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アパートの管理人に転職しました。


「ふみちゃん、アルバイトしない?」


突然、実家のリビングのソファーでまだパジャマ姿のまま寝転んでいた私におばあちゃんが、仕事の提案してきて目を丸くした。


折しも一週間前に三年続けて勤めたブラックというより漆黒というのが妥当な職場を辞めたばかりで、精神と体力ゲージはマイナスもマイナスだった。会社でいえば大赤字だ。24歳といえど体力には限りがあるのだ。



そんな立ち上がる気力さえない私が断ろうとすると、おばあちゃんはニコッと微笑んだ。



「ほら私、アパート経営してるでしょ?だからその管理人をして欲しいのよ。住み込みで!」

「え‥」

「住人の人達も良い人ばっかりだから」

「いや、私まだそんな仕事なんてとても‥」

「大丈夫!荷物受け取ったり、庭先を掃除したり、そんなくらいだから!」



待っておばあちゃん。

私の精神も体力も、まだ全然回復してないんだよ‥。

仕事を辞めて一週間だけど、流石に次の仕事へ腰を上げる気になれない。できれば失業保険をもらって、むこう一年くらいダラダラしたい。


しかしマイペースなおばあちゃんは私の肩に手を置くと、


「大丈夫!働いているうちに元気になる!」


と、謎の言葉をかけて私を立ち上がらせると、サクサクと着替えをさせられた。その上愛用のゴツイカーキのジープに私を乗せると止める間もなく颯爽と車を走らせた。マイペース極まれり!!最早疲れ切っている私に運転しながら、



「今までずっと管理人をしてたんだけど、ちょっと海外にも行きたくてねぇ。それで、丁度ふみちゃん仕事を辞めたっていうから、お願いしようと思ったの!あ、給与はちゃんと出るし、社保完備!退職金制度もあるから!」


「そんな経営してたの?!」



いつも息子であるお父さんが「お母さんは、なんか知らないけど色々やってるんだよなぁ」って言ってたけど、お父さんちゃんと把握しておいて。まぁそもそもおばあちゃんがいつも忙しそうに何かをしているから、把握するのが難しいってのいうのもあるけど‥。



かれこれ30分くらいすると、大きなジープが渋く塗られた木のような質感の壁、白い窓枠の2階建てのアパートの敷地内に止められた。



『宿り木荘。』

アパートの名前なんだろう。木で出来た看板に書かれていた。



「こんな素敵なアパートの管理人してたの?!」

「そうよ〜!あ、アパートの横にある建物が、ふみちゃん用の部屋よ」

「部屋?!家だよね??」



おばあちゃんが指差したアパートの横にある建物は、アパートと同じく渋い茶色の壁に白い窓枠の小さな家だった。



改めてアパートの周りをぐるりと見回すと、白く塗られた木のフェンスでぐるっと囲まれていて敷地の中は桜が舞い、畑と思しき所には花やハーブが植えられている。街中のはずなのに森林の中にいるような‥すっと気持ちが軽くなる場所だった。


ホッと息をついた私を、おばあちゃんが覗き込むように見て、


「なんとなくやっていけそうじゃない?」

「まだ早いってば!それに「やる」なんて一言も言ってないからね」

「まぁまぁ、まずは私が旅行に行ってる間だけでも管理して頂戴よ!」

「旅行って、どれくらい?」

「うーんと、一週間、いやもう少し伸びるかも‥」


そんな曖昧な返事に誰がうんと言えるのだろうか。

しかしお構いなしに私の手を引いて、管理人用の家のドアを開いて中を見せてくれた。



15畳ほどのワンフロアの部屋は、何も物がない。

何も物がないので声がよく響く部屋へ入ると、日当たりが良くてポカポカする。


「片付けておいたから好きな家財道具置いてね。あ、キッチンと冷蔵庫、洗濯機にエアコン完備だから」

「‥もう絶対やってねって圧しかない」


私がボソッとそういうと、おばあちゃんは笑って部屋の鍵を渡してくれた。昔よく見たファンタジーのような鍵だ。



「ふみちゃんは息子には勿体ないくらいの可愛いお嫁さんのみつみちゃんのお陰で優しい子に育ったから、絶対大丈夫だっておばあちゃん思ってるの!

「みつみちゃん‥」

「もう名前から可愛いわよね〜!私もタキって名前よりそっちが良かったわ!」



いや、おばあちゃんはタキでぴったりです。

人の話を全く聞かないおばあちゃんは、テキパキと掃除道具はここ、住人用の宅配物はこっちのスペースに置いておいて!用があれば、この電話を使ってと話をする。うん、完全に拒否権ないな?



「よし!まぁ、あとはマニュアルも用意してあるから、これを読んで!」



日当たりの良い部屋でキラキラと白髪と一緒に笑顔が光るおばあちゃん。

私は分厚いマニュアルとやらの冊子を力なく受け取り、



「‥‥わかったよ。だけど海外旅行から帰ったら、すぐ戻ってきてね」

「ありがとう〜〜!ふみちゃん大好き!!」



私より少し小さなおばあちゃんが私の体をギュッと抱きしめ、不意によろけそうになって踏ん張った。その姿が大きな窓に映って、ボブの黒髪が揺れてちょっと疲れた顔をした私が力なく笑ったのが見えた。



嗚呼、退職一週間で就職決定してしまった‥。




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