201号室の住人。1
床に倒れていた男性は、キーランさんと言ってお姉さんと同じ魔術研究部で働いている方だそうで、右側だけ長めの前髪で顔がちょっと見えにくいけれど、紺色の瞳が綺麗だ。
一方のゴージャス美人のリズさんは、「あー!!汚い!!」と言いながら木目調のブラインドを一気に上げて、窓も全開にすると爽やかな春の風が、ごちゃごちゃとケーブルやモニターの部屋に広がる。
おお、なんていうかゲーマーの部屋だなぁ。
異世界の人なのに、随分とゲームするらしい。ゲーム機もソフトもいくつもあるのを見て、ちょっと目を丸くする。
ベッドの上で、菓子パンをかじっていたキーランさんをギロっとリズさんが睨み、
「‥あんた、こっちの世界のテレワーク制度を異世界にも持ち込もうって提案した以上、まずはちゃんと連絡がつくようにしなさいよ!!!少しでも目を離すとゲームしだして‥一体何歳なのかしら?」
「成人してますね‥」
「成人としての姿勢を見せろっつってんの!!!!」
リズさんの怒声がまた部屋に響いた。
近隣にまで聞こえないといいなぁ‥なんて思っていると、リズさんがどこから取り出したのか、書類をキーランさんの顔の前に見せつけるように取り出した。
「喜びなさい。そんなあんたに仕事をもらってきたわ」
「え!??なんで?別に欲しくもなんともないんだけど‥」
「黙れ、口答えするな」
「はい」
「今年は王子の16歳の誕生日でしょ。派手に祝って欲しいと王家から無茶振りがきて、面倒臭‥ちょっと手を焼いてるのよ。こういうのあんた得意でしょ。来週までが期限だから、どんな感じでどんな術式使ってお祝いするか考えておくように」
気のせいでなければ面倒臭いと聞こえた気がするけれど、リズさんの迫力に私もキーランさんも口を挟む余裕などない。というか怖い。しかし、キーランさんは頑張った。頑張ってしまった。
「む、無茶苦茶言うなよ!!今度、新しい術式を作って魔道具に組み込めないかって案を進めてるのに‥」
「何か聞こえた気がするけど、気のせいよね?」
「‥‥‥空耳ですね」
一瞬で惨敗だった。
悔しそうにしているけれど、どう考えても勝てない勝負だった。
キーランさんの頭の上に、書類を置いたリズさんは私を見てにっこりと微笑み、
「大変お騒がせしました。あ、これ部屋の鍵を渡しておきますね。うちの弟すぐにサボるんで、あれでしたらいつでもチェックに行ってやって下さい」
「は、はい‥?」
そ、それは案にチェックしとけよって事ですよね。
キーランさんの部屋の鍵を受け取ってしまった私に、優雅に手を振ると部屋の中だというのにピンヒールを履いたままのリズさんは「期限は守ってね〜」と言いながらカツカツと音を立てて戻っていった‥。
嵐が去った‥。
ポカーンとしていると、キーランさんはホッと息を吐き、のそのそとモニターの前にあるゲーミングチェアに座ると、「さて、今日のデイリーやっちゃうか」というので私は速攻でその椅子を後ろに引いた。
「何言ってるんですか!!仕事、先に仕事です!あ、その前に部屋の掃除もしますよ!」
「ええ?!!仕事はギリギリで‥、って、その前に君は誰?」
あ、そうだった。
お姉さんの迫力で何もかもすっ飛ばしていた。
「管理人の三津臣ふみと申します。こんな形でお会いすると思いませんでしたが、どうぞよろしくお願いいたします」
「あ、ああ〜〜、タキさんのお孫さんね。こちらこそよろしく。キーラン・バリュです」
ゲーミングチェアでだるそうに挨拶をすると、また前に進もうとするので私はガシッと椅子のキャスターを足で止めた。
「仕事しましょう」
「え」
「納期に間に合わないと大変ですよ」
「‥うう!!」
「リズさんに怒られるだけじゃ済まない案件ですよね?」
「‥そうですね」
「まず一緒に掃除して環境を整えましょう。手伝いますよ」
「‥でも」
「掃除終わったら、手作りクッキーも付けますから」
そういうと、キーランさんは渋々椅子から立ち上がった。
「‥‥はぁ、せっかくのテレワークが」
「異世界に導入するという画期的なアイデアは素晴らしいと思いますが、大抵それを実行する人が悪用したり不正を行うと、その案自体が潰れることはよくありますよ?」
「‥うっ」
これでもブラック企業で三年も務めたんだ。そういうのよくあった‥。
しばらくのんびり生活してた私だったけど、キーランさんを見て「こんな感じのあったなぁ」なんて思いつつ、部屋の横に置いてあった掃除機を見つけて、
「さ、掃除しましょ。掃除!」
「‥一個だけでもデイリー‥」
「お姉さんに言っていいですか?」
「‥やります」
ようやくキーランさんは掃除を始めてくれたけど、なるほど‥今回の住人はこんな感じかぁと思いつつ、私も掃除を手伝うのであった。
納期!!期限!!嗚呼!頭が!!って書いててなってた私です。




