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探偵アケチの黙視録  作者: Nino
微笑む死体の作り方
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アケチの肖像5

 アケチはパルクールというスポーツを知り、早速練習に取り組んだ。パルクール愛好者が作成した動画や映画などを教本代わりに、街中を走り始めたのである。始めてみると深夜早朝に関わらず公園や駅前広場には意外と人目が多い事が分かった。犬の散歩をする者。ダンスやスケートボードの練習をする者。ただ酒を喰らいタバコを吸いながらたむろする者。鋭い目つきでブレスレットやチェーンをジャラジャラ言わせながら奇声を発する一団。

 彼らの好奇の視線を浴びながら練習するのはアケチの好みではなかった。それに深夜の街中の公園だと意外とすぐにパトカーがやってくることが分かった。近隣住民が通報しているのだろう。

 手摺や階段、遊具等があり、おまけに街灯まで設置されている公園や広場のほうがパルクールの練習場所には向いている。家の近くでそういう場所は比較的限られている。ただアケチの性格的に、他人の目を気にせず開き直って練習するのは難しい。結局アケチは河川敷や廃工場、大学近くの人気の無い公園を選んでは、日替わりで場所を変えながら練習を行っている。

 大学に入学してからなので、まだ一年と少しの取り組み期間だが、アケチの上達ぶりは目覚ましく、恐らく国内ではすでに最上級のパルクールランナーといっても良いのではないだろうか。もし競技会などに出れば大きな大会でも上位に食い込むだろう。もちろん人嫌いのアケチには全くそんな気は無いが。

 アケチはパルクールの練習を通じて実感したことがある。街中、特に都市部の町中は建物や道路、線路などで細かく仕切られており、車やバイクでも意外と移動に時間を要する。街の中心部の一点から一点まで一キロの距離を車で移動するのに、信号や道路状況などによっては十分弱もかかってしまうのだ。一方で、パルクールランで移動すれば五分以内に移動できる自信がアケチにはあった。

 さて、このように実家の軛から解放されたアケチは、その自由と気楽さを存分に享受していたが、反面心配事もあった。今の生活が気楽であればあるほど、将来家に戻った際の憂鬱さがアケチの心に重くのしかかってくるのだ。

 アケチは家を嫌っている訳では無い。家族が嫌いなわけでもない。ただ自分が劣等生であることを二十四時間常に意識させられる環境に耐えられないだけだ。アケチは心の弱い、傷つきやすい青年なのだ。

 アケチはこう思っている。家で、アケチ家の中で自分の居場所を作らねばならない。自分が安心できる、役に立てる居場所を用意しなければ実家に戻っても辛いだけだ。ただ今のところアケチは自分のアケチ家における居場所がどこなのか、自分が果たすべき役割を見つけられずにいる。

 法学部にいるからと言って安易に弁護士などを目指してみても、アケチ家にはすでに優秀な弁護士事務所がついている。会計士も同様だ。そもそもアケチ家の仕事は金と権力を上手に手懐け、支配下に置くことだ。法律の押さえや帳簿付けなどはアケチ家の仕事ではない。

 人を動かし、金を生み育て、権力の流れを家に引き込む。それこそがアケチ家の仕事であり、祖父や父、兄と姉がやっていることだ。恐らくは妹もその仕事を苦も無くこなすようになるだろう。そしてそれはアケチには容易にはできない仕事でもある。

 在学中に何かを見つけなければならない。残された数年の猶予期間の内に(アケチ自身はできるだけ長く大学に居残るために院へ進むことを考えている)アケチ家での居場所を見つけねばならない。あるいはアケチ家とは別の、自分を受け入れてくれる居場所を。

 アケチは自分が何者かをしっかりと自覚していた。彼は自分がたまたま金持ちの家に生まれただけの社会不適応者に過ぎないことをしっかりと自覚しているのだ。

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