101号室の住人。1
101号室に住んでいるのは魔王のナキルさんらしい。
もんの凄く格好良かったけど、ちょっと待って?
初っ端から魔王ってどうなの?あれかな‥格好いいけど残念な人?いや、でもドアの向こうは確かに森もお城もあった。
「しかも聖女ってなに〜〜〜??おばあちゃん戻ってきてよ〜〜」
ガランとした部屋で、思わず床に突っ伏しているとピンポーンと軽快な呼び鈴が私を叩き起こした。‥ちょっとくらい休ませて。フラフラした足取りでドアを開けると、ネコの宅配のお兄さんがニコッと笑って、
「こちら三津臣さんのお宅で合ってますか?」
「は、はい」
「お荷物届いてます!ええと、タキさんからなんですけど‥」
おばあちゃんから?!
驚きつつもボールペンを借りてサインをすると、お兄さんがトラックから大きな荷物をどんどん運び入れた。私はもうそれを呆然としながら見ていることしかできず、あっという間にガランとした部屋にダンボールの山を運び込むと爽やかな笑顔で去っていった‥。
分厚いマニュアルを読んでおこうと思ったけれど、これはもう先にダンボールの山を開けていくしかない。ダンボールの中はベッドに棚、衣装ケースにラグ、テーブルと、並々ならぬ「絶対に仕事を辞められては困る」という怨念にも似た気迫を感じる。率直に怖い。
「‥これは、まず組み立てから始めないとか」
でないと私はダンボールの中で寝ることになる。
ブラック企業で色々とすり潰された上に、ここへきて追加で体力まですり潰されると思わなかった。
ダンボールから家具を取り出し、汗をかきつつラグを敷き、組み立てたローテーブルをその上に置き、ベッドを組み立て、マットレスと布団を敷いた頃には夕方である。待ってくれ、もしかしなくとも朝ご飯と昼ご飯食べてない。
ベッドに倒れこんでいた私はのっそり起き上がって、ピカピカの冷蔵庫を開けると空っぽの棚に茶封筒が一つ冷やされていて、それを取って中を見るとおばあちゃんの達筆な文字で、
『当面の生活費です!頑張ってね』
という言葉と1ヶ月分のお札が入っていた。
おばあちゃん‥、嬉しいけれど圧倒的に色々足りてない。
さっきの魔王のナキルさんの説明とか、聞き間違えじゃなければ「聖女のアパート」っていうのが何なのかの説明も欲しかった‥。
「ひとまず夕飯のおかずを買いに‥、いやその前にティッシュとトイレットペーパーと洗剤も買わないと」
もう夕飯は飲むゼリーにして、明日ちゃんと改めて買いに行こう。
ヨロヨロとドアを開けて鍵を閉めると、いつの間にか白いカゴ付きの自転車が置いてあってその籠の中に紙で『ふみちゃん用の自転車』と書かれていた。
‥‥うん、今日はもう何も考えたくない。
私は有難くその自転車を使って、トイレットペーパーやらティッシュやら洗剤などなど買い込み、飲むゼリーと明日の食パンを籠に突っ込んで帰ってきた。
家に戻って物をそれぞれ片付け、仕上げに掃除機をかけたら、オフホワイトの可愛いラグに寝転んだ。今気づいたけど、結構この家天井高いんだな‥。グリーンを天井から吊るしても可愛いかも。
不意におばあちゃんの「働いてるうちに元気になる!」という言葉を思い出したけど、どっちかというと体を動かしていると元気になる‥が正解かも?
一週間泥のように眠ってたお陰もあるかもしれないし、とにもかくにも体も頭も疲れたけれど、ちょっとスッキリした気持ちでいると、ピンポーンとまた呼び鈴が鳴った。
え、もしかしてまた荷物?
もうこれ以上何かを組み立てられる気がしない‥。
スッキリはしたけど、体は重い。けれど呼ばれた以上、新聞と宗教勧誘じゃなければ対応せねば。そんな事を考えつつドアを開けると、さっき「魔王」だと名乗ったナキルさんが木のトレイに何やらラップの掛かった丼を二つ持って、ちょっと緊張したような顔で立っている。
「えっと、ナキルさんどうかしましたか?」
「‥タキが、引っ越し祝いのソバをやらを一緒に食べてくれと」
おばあちゃん!!!
思わずジーザス!!と、昔観た洋画のように仰け反りそうになったけれど、心の中でだけに留めた。まだ出会って数時間も経ってない上に、住人さんを巻き込むんじゃない!
しかし、当のナキルさんは不安そうに私を見ている。
‥こんなの誰がお断りできよう。
「本当にうちのおばあちゃんがご迷惑をお掛けしてすみません!!‥あの、では良ければ一緒に食べて頂いても?」
謝罪をしてから、部屋を指差すと自分よりもずっと背の高いナキルさんがホッとした顔をした。う、うわぁ‥、なんだか可愛いなぁこの人。
玄関の前にスリッパを用意して、トレイを受け取るとナキルさんは安心したのかニコッと微笑んだ。
「ありがとう。トレイを初めて持ったが、運ぶのは難しいな」
「初めて‥‥」
そういえばこの人魔王って名乗ってたな。
トレイを持つのが初めてっていうのも可笑しくないか‥?いや、すでに色々おかしいな。