微笑む死体の作り方3
こうしてアケチの報酬を貰っての調査、探偵活動が始まった。
やってみると抜群の視力や記憶力だけでなく、性格的にも探偵活動が自分に向いていることが分かった。人間観察と人間心理の探求。つまるところ探偵活動の基本はこの二つである。どちらもアケチの得意とするところであり、フミヨの見込み通りアケチは優れた探偵の才の片鱗を発揮してみせた。
法律でなく犯罪心理学でも専攻すれば良かったかー
アケチ自身もそう思ってしまうほど、探偵行動はアケチの性に合った。人間の行動と心理の探求。言葉は綺麗だがアケチの探偵行動に学術的な意味は薄い。報酬を貰い、他者の秘密を覗き見ているに過ぎない。赤の他人の嗜好や秘密を本人に知られずにこっそりと調べる行為には、ある種背徳的な快感がつきまとう。趣味としてこれを行うならばそれは限りなく犯罪に近いし(時には犯罪そのものでもある)、窃視症患者の多くがそうであるように病的な常習性も伴う。
ただ、フミヨは「仕事の依頼」という形をとることでアケチの心理的な抵抗感を下げた。都市犯罪研究センターは半官半民の組織であり、フミヨはセンターに出向している警察の人間だ。そういう筋からの話であれば心理的障壁は低くなる。
こうして地下鉄調査を始めたアケチは、着実に探偵活動という名の人間ハッキングに嵌まってゆき、その結果着々と成果を挙げていった。
痴漢、掏摸、盗撮マニアたちを次々に特定し、彼らと彼女たち(痴漢行為をやめられない性犯罪者は男性だけとは限らない)の情報を写真や動画といった証拠付きでフミヨに報告し続けた。
まずアケチが驚いたのは、痴漢や盗撮といった犯罪を犯す者たちが驚くほど、外見上普通に見えることだ。学生、会社員、教師、公務員に経営者。中には社会的な地位が高く、世間に名の知れた者までいるのだ。
皆陰湿な欲望に取り憑かれながらも社会性を保って生きる二重人格者たち。それが大きなリスクを伴うと分かっていてやめられない犯罪中毒者たち。
アケチは実は自分もその中毒患者の一人であることに自身で気づいている。アケチ自身もまた、興奮とスリルと味わい、その魅力から逃れられなくなった中毒患者であるといえた。
アケチを探偵活動に駆り立てるものは他者の秘密を覗くスリルだけではない。フミヨだ。フミヨは親族の中でも数少ないアケチの理解者であり、アケチの抱えている疎外感と孤独感という傷に、アケチ自身に痛みを感じさせることなく寄り添うことができるほぼ唯一の女性であった。アケチはフミヨに対して大いなる尊敬と親しみ、感謝の念を抱いていたのだ。もしアケチが犬であったなら、フミヨを前に行儀よくお座りして顔を見上げ、思い切り尻尾を振る彼の姿が見られたに違いない。
フミヨはアケチの調査成果に驚いて見せ、それからアケチを褒め、勇気づけた。潜入スパイを操る公安警察官のようにフミヨはアケチをコントロールしていると言えたが、フミヨにはアケチを騙そうとする気はサラサラないように感じられた。むしろ、本心からアケチの才能を認め、それを世のために役立てたいと考えているようなフシがあった。
アケチは先の事はあまり考えずに、フミヨの依頼を淡々とこなしていった。朝、早起きをして本来乗る必要のない地下鉄に乗る。最寄り駅から終点まで行き、そのまま折り返して戻って来る。
通勤通学ラッシュの時間帯ゆえか、都心駅からの下りとなる折り返しの電車は比較的空いている。どこかのんびりした顔のサラリーマンや学生等がスマートフォンをのぞき込みながら電車に揺られている。
座席はほぼ埋まっているが立っている乗客はさほど多くない。これではある程度の身体の密着が必要な掏摸、痴漢、盗撮といった行為には及びづらいだろう。




