処女懐胎
ある夜。とある一人暮らしのアパートの一室で……。
「……ふっー……今日も……バイト……疲れた、なぁ…………」
「お。寝てるな。よしよし」
「……え」
「あ」
「え、て、天使?」
「あ、はい。僕、ピッキュって言います。見ての通り、可愛い天使ですっ」
「え、あ、うん。へー夢……じゃないか。ちょうど眠りかけたところだったし。ははは、目が冴えちゃったよ。それで、えっと、あ、恋のキューピッド様的な? やったぁ!」
「お、当たらずとも遠からずです。あなたには受胎していただきます」
「……ん、ん? 受胎? え、誰が? あなたって、え?」
「あなたです。これからあなたのおなかに宿る赤ちゃんは、この世を救い、弱き者たちを導く救世主となるのです!」
「いや、え、えっと、困ります」
「こま……る?」
「え、はい。いきなり妊娠とか、え、相手もいないとか、うち、親が厳しいし、いやそれ以前に問題が色々と、いやいやとにかく他の人にお願いしてください」
「んー、でも適合者が地上にあなたしかいないみたいなんですよ。なにせ救世主ですからね。そこらの人でいいはずがないんです。わかるでしょ?」
「それは、まぁ……そういうものかもしれませんね……」
「でしょ? ですから、救世主となるのです!」
「いや、また腕をグッと上げられても……やっぱり無理です……」
「そうですか……」
「はい……」
「……」
「……」
「せい!」
「ヴァイ!」
「……この光の玉をあなたのおなかに入れると受胎完了というわけです」
「……ええ、そうでしょうね」
「説明のために見せました」
「いや、今その玉を掲げて思いっ切り、こっちのおなか目掛けて突進してきたよね!? 思わず変な声が出ちゃったよ」
「ええ、変でしたね。あははは、じゃあ、改めてと」
「いや、じゃあじゃなくて、え、もう帰ってもらえない?」
「えー、どうしても駄目ですかぁ?」
「ええ、勿論。可愛いポーズされても無理なものは無理」
「そうですか……では……」
「あ、はい。意外と素直。なんかごめんね……ふぅー……帰っ、てない! あぶな!」
「ちっ」
「まさか下から来るとは……そうか、背中からでも体内に入れてしまえば、同じことというわけか……」
「はぁ……ねえ、お願いしますよぉ、神様からの命令なんですよ。僕、怒られちゃいますぅ」
「いまさらかわい子ぶっても無理だよ。たった今、邪悪さが垣間見えたんだから。そもそも始めに、寝込みを襲おうとしてたよね?」
「いやだなぁ人聞きが悪い。さっきのも今のも悪意はないんです。ほら、天使って純粋すぎるから」
「善悪の区別がついていないなんて悪人並にたちが悪い……」
「いいから孕め! 孕めよ!」
「邪悪さを剥き出しに! くっ、だっ! やめ!」
「よけるな! 大人しく妊娠しろ!」
「だから嫌だと言ってるじゃないですか!」
「うるさい! これはな、天命なんだよ! いちいち許可も同意もいらねえんだよ!」
「やめ、やだ! やだ!」
「今、この時も虐げられている弱者がいるんだよ! 何とも思わないのか!」
「そ、そんなの神様がどうにかすればいいじゃないか!」
「だからしようって話だろうが! お前が救世主を孕んでな! ああ、それでまた信仰を得ようって腹積もりさ!」
「こっちの都合とかは! どうなる! うあっ!」
「くおぅ! 関係ないね! 神の、創造主の特権さ! よけるな!」
「こ、こっちが今、一番の弱者じゃ……」
「屁理屈言うな! お前が! 人類の! 希望となるんだよ! おらぁ!」
「あ、あ、ああああ……ひど……ひどい……」
「ふっー、まったく手間をかけさせやがって……それじゃ、お体を大切にね」
そう言うと天使はタバコの煙のようにスッーと空気に溶けていった。
残された彼は涙混じりに携帯電話に手を伸ばす。
「あ、う、うぅ……あ、お、お父さん? う、うぐ、ぐすっ、たすけて、うっ、ぼ、僕、妊娠しちゃったかも……」