミヨが時間にルーズなわけではない。あえて遅刻し「いつものところ」の周囲をぐるりと回ることで、尾行や監視者がいないかを確かめているのだ。
アケチは助手席のドアを自分で開け車内に乗り込む。乗るたびに思うのだが女子の部屋や車というやつはなぜこんなにいい匂いがするのだろう。控え目な芳香剤に本人の体臭が混ざりこの世にただ一つの香りを作り出している。フミヨはタバコも吸わない。車内芳香剤など本来必要ないのだろうが芳香剤には他の匂いを隠し分かりにくくするという利点もある。匂いは様々な情報を伝えてくれる。酒タバコはもちろん汗や血、薬品、食べ物の匂いは、視力だけでなく聴覚、嗅覚も優れ、軽い共感覚(音や匂いや熱が見える、或いは文字が聞こえるような感覚の共鳴と混濁)の持ち主でもあるアケチに様々な情報をもたらしてくれる。フミヨはそれを気にしているのかもしれない。
フミヨは十分ほど車を走らせ立体駐車場に車を止めた。二人は車を降り五分ほど歩き、繁華街の外れにあるビジネスホテルにチェックインした。部屋に入りドアを閉じる。
フミヨは持っていたトートバッグをテーブルの上に投げ出すとアケチと向かい合った。フミヨはものも言わずにアケチに抱きつき、激しく唇を貪る。二人の舌が絡み合う音と激しい息遣いが部屋を満たす。
「シャワー、浴ー」
アケチの口にむしゃぶりついて、フミヨは言葉を遮った。
「いいー ショウゴの匂いー 好き」
アケチの服を脱がせベッドに押し倒し馬乗りになると、もどかしげに自分の服を脱ぐ。
「これがあたしの報酬」
フミヨは人格が崩壊したような笑みを見せ、アケチの中心に跨ると、ゆっくりと腰を沈めた。
二時間後。二人はベッドの上でシーツにくるまって、柔らかなお湯に浸かるような気怠さを楽しんでいる。
「ねぇアケチ君、聞いていい?」
呼び方がショウゴからアケチ君に戻っている。
「うん?」
「どうしてもしたくなった時はどうしてるの?」
言葉の端に僅かな羞恥心が滲んでいる。アケチはそこにフミヨの健全さを見た気がした。
「んー、フミヨさんのこと思い出しながら自分でするかな」
アケチは素直に答えた。フミヨはアケチの額にかかる前髪をいじりながら、小さく笑う。
「あたしと同じだね」
フミヨはアケチの額に唇を当て何か言ったがアケチはよく聞き取れなかった。
「風俗とか行くって言われたらどうしようかと思ったわ」
アケチは何か言う代わりにフミヨの豊かな乳房を手の甲でひと撫でする。いわゆるコミュ障であるアケチはフミヨ以外に女性と付き合ったことがない。フミヨはアケチが情を交わした初めての女性であり、今のところ唯一の女性だ。アケチはもちろん口には出さないが、人と上手く付き合えない自分はフミヨ以外の女性であっても、事に臨んだ際、ちゃんと勃起するのだろうかと不安を感じている。フミヨはアケチの友人であり、姉であり、恋人、時には母でもある。アケチは自分で感じる以上にフミヨに依存し、溺れていると言えた。
「ねぇ、この間の事件の話してよ。犯人捕まったんでしょ?」
アケチに調査を頼んだ案件が一段落すると、フミヨはいつもこうしてアケチの体を求めてくるのだ。
「うん」
フミヨは横向きになりアケチに顔を向ける。
「本当は内緒なんだよ?特別だよ?」
「分かってる。まぁこれも探偵の報酬の一部ってことで」
フミヨがクスリと笑う。息が首筋を撫でアケチはゾクリとする。
「まぁ、高いアルバイト代を支払っているわ。まだ足りないの?」
「どっちかって言うと、事件の裏情報を聞ける方が嬉しいかな。金より」
「アケチ君はそういう質よね。いえ、質じゃなくて癖っていうのかな」
フミヨはアケチの乳首を弄びながら耳元に口を寄せる。フミヨは囁くように話し始めた。
「昔々、ある所に、一人のヤクザ者と、一人のSMクラブの女王様がおりました」




