微笑む死体の作り方 5
車内に間もなく駅に到着するとのアナウンスが流れると女性が降りる気配を見せた。市の中心部である始発駅から五駅目。アケチの最寄り駅、御所大学に一番近い駅だ。
ブレーキがかかり地下鉄の速度が落ちる。女性は立ち上がってドアの前に立つ。踵のある靴を履いているにも関わらず停車時のGのかかる状態でも身体がブレたりしない。タイトスーツに浮かび上がる見事なプロポーションはダイエットや痩身マッサージだけでなく、ちゃんと鍛えている証拠だ。
ドアが開く。アケチは素早く立ち上がって降りる女性を適当な距離を置いて追う。地下鉄駅から地上に出て歩き始める女性。小気味よくヒールを鳴らし、尻の筋肉がタイトスカートの下でリズミカルに揺れる。アケチは自分でも浅ましいと感じながらも、魅惑的に揺れる女性のヒップを眺めながら後を追う。
不意に女性が肩から下げたトートバッグに手を差し入れる。取り出した携帯を顔にあてがう。ここでアケチにちょっとした幸運が訪れた。後ろから尾行するアケチに女性の口元は見えない。距離もあるため声も聞こえない。が、女性の前に一件の喫茶店があり、その店のウィンドウに女性の姿が映し出されていたのだ。
アケチは目敏くウインドウに映る女性の口元を読んだ。読唇術だ。その唇はこう動いた。
オロサナイデ イカシテオイテ
アケチは思わず身震いした。女性が口にしたのは果たして、
『堕ろさないで。生かしておいて』
だろうか。それとも、
『殺さないで。生かしておいて』
だろうか。読唇術では「堕ろす」と「殺す」を見分けるのは至難の業なのだ。いや、そもそも自分の見間違いということはないだろうか。『戻さないで。置いておいて』とか、当たり障りのない言葉を読み間違えたのではないだろうか。迷うアケチをよそに女性は歩みを止めず、喫茶店のウィンドウに映る姿はどんどん大きくなる。そこで女性の唇が再び動いた。
オロシチャダメヨ イイワネ
アケチは確信した。女性は『殺しちゃだめよ。いいわね?』と言ったのだ。女性の表情は半分サングラスに隠されているものの、緊張する頬の筋肉、力のこもる指先、強張る肩と背。それら全てが『殺す』という物騒極まりないワードを示している。
放っておくことはできない。アケチは女性の後を追う。女性はキビキビと歩を進める。すぐ先に二棟建てのタワーマンションが建っている。三十五階建のツインタワーだ。女性はその片方のエントランスに消えた。部屋を確認するにはエントランスに入らなければならないが、そんな危険は冒すべきでないと判断し、怪しまれないよう注意しながら周辺を歩く。
『殺さないで。生かしておいて』
もし女性がそう言ったのなら、このマンションに監禁され生命の危険に晒されている者がいるかもしれない。アケチは迷った挙句大学の授業をサボることを決め、タワーマンションのエントランスを見張り始めた。
一時間ほど経った頃だ。アケチにちょっとした幸運が訪れる。窓だ。マンションの窓辺に人影がよぎったのだ。一般人にはとても無理だろうが、アケチの鷹並みの視力はそれを見逃さかった。
彼女だー
サングラスを外し髪を下ろしているものの、その女性は間違いなく地下鉄で見た女性だった。服も柔らかで薄手のナイティに変わっている。女はカーテンを引いて日を遮った。恐らくこれから眠るのだろう。これで住所と本人の顔を把握できたわけである。
女性がいたのは最上階から数えて五つ目の三十一階、東から三番目の部屋であった。豪華タワーマンションの高層階。恐らく一般的な会社員の生涯年収ぐらいの値段に違いない。
さて、急いでフミヨに連絡したものかどうかを考えながら、エントランス近くを歩きながら様子を探るアケチに、もう一つ幸運が転がり込んてきた。郵便局員だ。赤いバイクに乗った郵便局員がエントランス近くにバイクを停め、小走りにエントランスに近づく。アケチはさりげなく近づいていく。
郵便局員はエントランスの脇にあるオートロックの操作パネルを慣れた手つきで番号を押した。




