表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。

ささくれ占い

作者: 時輪めぐる

お題「ささくれ」で書きました。

 

「痛っ!」

「山田君の今日の運勢は、吉です。ラッキーアイテムは、焼きそば」

 酒向(さかむけ)ナツミは、毛抜きで(むし)った山田の人差し指のささくれを、ティッシュに捨てた。

「サンキュー」

 山田は、人差し指を口に入れ、傷を()めながら頭を下げた。

「次の人、どうぞ。親指ですね」

 (うつむ)いたので長い黒髪が顔に掛かる。落ちてきた髪を掻き上げて耳に挟み、親指と毛抜きを消毒してから、ナツミは中村のささくれを毟った。

「ひゃっ!」

「血が出ましたね。うーむ」

 ナツミは、毟った跡をじっくりと観察する。

「中村さんの今日の運勢は、大吉です。ラッキーアイテムは、体操服」

 ナツミは、ささくれを毟った跡の形(傷)で運勢を占うことが出来る。

 古来より、何かの跡を見て運勢を占うことは多い。亀甲占いしかり、コーヒー占いしかり。

 ナツミの場合は、ささくれを毟った跡ということになる。名付けて『ささくれ占い』という。学校で『ささくれ占い』を始めたのは、中学に入学してすぐだった。


 小学校からずっと親友のサユリが、皆から集金したお金を紛失し、窮地(きゅうち)(おちい)ったのがキッカケだった。ナツミは、『ささくれ占い』により、サユリが登校途中で集金ポーチを落としたこと、それが交番に拾得物(しゅうとくぶつ)として保管されていることを突き止めた。集金は無事戻り、ナツミの『ささくれ占い』は周知のものとなった。

 それ以来、占いの希望者は後を絶たない。



 今日も『ささくれ占い』の依頼者が二年二組のナツミの席に列を作っている。校内で商売は禁止なので、ナツミは、鑑定料を取っていない。

 よく当たると評判が評判を呼び、占って欲しくて、わざわざ、ささくれを作って臨む者もいるようだ。

「次の人……」

 と言いかけて相手の顔を見て止まってしまった。クラス委員長の天野タスクだった。

 イケメンな上に性格が良く、人望も厚かった。

 ナツミが密かに憧れている相手でもある。

 タスクは、何を占って欲しいのだろう。

「僕の恋愛運を占ってくれるかな」

 タスクの言葉にナツミの心臓が跳ねた。

 後ろに並ぶクラスメイトからは、ヒューッと声が上がる。

 皆の憧れのタスクが、恋愛運を占いたいと言うのだから、最早、自分の運勢など後回しと、後ろに並んでいた者達は、ナツミの机の周りに押し寄せた。

 ナツミが、消毒済みの毛抜きを構えたところで、始業のチャイムが鳴った。

「あーあ」

「残念」

 ゾロゾロと自分のクラスや席に戻っていく。

「あの、昼休みで良かったら」

「ああ、よろしく」

 ナツミは、タスクと約束を交わした。


 昼休みになり、昼食を食べ終えると、ナツミの席の周りには、人だかりが出来た。

 その中心にいるのは、ナツミとタスク。

 二人は机を挟んで座っている。

「では」と言って、ナツミはタスクの左の薬指のささくれを毟り、傷を観察した。


(これは……)


 ナツミが、黙ったままなので、ギャラリーは騒ぎ出し、タスクも差し出した左手をモゾモゾと動かした。

「どうなのかな?」

 言うべきなのだろうか。

 言って良いのだろうか。

「……どちらか一人に決めると良いと思います」

 迷った末に、そう口にした。

 すると、ギャラリーから

「何それ、タスク君が二股しているってこと?」

「えーっ」

「サイテー」

「人は見掛けによらないな」

 非難の言葉が口々に上がった。


 バン!


「当たってない! インチキじゃないか」

 タスクは乱暴に立ち上がり、ナツミの机を両手で叩いた。

「僕は、そんなことしていない!」

 身を震わせて激昂(げっこう)する姿に、ギャラリーの態度が変わった。

「……」

「そうだよねぇ」

「タスク君だよ? ありえん」

「『ささくれ占い』外れたな」

「インチキー」

 言いたい放題で収拾がつかなくなった。

 ナツミは、針の(むしろ)に座ったように居心地の悪い午後を過ごし、帰宅した。

 親友のサユリのフォローは、あまり役に立たなかった。



 自室に籠っている。

 漆黒のカバーのベッドの上でナツミは泣いていた。

 壁にはダークな色合いのポスターが飾られている。全体的に陰気なインテリアだが、ナツミは心が落ち着くのだった。

 間違っていない。自分は正しく占った。

 憧れの人に嫌われてしまった。

 憧れの人を傷付けてしまった。

 皆に、占いはインチキだと思われた。

 教室の一番後ろ、掃除用具入れの前の席は、

 地味で目立たないナツミが座っているだけで、独特の暗さが漂っていた。そんな隅っこ暮らしの自分に、唯一光が当たるのは『ささくれ占い』をしている時だった。

 ナツミが『ささくれ占い』を初めてしたのは幼稚園の時だった。



 ――幼稚園の年中(四歳児)クラスのある日、お迎えに来た母親の人差し指にささくれを見付けて、小さな指で引っ張った。

「痛っ! ナツミ、やめて。ささくれは引っ張らずに、ハサミで切ると良いのよ。ほら、見て、こんなになっちゃう」

 母親の人差し指の爪の際が出血していた。

「ごめんなしゃい」

 ナツミは、母親の指にささくれは相応(ふさわ)しくないと思い、(むし)ったのだが。毟った跡に他のものが()えた。

「……お母さん、何処かへ行っちゃうの?」

 ナツミは母親が家を出て行く映像を視て、不安そうに見上げる。

「えっ、……そうか。ナツミには視えるのね」

 母親が密かに考えていたことを、幼いナツミは察知している。

 母親は自分の血統を思った。

「そんな訳ないじゃないの。ナツミは、お母さんの宝物。ずっと、一緒だよ。帰りにミスド買って帰ろうか」

 明るく笑う母親だったが。



 階下で父親が呼ぶ声がする。

「ナツミ、夕飯食べないのか? 冷めてしまうぞ」

 ナツミは、涙を拭くと階段を下りて行った。

「どうかしたのか?」

 父親は、カレーライスを頬張りながら、娘を観察した。帰宅してから自室に籠っていた娘が心配だった。

 母親は、ナツミが幼稚園の時に家を出て行ってしまった。以来、父親と二人暮らしをしている。

「何でもない」

「何でもないことあるか。目が真っ赤だぞ」

 異性の子供を育てるのは、大変だと思う。

 特に思春期の娘は。 

 ナツミが小学校高学年の頃は、叔母に相談しながら、生理用品や下着等を準備してくれた。中学生の今は、毎日可愛い弁当を作って持たせてくれる。

 大好きな父親だった。そんな父親を悲しませたくないが、明日からどうしたら良いのか分からなくなって、ナツミは、父親に今日の出来事を話した。


「私は間違っていた?」

「間違いではないが……」

「もう皆が怖くて学校に行けない」

 ナツミは、テーブルの上で手を組み、その手を見るとはなしに眺めている。

 父親は、腕組みをして何か考えていた。

「行きたくなければ、しばらく家に居ればいい。ただ、一つ言っておくね」

 父親は、こんなことを言った。

 占い師が視たものを、そのまま伝えてはいけないこともあるということ。

「それって、もしかして」

「ああ、そうだ。お母さんのことだ」


 ナツミの母親は、占い師だった。

 人に見えないものが視え、人に聞こえないものを聴いた。当たると評判で、メディアにもよく取り上げられていた。

 ある日、政界の大物の未来を占い、視えたままを話してしまった。関係各所からの嫌がらせや脅しは家庭にまで及び、母親は離婚を申し出ると行方を眩ましてしまった。父親やナツミを守るための行動だと、言い聞かされて育った。ナツミは、母親に捨てられたのではない、守られたのだと。


 当時、母親が何を視、何を告げたのかは知らない。しかし、占いは人生を狂わすこともある。だから、お前に占いをして欲しくなかったのだと、父親は打ち明けた。

 母親の失踪の理由を詳しく聞いたのは、今日が初めてだった。

「そっか。私、知らずにお母さんと同じ事をしてしまったんだね」

 母親は、行方を(くら)ますことで幕引きしたが、自分は中学二年生。同じやり方は出来ないだろう。父親を一人残すことも、自分一人で生きて行くことも難しい。

「時間が解決してくれることもある。お母さんの時は、相手が大き過ぎたけど、ナツミの場合は大したことない。大丈夫だから、心配せずにリモート学習しなさい。幸い中間テストも先週、終わったことだし。明日、お父さんが担任に連絡しておく」



 ナツミは、その後十日程を、リモート学習で過ごした。クラスの様子は、親友のサユリがSNSでちょこちょこ連絡してくれた。

 なんと、あれから天野タスクの二股が白日の下に(さら)され、ナツミの占いが正しかった事が証明されたのだという。

 ナツミは、複雑な気持ちだった。

 勿論、自分の占いの正しさを証明できたのは嬉しいが、傷付けなくてもよい人を、皆の前で傷付けてしまった。しかも、その人は、自分の憧れの人だったことが、心を重くしていた。

 謝ろうと思った。

 自分の占いの所為で、タスクが学校で居場所を失くすのは嫌だった。



 翌日から、ナツミは登校した。

 タスクは、教室の隅っこ暮らしになっていた。ナツミとは反対側の隅、教室の一番後ろのゴミ箱の前の席だった。

 ナツミは謝ろうと近付いたが、タスクにそっぽを向かれてしまった。

 当然だと思う。黙って頭を下げた。

 ナツミが頭を下げていると、始業のチャイムが鳴り、担任の愛野ユメコ先生が教室に入って来た。

「おはようございます。出席を取りま……」

 ユメコ先生は教壇の上から、着席したナツミをガン見してから微笑んだ。

「酒向さん、お帰りなさい。戻って来られて良かったです。今回の不登校の発端は、貴女の『ささくれ占い』だったそうね。良かったら、後で、私も占ってもらえるかしら?」

 ユメコ先生は、アラフォーで独身。

 多分、結婚運に関してではなかろうかと、ナツミは予想した。

 父親は、ナツミに占いをして欲しくないと言ったが、これは自分と母親を結ぶ強い絆。

 占いをしないことは、考えられなかった。


 放課後、ユメコ先生は、ナツミの元にやって来た。一学期の中間テストと期末テストの狭間は、比較的時間の余裕がある時期のようだ。

「お願いします」

 机を挟んで腰掛ける。

「ちょっと痛いですよ」

 ナツミは、ユメコ先生の薬指のささくれを毟った。

「ぎゃっ!」

 想定外に長く()けてしまった。痛そうだ。

 ごめんなさいと心で呟きながら、しげしげと指先を見詰める。

 綺麗に切り揃えられた爪、手入れされた指先。先生は占いをする為に、薬指にささくれを作って来たようだ。

「先生は、今、意中の方がいらっしゃいますね」

「あら、分かります?」

 先生は少し嬉しそうだ。

「はい。そして、その方との未来ですが……」

 これは、どういう事なのだろうか。

 ナツミは戸惑った。

 ありえないものが視えている。

 これを告げるべきなのだろうか。

 先生を傷付ける内容ではないのだが。

「えーっと、私と家族になるという……」

「おお! 良かったです」

 先生は手を打ち鳴らした。

「どういうことですか?」

「ナツミさんのお父様とは、大学の先輩後輩でした。先日、ナツミさんが不登校になった際に、お話しする機会があって。お付き合いしている訳ではないのです。これから申し込もうかと」

 先生は、グイグイ行くタイプのようだ。

 父親はまだ知らないが、ナツミには、未来が視えてしまった。

「内緒にしておいてくださいね」

 先生は片目を(つぶ)って見せた。

 母親が失踪して十年以上経つ。

 父親は、ナツミの為だけに生きて来てくれた。幸せになっても良い頃合いだと思った。

 その日が来るまで、内緒にしておこう。



 ナツミが帰り支度をして昇降口まで来ると、タスクがいた。足元にスクールバッグを置いて、壁に寄り掛かり、腕を組んでいる。ユメコ先生の用事が済むのを待っていたらしい。

「顔、貸してくれる?」

 タスクは、そんな言い方をした。

 ついて行くと、そこは体育館の裏だった。


(これって、不味(まず)いのでは?)


 不用意について来てしまったが、体育館の裏でボコられるというのは、お決まりの展開ではなかったか。自分もタスクにちゃんと謝りたかったので、声を掛けられたまでは、良かったのだが。


 体育館の裏は、誰もいなかった。

 学校の敷地は、フェンス越しに見える道路よりも二メートル程高いので、道路からの視線は(さえぎ)られている。

 フェンスの内側に植えられている桜の木は、新緑の葉桜になっていた。

「この間は、ごめんなさい」

 ナツミは開口一番()びた。

「何でお前が謝るんだ? 今回の事は、俺の自業自得(じごうじとく)。むしろ、俺がお前に謝らなくては。インチキって言っちまったから」

 いつものタスクとは違う。一人称が「俺」だし、二人称が「お前」になっていて、全体的に言葉が荒い。

 ナツミは見知らぬ人を前にしている気がした。

「恨まれているかと思った」

「恨んじゃいないが。俺の本性を知られたのは不味かった」

「……本性?」

 タスクは自嘲気味に笑った。

「お前、今、びっくりしてるだろ?」

「え、ええ、まぁ」

「いつもの天野タスクと違う、って思っているだろう?」

 ナツミは黙って(うなず)いた。

 学校生活で温厚な優等生を演じているのは、内申点を考えての事。だが、本来の自分は粗暴で激しやすい人間だと言う。

「お前の占いの後、激昂しちまって、ヤバかった」

 ナツミは、机を両手で叩いたタスクの姿を思い出した。

「二股も見破られたし」

「あの後、皆にバレたらしいけど、どうなったの?」

「二人には振られた」

 タスクは両肩を(すく)めて見せた。

「本当にごめん。それで、皆に何か言われた?」

「自慢じゃないが、俺は取り(つくろ)うのが上手いんだよ。今は、隅っこ暮らしで大人しくしているけど、これも作戦な。皆は、反省してしょげていると思うだろ?」

 ナツミは、タスクが何故、こんな事を自分にぶっちゃけているのだろうと考えていた。

「お前には取り繕いも、優等生を演じるのも通じないって事が分かった。何でもお見通しだからな」

「私、占い師としての心構えが出来ていなかったね。何でも視えたものを言って良いという訳ではなかった。反省してる」

「じゃあ、約束しろ。俺に近付くな。俺も近付かない。何でもかんでも、分かっちまうんじゃ、やり難くて仕方ない」

「……タスク君は、これからも裏表のある人でやって行くつもりなんだ」

「悪いか?」

「悪くはない。君の生き方だから好きな様にすればいい。けど、そんなのいつまでも続かないと思う。自分も疲れてしまうし、いつか、化けの皮が()がれた時が怖いよ。私なら、無理」

「……」

 タスクは沈黙した。

 フェンスの向こうを車が通り過ぎる音がする。

「約束は守るよ。じゃあ、頑張って」

 ナツミは身を(ひるがえ)す。

「ま、待てよ」

「まだ、何か?」

 振り返る視線は冷めている。

 ナツミは、ずっとタスクに憧れてきたが、何だか、もうどうでも良い。

「待ってくれ。俺は、裏表なく生きて行けると思うか?」

「占ってあげようか。全部視えちゃうよ」

 ナツミは、タスクに近付くと、差し出された右手の人差し指のささくれを毟った。

「痛っ! お前、思い切り毟っただろう」

 タスクの抗議に答えずに、ナツミは出血する指先を凝視した。

「…… ……」

「何だよ、言えよ。言ってくれよ」

 ナツミの沈黙にタスクは()れる。

「……さっきも言ったけど、占い師は視えたもの全てを話すのが良いとは限らないということ。だから、今言えるのは……」

「言えるのは?」

「君次第ということだけ」

「何だよ、それ」

「じゃあね」

 タスクは何も言えずに立ち尽くしている。


 黒髪を風が撫でていく。

 憧れの人に幻滅したが、悲しくはない。

 ナツミは足早に立ち去った。

 吹き抜ける風に初夏の匂いがした。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ