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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
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微笑む死体の作り方

「お待たせ」

 にこやかな笑顔で手を振る女性。二十代半ばの美人だ。人目を惹く華やかな顔立ち。髪は黒い。逆に今時これ程真っ黒な髪も珍しいくらいに黒い。黒くてしっとりとした艶がある。いわゆるカラスの濡羽色というやつである。肩にかかるくらいの黒い真っ直ぐな髪は、頭の左側に分け目がつけられ、真っ白な頭皮が一筋のぞいている。歩くたびにリズミカルに揺れる髪。見た目ほっそりとした印象なのに髪に同調するように胸も揺れる。胸の揺れを強調するために、ブラと上品なグレーのスーツのサイズを微妙に調整しているのかもしれないと感じるほどだ。化粧は薄く、装飾品の類も付けていない。爪は短めに整えられ白く細い指に指輪は一つも嵌まっていない。首元にも耳朶にも光り物はついていない。ただ白く、仄かに桜色に色づいた素肌があるばかり。耳朶にはピアスを通す穴も見当たらない。

「随分と待たせちゃったかな?」

 小首を傾げながらはにかんだような笑顔で尋ねる女性。アケチは小さく首を振る。

「待つ方が好きだから。時間ギリギリは性に合わない」

 女性がクスリと悪戯っぽく笑う。

「ショウゴ君、絶対先に来るもんね。何だかゴメンね。いつも後から来るなんて、あたし偉そうだよね?」

「いいよ、全然。フミヨさんが遅刻したわけじゃないし。まだ三分前だから。僕の性格の問題だし」

「ふふ、行きましょう」

 フミヨはごく自然にアケチの横に立ち、自分の左手をアケチの右手に絡める。二人は夕暮れの街を歩き始める。駅近のオフィス街。退社時間であり通りはスーツ姿の男女が溢れている。二人は大通りから一本入った筋のコインパーキングへ。フミヨは精算機にコイン何枚か落とし込み、精算機が吐き出したレシートを大事そうに財布に仕舞う。

「これ無いと経費で落ちないんだ。うちの経理ってやたら細かいから」

「ちゃんとした会社の経理はそういうもんだと思うけど」

 二人は白いハイブリッド車に乗り込む。

「公用車、ハイブリッドなんだ?」

「うん、さすがに今時はね」

 フミヨが運転席に座りアケチは助手席に収まる。アケチも免許は持っているし、どちらかというと自分でハンドルを握りたい方なのだが、公用車を運転して事故でも起こすと面倒なのでフミヨに任せることにしている。

「シートベルト、OK?」

「OK」

 フミヨは必ずこれを聞く。公務員だからというわけでなく、アケチのことを本心から案じてくれてのことらしい。

「じゃ、行くね」

 フミヨは車を慎重に発進させる。アケチは横目でフミヨの横顔を確認しながら「よろしく」と呟くように言う。

 アケノ・フミヨ。アケチの従姉妹に当たる。アケチ家の分家筋であるアケノ家の娘だ。年はアケチよりも六つ上。アケチ家の親類縁者の中でアケチが心を開くことができる数少ない人間の一人。

 フミヨも御所大出身であり、性格的にもアケチ一族の特徴であるよく回る頭脳と舌、周囲の人を惹きつける明るさと社交性を備えていたが、どういうわけかアケチ一族の企業には入らず、公務員となった。現在警察の外郭団体である「都市犯罪研究センター」なる団体に属している。「都市犯罪研究センター」で調べても簡単な業務紹介や決算資料を掲載したウェブサイトが見つかる程度だ。文字通り都市犯罪の傾向とその対策について研究する団体のようだが、実際のところ都市犯罪研究センターでフミヨが何をやっているのか、アケチにはさっぱり分からない。

「どう?探偵業務の方は?」

 フミヨがハンドルを握りながら尋ねる。

「探偵業務ってー ただ言われるままになんか怪しそうな人を調べてみただけだし」


 人間観察から一歩踏み込んでみたらどうかしら?


 アケチが単なる人間観察に留まらず、探偵の領域に踏み込んだ背景にはフミヨの勧めがあった。


 ショウゴ君、向いてると思うの。ショウゴ君なら浮気調査とか身辺調査とかじゃなく、小説に出てくる名探偵みたいな探偵ヒーローになれるわ


 その時、探偵ヒーローってなんだよとアケチは苦笑したが、フミヨは本気だった。その後ことあるごとに犯罪調査活動を勧められ、アケチもフミヨの仕事の助けにもなるならと、渋々ながら探偵の真似事をしてみるようになったというわけだ。美しい女性の囁きというやつは恐ろしいものだ。

 気乗りせぬまま始めてみた探偵行動だが、アケチの驚異的な視力と記憶術もあって、スリや痴漢、万引きといった軽犯罪は面白いように見つけることができた。

「それでいいのよ。ショウゴ君絶対向いてるよ」

「はは、向いてるって?僕が探偵に?単なる趣味の延長だし。それに街行く人を眺めて、どこか引っ掛かった人を調べてみるなんて、探偵というよりただの覗き趣味のヤバいヤツだよ」

 アケチは滅多に見せない屈託ない笑顔を浮かべながら答える。

「そうね。探偵は普通調査依頼があってから調べ始めるものね。依頼主の依頼する事柄や人物についてね」

 

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