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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
2/15

地下鉄で通う女

 さて、件の女性が微笑む屍体となる二ヶ月ほど前、季節は冬の気配も遠ざかり桜の蕾が膨らみ始める頃である。

 大通りに面したカフェ。ちょうど朝の出勤時間と重なっているせいか、店内は程よく混んでいる。

 歩道に面したカウンター席。今ここに一人の少しばかり怠惰な雰囲気をまとう青年がいる。アケチ青年だ。アケチはカウンター席に座り込み、薄っぺらい銀色のノートパソコンを開いて、時折キーボードに触りながら、ホットドッグをモグモグとやり、紙コップから温かいカフェ・オ・レをチビリチビリと飲んでいるところである。耳にはイヤフォンが差し込まれており、側に寄ると微かなドラムのリズムが漏れ聞こえてくる。

 PCで仕事や資料作成をしている雰囲気ではない。PCの画面に映っているのは新聞系のニュースサイトだ。薄手のモッズコートの袖を二つ折りにして、意外と逞しい手首を晒しながらキーボードを弄んている。左手にはゴツい感じの自動巻きの腕時計と水晶玉を連ねた数珠が嵌まっている。

 よく観察すると、アケチはPC画面をあまり熱心に見ていない。八角形のフレームに淡いブルーのレンズのサングラスの奥で、大きな瞳がチラチラと落ち着きなく揺れている。どうやら画面をチラ見しながら歩道を行く通行人の方を見ているようだ。

 アケチの目は店の外、歩道を駅に向かって急ぐ人々に向けられている。人々の流れはアケチの前を右から左へ流れ、その先にある地下鉄駅への降り口に吸い込まれていく。相変わらずアケチの指先は、大きな白い蜘蛛が踊るようにPCの上を這い回りながら、ニュース記事を次々に表示させては消すことを繰り返している。

 時折食べ物と飲み物を口にする以外、アケチはほとんど動くことなく、ジッと歩道を行く人波を見つめている。そんなアケチの横顔は、丹念にノミやヘラを操って仕上げた石膏像のように整っている。そのハンサムな顔にはまだ幼さが色濃く残っており、青年ではなく少年と呼んでも差し支えなさそうだが、その憂鬱そうな眼付きといい、あまり手入れの行き届いていない緩くウェーブにかかった茶色い髪といい、朝の髭剃りをさぼったらしい顎と口元といい、少年らしい初々しさや素直さが感じられない。

 手足も長く着ている物の趣味も良いから、一見すると他者から随分と好意を寄せられるタイプに見えるが、しばらく観察していると、アケチはその体の周りに透明な小さな棘のようなものを纏っていることが分かってくる。何やら他人を遠ざける類のオーラを発しているのだ。

 僕に話しかけないでー

 その無言のメッセージは目に見えずともアケチを覆うバリアとなって、アケチの外見に惹き寄せられ興味を持つ他者をたじろがせることに成功している。

 実はアケチはこのカフェの常連である。平日のこの時間、大抵の場合は同じ道路沿いのカウンター席に陣取り、イヤフォンで外界の音を遮断し、PC画面にニュースサイトを表示させながら、カフェ・オ・レを小口に空け、ホットドッグかベーグルサンドを食べるのだ。

 このカフェからほど近い大学に通う大学生であるアケチにとってカフェで過ごす朝の時間は、単純に朝食の時間でもあると同時に、趣味の時間でもあり、アルバイトの時間でもある。

 彼はニュースサイトを複数開き、地方の街ネタから社会、国際関連までチェックしながら、株式市況の動向を知らせるアプリを開き、さほど迷うことなくいくつかボタンを押した。この平日は毎朝行っている何気ない簡単な操作のお陰でアケチは毎月幾ばくかの利潤を得ているのだ。市場への投資額はさして多くないものの、トータルすれば月にアルバイト代くらいの儲けは出ている計算になる。

 アケチは少し冷めてしまったホットドッグをまた一口齧るととナプキンで指先と口元を丹念に拭いた。その目は相変わらず歩道を行く人の流れに注がれている。

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