微笑む死体
窓の外は、オレンジ色から青灰色に変わりつつある。室内には居眠りする老猫のような空調の音。ここは市街地にあるビジネスホテルの一室。シンプルで清潔感はあるが、チープで無個性な室内の調度類が並んている。
部屋の真ん中、小さなテーブルに向かい合って座る男女。女性は黒いスーツに白のブラウス姿。二十代半ばに見える。化粧は薄い。ほぼ漆黒に近い髪をポニーテールに束ねている。目鼻立ちがはっきりした、なかなかの美人。化粧が薄いのは仕事のためか、それとも自分の外見に自信があるからなのか。スカートの丈はやや短め。ほっそりした長い足を行儀よく揃えている。
向かい合っているのは若い男。まだ十代の顔付きをしている。パーマの当りが落ちているのか、はたまた癖毛なのか、あるいはただ単に寝癖を直していないのか、モジャモジャとした長めの髪を掻き上げる。
室内の明かりに晒された青年の顔は、丹念にのみとヘラを使って仕上げた石膏像のように整っている。青年は手に持ったタブレットを熱心に見入っている。
「これ、あの人でしょ?鑑識の長沼さん」
青年の口元にちょっと嬉しそうな笑みが浮かぶ。
「あの人好きだから。死体が」
青年は剣呑な台詞を吐いた。タブレット画面に映っているのは女性の顔や全身、体の各部を写した写真だ。全身写真と体の各部パーツの写真。写真の主人公、構図の中心はいずれもその女性だ。
無造作に部屋の床に転がされているその女性は、妙な格好をしていた。革なのかゴムなのか、素材はよくわからないが、分厚い潜水服のような服を着せられ、顔と手足の先だけが露出している。本来顔にも同じ素材のフードが被せられていたのだろう。乱れた髪の後ろに小さな枕のようなフードが写っている。
「死体への愛が溢れ出しちゃってる。まるで芸術作品みたいだ。多分長沼さん、白黒バージョンとか加工バージョンとか、色々と個人的に楽しんでるんじゃない?」
青年はタブレットを指先でなぞって、大量の写真を行きつ戻りつしながら呟く。
「やっぱり分かるんだ、アケチ君には」
女性が口元をほころばせる。優しげな、慈愛の籠もった目で青年を見つめる。
「長沼さんにそういう癖があるなんて気づかなかったな」
アケチと呼ばれた青年はチラとタブレットから視線を上げ女性の表情を確認する。
「ほんとに?隠しようがないでしょ、これ。カメラを使って屍体を舐めてるみたいなもんだし。多分、これ撮ってる時の長沼さん、性的な興奮を覚えてるんじゃないかな」
女性は相変わらず微笑みを絶やさずアケチを見つめる。
「まぁー なんだか恥ずかしいわね。他人の性的な嗜好を覗き見るなんて」
女性の口ぶりは言葉ほどには恥じらいを感じさせない。
「長沼さんの好みはともかくだけどー」
アケチ青年はタブレット画面に指を這わせて写真を拡大する。女性の顔が画面に大写しになる。
「喜んでるよね、この人」
屍体となった女性の顔には、痣と傷がまだら模様をなし、薄く開けられた口元からは、その歯が失われていることが窺える。女性の外見が一瞬老婆のような印象を与えるのはそのためだろう。
ただ、その痛々しい顔には明らかに奇異な表情が浮かんでいる。笑っているのだ。この女性の屍体は微笑んでいるのだ。顔の傷はもちろん、手足の爪も綺麗に剥がされている。つまりはかなりの拷問を受けたに違いないのだが、この屍体は死を迎えるその瞬間に、蕩けるような笑みを浮かべたのだ。
「えぇ、喜んでるわね。とっても嬉しそう」
女性が応じる。
「ねぇフミヨさん、僕らは彼女を助けたのかな?それとも余計なお世話を焼いたのかな?」
アケチ青年の問に、フミヨさんと呼ばれた女性は笑った。
「さぁどうかしら。あたしたちは犯罪者を捕えるためにベストを尽くしたわけだし。それでいいんじゃないかな?」
アケチ青年は無言で写真を眺め続けている。さて、この写真の女性はなぜ微笑みながら死ぬことになったのだろう。こんな痛々しい姿になりながら、なぜ魂が抜け出るような笑みを浮かべながら死を迎えることになったのだろう。
話は二ヶ月ほど過去に遡ることになる。




