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アンの大往生 ー異世界終活記ー  作者: Shutin
アレク王国
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アレク王国第六話『初めての夜』

冒険者ライセンスを無事受け取り、時計を見ると時刻は午後二時を過ぎていた。


この何日かは歩き通しで疲れたし宿でも探して休みたいところだがいかんせん金がない。野宿なんかは慣れっこだが久しぶりにふかふかのベッドで寝たいものだ。せっかく王国にきたのに路上生活ってのも格好がつかない。


「ミューイ、何か手頃な依頼はないか?できれば今日中に報酬が出るやつ」


「Fランクの依頼ですと薬草採取か、街の水質調査くらいになりますが・・・ 今日中に終わるとは思いませんよ」


 オレが今日中に文無しになるのを察したかのようにミューイが忠告する。


 薬草採取か水質調査か・・・


 つい先ほど王国に着いたというのに、またすぐに森へと戻るのは遠慮したい。街中を散策するついでに水質調査の依頼をやろう。


「とりあえず水質調査やってみるよ。街中の水を集めればいいだろう?」


 渡された依頼書を読み込む。同時に街の地図も入手できた。街を歩いていたときも感じていたが、あまり入り組んだ作りをしてはいないみたいだ。大体の道がタテとヨコで交差している。まるで碁盤の目だ。


「ギルドの受付は10時には閉まりますからね」


 ミューイがもう一度釘をさす。


「大丈夫。9時には終わらせるから、その後いっぱいどうだ?」


「楽しみにしておきます。それでは、剣神の導きが在らんことを」


クスッとミューイが笑って言った。


テキトーにあしらわれないということは、どうやら脈なしということではなさそうだ。


「よーし。一丁やりますか」


全ては仕事終わりの一杯とふかふかのベッドのために。



気づけば教会が夕方のベルを鳴らす。


「もう6時か・・・」


 オレ、新米Fランク冒険者アーノルドは地下水路の水を回収しながら、うなだれていた。


「これ、今日中は無理だろー」


 文無しのオレは今夜の宿泊先のために街中の水を集めてるのはいいもの、タイムリミットの10時までは残すところ4時間を切っていた。どれほど終わったのかというと、終わりまであと半分と言ったところだ。


 ギルドからもらった水を入れるための試験管を大事にバッグの中にしまう。水入りのガラスなので運ぶのに余計に神経を使う。もうさっきまでの元気はとっくのとうに消え失せていた。


「冒険者ってこんな感じだったっけなー?もっとこう、ダンジョン潜ったり?魔獣狩ったり?そんな感じじゃない?」


 文句は止まらない。


 そんなことを言ってると不意に「未開の探索者(ボン・ボヤージュ)」での冒険者生活を懐かしんでしまう。


 なつかしいなー、ギムレットにハンツにあとアレックス。もしハンツが生きてたらこんな依頼2時間足らずで終わってしまうのだろうな。オレの会った人間の中でも一番優秀なやつだった。


 ・・・まぁ、もう死んでるか、当たり前だよな。500年も前だぞ。


 なんだか一人でしんみりしてしまった。


「あぁ、ダメダメ」


 勝手に一人で諦めムードに入っていた。オレを待ってくれているミューイのためにも頑張らないと。


 よし次は・・・


 地図を確認する。もう街の東側の水は回収したことに気づく。あとは西側といくつかの民家から水をもらわないといけない。タイムリミットまであと三時間とちょっと。


-


「終わったー」


 全ての水の回収がおわり、オレは駆け足でギルドに戻る。この二日間の疲労とバッグいっぱいに入った試験管の水のせいで上手く走れない。やっとの思いでギルドに着くと、扉の前にはやけにオシャレな格好をしたレディーが立っていた。


 くるぶしまである花柄のワンピース、耳から下がる星型のピアス、 そして服の下からなお激しく主張する二つの山。あんなプロモーションをしているのはこの街に一人しかいない。


 ミューイだ。


 どこを見て人を判断しているのかとお怒りかもしれないが、あれも立派な彼女のアイデンティティだ。誰も恥ずべきとこではないし、無視していい物でもない。彼女と約束をしていたことを思い出す、と同時に嬉しさで笑みがこぼれる。


 オレは最後の力を振り絞りミューイのもとに駆け寄る。


「お待たせ!待っててくれたのか?」


「もう、遅いですよー。9時には終わるって言っていたのに」


 ミューイが頬をぷくっと膨らませる。一体このあどけなさで今まで何人の男達を虜にしたのだろうか。


「とりあえず、立ち話もなんですし。入りましょうか」


冒険者ギルド『聖剣の心(サーベルズ)』の中に入る。屋内は昼の時とはまた違うにぎわいを見せていた。


「10時にギルドは閉まるので、そのあとはこうして酒場として運営しているんです。依頼を達成した後のいこいの場として」


「そうだったのか」


 どうやら五百年前から続くギルドの魂はここに受け継がれているらしい。仕事終わりのいっぱいは最高ってことだ。


 しかし働かざる者、食うべからず。金持たざる者、食うべからず。もうオレは酒を一杯飲むお金もない。ミューイには悪いが今日のデートは無かったことにしてもらおう。


「悪いがミューイ、実は今は手持ちがなくって・・・」


「知ってます。水質調査の依頼、間に合わなかったですもんね。今日は私が払いますから、一個貸ですよ?」


 見透かしたように、ミューイはオレに言ってくる。そして慣れた動きで空いてるテーブルにさっさと座ってしまった。ここまでされてはもう断りようがない、甘んじてミューイからの慈悲を受けよう。


 この街にきて初日で借りができてしまった、しかも美しいレディー相手に。これは命をかけても返さなければ。


「じゃぁ、お言葉に甘えさせてもらいます。でも依頼は終わったんだぞ、換金には間に合わなかったけど」


 少しでも名誉を挽回させるためにバッグの中身を見せる。ミューイは信じられないという顔で中身を確認した。


「信じられません。本当に終わってる、三日はかかると思ったのに」


「根性だけはあるので」


 ドヤ顔で答える。少しは見直してくれたかな?


 ウエイトレスがビールが入ったジョッキを二つテーブルに運んできた。


「それでは、アーノルドさんの初依頼達成に!」


「今日の出会に!」


「「乾杯!!」」


 二つのグラスが軽快な音を鳴らした。


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