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アンの大往生 ー異世界終活記ー  作者: Shutin
アレク王国
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アレク王国第六話『初めての夜(2)』

 体躯と顔立ちからミューイは成人したての十七歳か十八歳だと思っていたが、彼女の飲みっぷりからして二十歳を超えているのかもしれない。


 ミューイが五杯目のジョッキを空にする。夜も更け、仕事終わりの一杯を楽しむオレとミューイの会話は盛り上がりをみせる。


「へー、じゃあ王女様の馬車で王国まで」


「ああ、オレもビッグリだよ。エルフの集落から出て初めて会ったのが王女様とは」


 オレの王国までの大冒険について話す。ミューイも楽しそうにうんうんと頷きながら会話を楽しんでいたのも束の間、突然後ろから彼女を呼ぶ声がした。


「ミューイちゃーん、今日も可愛いねぇ」


「こんばんは、ジュールさん。ジュールさんも仕事終わりですか?」


 受付嬢ならではの営業スマイルを浮かべながら、ミューイが返答する。なんとなくだが、内心怒ってるようにも見える。


「いやぁ、ミューイちゃんの顔が急に見たくなっちゃって」

 

 やけに馴れ馴れしい男がオレ達の座っているテーブルに近寄って来た。ミューイの言った通り仕事終わりなのだろう。革製の防具をやけに目立つ赤い服の上にまとっている。腰からは長さ1メートルほどの剣をぶら下げていた。


「おや?こんばんは。オレのミューイちゃんとお楽しみ中だったかな?」


 男はやっとオレに気づいたかのように喋りかけてきた。ミューイは六杯目のビールを飲みながら呆れ果てた顔をしている。怒っているいうか、あからさまに嫌がっている。


「ミューイちゃん。オレというものがありながら浮気とは」


 口を開けば開くほど軽薄な男だ。偏見だが冒険者にはこう言うやからが多い、五百年前から。レディーにやけに馴れ馴れしく、さも自分が全ての女性の注目を集めていると勘違いする。そんな図太い神経を持っている奴が冒険者になりやすいのかもしれない。しかもこういうやつに限ってやたら顔が良かったりするのは、世界の七不思議だ。このジュールという男も例に漏れず、なかなか端正な顔立ちをしている。


 妙にイケメンなのが腹立つしミューイのためにも邪険に扱ってやりたいが、人の目もあるから今回は大人な対応を見せてやろう。


「アーノルドだ、よろしく」


 右手を差し出し、握手を求める。ミューイほどではないが、我ながらいい笑顔を作れていると思う。


「ジュールです。よろっす」


 たった一言だけ言い放ち、オレをどかすようにミューイの前に座った。


 やろう無視しやがった。


 オレは行き場をなくした右手でそのままジョッキを掴みビールを飲み干す。このままジョッキで殴ってやろうと思ったが、トラブルはまだ起こしたくない。


「ジュール・・さんはぁ、何をやってる人なんですかぁ?」


 やっとの思い出で出た言葉がこれだった。頭に血が昇っているのか言葉が辿々しい。


「見てわかんないの?冒険者」


 ゴミを見るみたいな目でイケメン君はオレの問いに答えてくれた。


「ジュールさんはDランクの冒険者なんですよ。まだ19歳にもかかわらずDランクダンジョンを二人だけで攻略したうちのギルドの期待の新人です。今日もダンジョン帰りだったそうです」


 ミューイが補足する。横でジュールはふんと鼻を鳴らし魔王を倒した勇者ばりのドヤ顔を見せてくる。


 なるほど、実力があるのは確かなようだ。服の上からではわかりにくいが鍛え上げられた肉体、ダンジョン帰りだと言うのに汚れひとつない装備。極め付けは先ほどから視界の端に入ってくる片手剣、刀身を見なくても高級品とわかるほど丁寧に作られている。持ち手の部分に刻まれたカラスのシンボルは、先ほど見かけた武器屋で五十万クェールで売られていた剣に彫られていたものと同じだった。


「オレも冒険者なんだよ。これからよろしくな」


「ちょっとオレとミューイちゃんの時間を邪魔しないでもらいますか?」


 ジュールがまたゴミを見るかのような目で言い放つ。コイツにとって全ての男がゴミみたいな存在なのか、元々の目つきがこうなのかは定かではない。


 こいつ・・・一旦、泣かす


「オイ、コラァ!一旦表出ろy・・・」


 そう言いかけた瞬間、ジュールを呼ぶ女性の声がギルド内に響いた。


「ジュール。荷物も置いて一体どこ行ったの!?」


 ジュールが肩を強張らせる、自慢のご尊顔もみるみるうちに真っ青になっていく。何を思ったのか、おそらく声の主であろう女性がオレ達を見つけて駆け寄ってきた。


「ミューイさんこんばんは。うちのジュールがお邪魔してすいません」


 女はミューイの方を向き、軽く挨拶を済ませる。終始笑顔を浮かべていたが、瞳の奥は笑っていなかった。


「いえいえ、カレンさんお仕事お疲れ様です」


 ミューイも得意の営業スマイルで返す。この三人がどういう関係かは大方察しがつくが、ミューイはただ単に巻き込まれただけの感じがする。オレは相変わらず蚊帳の外だ。ジュールは、というといつの間にかオレ達の前からいなくなっていた。


「こちらはジュールさんの冒険仲間のカレンさんです。カレンさんこちらは今日冒険者になったばかりのアーノルドさんです」


 カレンがじっとオレの顔を見てくる。しかし視線は少しオレの顔より上を向いている。


「それは角?それともただの面白い髪型?」


 そういえば誰も触れてくれないので、オレもこの癖毛のことを完全に忘れていた。


「ただの髪型だ、気にしないでくれ」


「ふ〜ん。そんなことよりデートのお邪魔して悪かったわね。ジュールはこちらで引き取っておくんで」


 そう言い、カレンは机の下に隠れていたジュールを引き連れ颯爽とギルドの外に出て行った。ギルドから出る途中ジュールは「覚えてろよ」と言う顔をしていたが、何の事だか見当もつかない。オレとミューイはただの被害者なんだが。


「嵐のようでしたね。悪い人たちではないとは思うんですが」


 ミューイがふぅと息をつく。


「まぁ、冒険者なんてあんなもんだろ。ミューイもモテモテで困っちゃうな」


「好きな人にだけモテたいですよ」


 とため息をついた。


 ミューイにも意中の相手などいるのだろうか?少なくとも先ほど連れて行かれたイケメン君ではないことだけは分かかる。


「もう時間も時間だし、今日はお開きにするか」


 一連の騒動で気づかなかったがもう時計は十二時をすぎていた。


「アーノルドさんはどこに泊まるんですか?」


「・・・あ」


 水を集めることに夢中で完全に失念していた。今の時間から宿を探しても見つかるだろうか?というかそもそも宿に泊まるほどの金は持ち合わせていない。


 そんなオレを察したかのようにメイアが頬を赤らめながらオレに言う。


「・・・もしまだ今夜泊まる宿が決まってないようでしたら。・・・うち来ます?」


「行きます!!」


 間髪入れずにオレは言い放った。脈アリとは思っていたが、こんなに早くこの展開になるとは思ってもみなかった。


 不祥アーノルド、五百年ぶりに大人の夜へと繰り出す。

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