101号室の住人。3
どうやらここは異世界の聖女‥つまりおばあちゃんが異世界の種族が相互理解できるようにと作ったアパートらしい。
とりあえず、とんでもない所に就職してしまったことが確認できたのは良かったのか悪かったのか‥。
戸惑う私がブラック企業を辞めてすぐにこちらへ来たという話をすると、ナキルさんは大変親身になってくれた上に、「ゆっくり仕事をしていけばいい」と優しい言葉をかけてくれた。
魔王なのに優しい。
あまり長居するのも悪いから‥と、天ぷら蕎麦を食べて少しお話をした後はさっとお暇したナキルさん。魔王なのに大変常識人で私は感動した。おばあちゃんも見習って欲しい。あと詳細な説明もして欲しい。
食べたお蕎麦は美味しかったし、住人のナキルさんは魔王だけど優しい感じだったし、これなら仕事も出来るかな?そんなことを思いつつ丼を洗って玄関の下に置いてから、アパートを見上げると、どの部屋も明かりが点いている。
「いつの間に帰って来たんだろう‥」
黒いドアから皆それぞれ出入りしているってナキルさんが教えてくれたけど、全然気が付かなかった。というか、家具をどうにかするのに手一杯で気が付けなかったのかもしれない。明日は玄関の掃き掃除をしがてら挨拶をするべき‥だよね。なにせ管理人になったんだし。
そうと決まれば早めにお風呂に入って明日は早く起きよう。
お湯を入れようと思ってお風呂場のドアを開くと、お湯がすでに張ってあってなんだかいい匂いがする。目を丸くして、湯船をまじまじと見つめると、黄色のアヒルがぷかぷか浮いていてその首の所に何か紙が張ってある。
そっとその紙を取ると、
『ゆっくり休んで明日は頑張ってね!おばあちゃんより』
と、書いてあった‥。
いや聖女じゃなくて絶対魔女!しかもこれどこかで見てないか?
私は思わず天を仰ぎ、
「色々説明が足りないよ〜〜〜〜〜!!!!」
心の内をお風呂場の中心で叫んだ。
絶対お父さんに連絡先を聞き出す!スマホでお父さんにメールを送ってから、私はアヒルの浮かぶお風呂に早速浸かった。
嗚呼、明日から本格的に仕事か‥。
ブラックな職場だったら許さないからね?!と、念を押すようにアヒルの口の先をツンツンと押しておいた。
そうして、結局その日は分厚いマニュアルを読む間もなく、ベッドに沈み込んでぐっすり眠り込んでしまった。‥疲れている時しっかり休めるって幸せなことだなって思いつつ。
翌朝。
ふっかふかの布団で寝ていると、ガチャンとドアを閉める音で目を覚ました。
あれ?なんで目覚ましかけてたのに‥。
手元を見るといつの間にかスマホのアラームを止めていたことに気付いた。
まずい、最初が肝心なのに。でも昨日家具を出して、買い物をして、美味しいお蕎麦を食べて、ゆっくりお風呂に浸かったお陰か心地いい眠りについた私は布団の心地よさに抗えず、掛け布団を巻きつけながらベッドから這い出した。
「眠い‥。でも起きないと‥」
ヨロヨロとキッチンで口を軽くゆすぐといくらか頭がスッキリしてくる。
ベッドに体に巻きつけていた掛け布団を置いてから、洗面所で顔を洗うと体もスッキリだ。肌のケアをしてから、急いで着替えて軽くメイクをして、緊張しつつも玄関のドアを開けた。
昨日は爆睡しちゃって思考がよく動かなかったけど、結局おばあちゃんが異世界で聖女として結構な活躍をしたのは、ひとまず受け入れる事にした。説明してくれたナキルさんとはまだ知り合って間もないし、魔王だって名乗ってたけど嘘をつくような人に見えなかったし本当の事なんだろう。
習うより慣れろ!
さぁ!今日から本格的に管理人として仕事だ!
‥まだ住人は魔王のナキルさんしか知らないけど。
手始めに私の部屋のドアの横にある、黒い木のドアの前を掃き掃除することにした。そうすれば誰かしら会えるかもしれない。淡い期待とどんな人が出て来るのか‥という緊張で胸が痛い。ついでにブラック企業でやられた胃も痛い。
痛みを少しでも紛らわせる為に、おばあちゃんが教えてくれた掃除道具が置いてある場所から箒を取り出しに行くと、掃除用具入れの横にある宅配物置き場から何か音がする。
「‥なんの音だろ?」
引き戸を開けて、電気を点けるとダンボールらしき物がガタガタと揺れている。
ダンボールって一人で揺れないよね。
どうしよう。
もうこのまま扉を閉めて何もなかった事にしたい。
でも、このままにしては住人の誰かの荷物がどうにかなってしまうかもしれない‥。そっと足を進め、誰宛の荷物かを確認すべく揺れるダンボールの上を見ようとした途端、
バカッと勢いよく黒い何かが飛び出して、私は悲鳴を上げた。
なに!!
何が出てきた〜〜!!??