第二十一話『ワレワレハ』
無数の魔物の塊が壁外に待ち伏せていた。
街を背にして剣や杖を構える人類は硬直している。目の前に立ちはだかる魔物たちの異様さに気づいたからだ。
魔物の群勢は列をなしていた。
タテヨコ綺麗に揃えられた足並みが、一歩一歩着実にホンレスへと近づいてくる。
オレの知っている|魔物大侵攻《喪ンスタースタンピード》とは、あまりにもかけ離れた光景だった。
恐らく冒険者であろう男が、魔物たちに火の魔術を放つ。
ただの威嚇なのかそれとも男の実力不足なのか、魔術の放物線は魔物達の少し手前を目指す。
火というものに盲目的に恐怖するはずの魔物だが 飛んでくる火をチラリと観察し足を止めもさずにただこちらに歩いてくる。
まるで火が自分達に届かないと理解しているかのように。
「おい・・・あれは本当に魔物か?」
「分からない・・・」
ハミルも理解に苦しんでいる。
しかし視覚からの情報では、あの群勢は魔物と判断する他なかった。
多種多様な魔物達がいるにしろ、それぞれが魔物図鑑に出てくる生物と外見がほぼ一致している。
魔物の列がピタリと止まる。
1匹のホーンラビット、膝下ほどの背丈ほどの白いウサギがヨチヨチと魔物の群れから出てきた。手には石の様なものを持っている。
ウサギは石に口をあてて、鳴き声を発した。見た目通りに可愛らしい音だった、しかしその鳴き声は人類の発する言語に酷似していた。
「ジンルイニツグ。イマスグ二 ホンレス ヲ アケワタセ。 クリカエス イマスグ二 ホンレス ヲ アケワタセ」
ウサギの声に戦慄が走る。
ウサギが喋った・・・
「おい! ウサギ!! お前らは何者だ!!」
すかさずハミルがウサギに質問をする。
こういう時に咄嗟に反応できるハミルは優秀だ。
ハミルの声にウサギは反応する。再び石に口を当てて、言葉を発する。
「ミテノトオリ、ワタシタチハ キミタチガ 『マモノ』ト ソウショウ シテイル セイブツダ」
「まじかよ・・・」
喋っているだけではない。こちらの質問の意味を理解し、返答してきた。会話ができるということだ。
「お前達は人間の言葉を理解しているのか!?」
「シテイル。シツモンハ オワリダ。イマスグ二 ホンレス ヲ アケワタセ」
これ以上の会話は無意味だと判断したのか、ウサギは一方的に会話を終わらせた。
それと同時に魔物達はまた一斉に行進を再開する。
兵士と冒険者達は未だ動けずにいた。魔物が人語を解したことの衝撃から立ち直れていない。
「お前ら! 呑まれるな!! 言葉を真似する魔物だっている。理解できる魔物だっているかもしれない! 今のお前達の仕事はアレの殲滅だろうが!!」
ハミルの鼓舞で皆が我にかえる。
そして近くの冒険者を捕まえてハミルは問いただす。
「おい!あの魔物達はなんだ?何であの数の怪我人が出た?」
「最初に突っ込んだ奴らが返り討ちにあったんだ・・・あの魔物達は何か違う。信じられないと思うけど、武器を持って陣形を組んでいるのを俺は見たんだ!!」
声を震わせながら男は言う。男の手にはもう剣が握られていなかった。
魔物が陣形を組む。あり得ないと一蹴したいが魔物が喋る光景を目の当たりにした今、信じざるを得ない。
目を閉じてハミルは深呼吸をした。
そしてよく通る声で周りに指示を始める。
「よく聞け!! あれは魔物大侵攻ではない。人類の軍との戦争だと思え!! いいか?もう一度言う! アレは突っ込んでくるしか脳のない魔物じゃない、知能のある危険生物だ!!」
ハミルの声にあたりはどよめく。
信じる者、信じない者、冷静に戦況を見つめるもの、それぞれが魔物達に目をむける。
ハミルは続ける。
「そしてアレがただの魔物でないと承知した上で言う!! 我々は奴らに勝てるだろう。 我々には知恵があり、魔術があり、武器があり、数がある! 人類の意地、否! 圧倒的な英知を見せてやろうじゃないか!!」
ハミルの言う通りだ。魔物達が言葉を解し、武器を扱ったところで人類には遠く親ばないだろう。何故ならそこは人類が何万年も前に通った場所だからだ。
皆の目に浮かんでいた恐怖心が、闘志で燃え尽きる。特に兵士達の士気が劇的に上がる。余程ハミルの鼓舞が効いているらしい。
流石は隊長。よくあの状況を立て直したものだ。
「ハミル隊長!! 『大陸間電報』の件ですが・・・」
鎧を来たカルドスが現れる。
いつもは太々しくも冷静なのに、流石の今日は息を切らし汗をかいている。やはりこの魔物大侵攻はかなりの異常事態なのだろう。
それにしても『大陸間電報』とは何だろう?
「どうだった? バルダッタ領とガルグ領から援軍は来そうか?」
「それが・・・」
カルドスが言葉を濁す。
「どうした言ってみろ?」
「報告によると、現在バルダッタ領及びエイレ共和国との国境付近、そして隣国アイシュムの首都ネステムの全てで同規模の魔物大侵攻が発生しているとのことです」
「何・・・だと?」
ハミルの眉間にシワがよる。
アイシュムはここデパトスの北西付近、ルアック大陸のほぼ中心に位置する国だと聞いている。
確か獣人の割合が多いとか何とか聞いたことがある・・・
そんなことはさておきカルドスの報告によると現在3つの違う場所で大侵攻が起こっていることになる。
もし仮に全ての大侵攻がここと同じ様に知性のある魔物が関わっている場合、そして計画的に3つの場所を攻撃している場合、あの魔物達の知性は人類レベルに達している可能性が出てくる。
そしてこの大侵攻は魔物達からの正式な宣戦布告なのかもしれない。
「・・・分かった。じゃあ挟み討ちは無理か。アイシュムとここは何とかなるだろうが・・・問題は国境付近だな・・・」
頭をかきながらハミルはぼやいた。カルドスもこくりと頷いた。
「あの〜 割って入るようで申し訳ないんですが・・・『大陸間電報』って何ですか?」
もう置いてけぼりは嫌なので聞いてみた。
この二人を放っておくと、あっと言う間に会話についていけなくなる。
「『電報』のめっちゃ遠距離版です」
「なるほど」
オレの疑問がカルドスの一文で一蹴された。
わかりやすいが、どこか気に食わない。
「それで・・・国境付近が問題というのは?」
「エイレの軍はそこまで強くないんだよ。魔物大侵攻くらいなら何とかするだろうが、今回はどうも悪い予感がする。極め付けにエイレの切り札である『平和』は現在、国防を出来ない状況なんだよ・・・」
「あ・・・!!」
ネイのしてくれた『七大厄災』の説明を思いだした。
各国の『厄災』がその力を国家のために振えるのは一度だけ。そしてエイレ共和国の『厄災』である『平和』は、その力をデパトスへの侵攻で使ってしまった。
エイレは最強の切り札を持たないまま、謎多き魔物達を相手獲らないといけないのだ。
ところでデパトスの『厄災』は何処にいるのだろうか?
きっと今日も今日とて飲んだくれているのだろう。呑気なものだ。
「カルドス。一応だがヨルダに事情を説明しにいってくれ」
話をしていたら呼び出しがかかった。今日は流石に『厄災』としての仕事をしなければいけないようだ。
「いりますか? この数の魔物なら軍だけでどうにかなります」
「万が一だ・・・それとさらに万が一だが魔物が街に押し入った時は、お前がヨルダの護衛だ。頼んだぞ」
「・・・・分かりました」
むくれながらもカルドスは了承する。
カルドスの事だからもう少しハミルに反発すると思っていたが、今回は従順な様だ。一応は隊長としてのハミルの指示を信頼しているらしい。
「さーて。じゃあ俺達は暴れるとするか!!」
壁の中へと走るカルドスに背を向け、ハミルは剣を構える。
気がつけば魔物達と街の距離はかなり縮まっていた。
左右に目をやっても魔物の列は途切れない。地平線の奥まで続く魔物の塊に終わりはあるのだろうか。
この数の魔物と相対するのなんていつぶりだろう?
800年前の魔物大侵攻? いや・・・もしこれを戦争と呼ぶのなら500年前の魔族との戦争か・・・
いずれにしろ長年のブランクがあるという事だ。
この老体にムチを打って、打って、打ちまくって、少しでも貢献せねば。




