微笑む死体の作り方2
フミヨは笑って言った。
「あたしが調査を依頼するというのはどう?調べてほしい相手や案件をあたしから依頼するの。そうすればもう変じゃないわ。ショウゴ君は覗き趣味の変態じゃなく、依頼を受けて調査を行う有能な探偵ということになる」
アケチは「変態はないんじゃない」と言葉を濁した。フミヨがどこまで本気なのか分からなかったのだ。アケチは肯定も否定もせずにその場をやりすごしたが、その時以来ポツポツとフミヨからの調査依頼が来るようになった。
「通勤電車の痴漢乗車率について調べてくれる?」
とか、
「職場の同僚の飼い猫が逃げ出しちゃったの。捕まえられる?」
などなど。とても探偵業務とは言えないような気楽な案件ではあったが、これらはアケチに対する能力テストでもあり、探偵行動の演習でもあったようだ。
二ヶ月前、アケチを自宅近くの喫茶店に呼び出したフミヨは、奥まったテーブル席で一枚のA4サイズの玉紐付き茶封筒をアケチの前に置いた。「開けてみて」と目で促されたアケチが封筒を開くと、中には入っていたのは一枚の紙と輪ゴムで止めた丸めた紙幣。アケチは黙ってフミヨを見返す。フミヨは微笑みを絶やさぬまま一枚の紙に視線を落とす。アケチは紙に視線を落とす。
アケチは一枚の紙をそのままテーブルに戻す。白いA4サイズの印刷用紙にはほんの数行、簡単な指示が書かれているだけ。
『市営地下鉄御所線車内に乗車している掏摸、痴漢、盗撮者などの犯罪者を特定し、その犯罪者の個人情報を収集しセンターに報告せよ』
フミヨはうふふと笑って、
「ショウゴ君ならひと目で一字一句余さず暗記しちゃったわよね?」
そう言って封筒と書類を手元に引き寄せると封筒にしまう。丸めて輪ゴムで止めた紙幣をアケチの前にそっと転がす。
「こういうのって目立たないようにテーブルの下からこっそり手渡すんだったかしら?ごめんなさい。こういう依頼の仕方に慣れていないの。だってほとんど振込なんだもの」
アケチは咄嗟に言葉が出ず、戸惑ったように丸めた紙幣に手を伸ばす。一万円札が十枚、筒状に丸められている。
「とりあえず今月分ー ってところかしら。報告内容によっては追加で支払えるかも。通学前なんかの空き時間にやってくれればいいから。あ、特にノルマとか無いから。自分のペースで大丈夫よ」
アケチは少し困り顔でフミヨを見る。フミヨは相手を惹きつけずにはおかない春の日差しのような微笑みをアケチに向ける。アケチはこの笑顔を見ると、いつも下っ腹の辺りをキュッと掴まれたような心地になってしまうのだ。
「いやー 調査って言ってもさー 本気なの?」
アケチは半笑いで尋ねる。フミヨは微笑みを絶やさずに小さく頷く。
「もちろん。だってうちは半分お役所みたいな会社よ!?そこが前金で十万円払うのよ!?これ、どれだけ大変なことか想像してみて欲しいわ」
こうしてアケチは大学の授業前に通勤通学の乗客で混み合う市営地下鉄に乗ることとなった。しかし考えてみれば妙な依頼である。
フミヨの所属する社団法人都市犯罪研究センターは大阪府、京都府、兵庫県と地元の有力企業が出資する半官半民の団体である。職員の半分は自治体OBと警察OBで占められており、ちょっと見公務員の天下り先としか思えない。その団体が学生に犯罪調査を依頼し、しかも前金で報酬を支払うという。
妙だ。何もアケチに頼まずとも、都市犯罪研究センターには調査を得意とする元警官や元役人のツテがいくらでもあるのだ。なんなら元犯罪者のツテにも困らないだろう。
不思議に思いながらもアケチはそれ以上フミヨに理由を尋ねなかった。そこには何か意図があるのだと薄々感じていたからだ。




