第二十話『外科医』
1匹のドラゴンが宙を舞っている。
まさかあのドラゴンがガイアの言っていた『勝算』というやつだろうか。
「おっと、そろそろ5分経つ。それではまた会おうアーノルド・アンダーソン」
ガイアは懐に時計をしまう。
オレの足元にあったはずの黒い箱は、完全に液状化している。
さあ・・・オレはどうやって死ねるのだろう?
少しワクワクしながら黒い沼に身体が沈んでゆく。
その時だった。
目の前に立っていたホーネットがオレの背後に回る。ガィン、という鉄同士が打ち当たる音が鳴り響いた。
剣がぶつかる音・・・?
背後で誰かとホーネットが戦っている。しかしガイアのスキルのせいで振り向くことができない。
「ガイア! そっちに行くぞ!!」
ホーネットが叫ぶ。
「クソが!!」
ホーネットを抜き去ったのか、謎の足音がオレに近づいてくる。ガイアは動かない。否、動けないのだろう。
謎の足音はオレの腕を掴んだ。半分まで沈んだはずのオレの身体をグイッと力任せに引っ張り上げる。
身体を宙に放り投げられる。同時にガイアのスキルが解けた感覚がする。
「大丈夫か? アン!?」
オレをぶん投げたのはネイだった。
緑色の短髪をなびかせながら、剣を構えている。
助けに来てくれたのか・・・
「大丈夫だ。ありがとう」
「それで・・・これはどう言う状況だ?」
背中合わせに構えるオレとネイをガイア達は囲むように睨む。
「ガイア、ホーネット。お前達アンに何をしていた?」
ネイの叫びにガイアは不満を漏らす。
「困るよ、ネイ。アーノルドは自ら望んで封印されようとしていたのに・・・」
「そうなのか、アン?」
ネイがこちらを振り向く。
あながち間違いでも無いので、反論ができない。
前方にガイア。背後にはホーネット。壁の外の魔物達。上空のドラゴン。
さて・・・どうしたものか・・・
足元には黒い箱が転がっている。封印がキャンセルされたのだろう。
もう一回封印されてみるのもアリか?・・・いや、ナシだな。
「よし決めた。ガイア、ホーネット、封印はやめだ。オレはお前達の敵に回る。ネイ、ガイア達の目的はホンレスの壊滅だ」
「つまりは二人は敵と言うことだな?」
「そういう事だ」
再びネイが剣を構える。話が早くて助かる。
「後悔するぞ。アーノルド」
「気まぐれこそ人生だろ、それにこんな良い街がなくなるなんて勿体ない」
「ハァ・・・まあ良い。俺達の勝ちはもう決まってるんだ。行くぞホーネット」
ため息混じりにホーネットが踵を返す。
「行かせねぇよ」
『土よ 大地をうねらせ 敵を捕えよ 岩封』
魔術で生成した岩の塊がガイアの下半身を囲む。
封印には封印で返してあげなければ。
「ガイア。お前には聞かなきゃいけないことが沢山あるんだ。簡単に逃げられると思うな」
土に足を掴まられているのに、ガイアは至って冷静だ。
空を見上げながら、ガイアは失笑する。
「俺と戦ってる暇があるのかよ? 早くしなきゃ全部終わるぜ?」
バチッという音と共に、突如としてガイアの足元の土が崩れ落ちる。
オレの魔術が解除された? 何だ・・・? スキルか?
いや・・・スキルは一人一個だけ。ガイアのスキルは身体の動きを止める類のやつだ。
じゃあ、ホーネットのか?
ホーネットの方を振り返る。背後でネイと打ち合うホーネットにスキルを使う余裕があるようには見えない。
他にも仲間がいるのか・・・?
「よそ見なんて余裕だな!!」
ガイアの剣がオレの鼻先をかすめた。咄嗟に後ろへ仰け反るも、一筋の割れ目が鼻に残る。
よそ見してる場合じゃないな・・・
考えるのはガイアを倒してからで良い。
『雷よ ・・・って、あれ?
魔術が発動しない。オレはただ敵に手の平を見せる間抜けになっている。
ヤバイな・・・魔術も剣も無いとなると、殴るしかないぞ。
威勢よくガイアはオレに向かって剣を振り下ろす。ヒラリと剣の軌道から身体を逸らし、拳をガイアの腹にめり込ませる。
しかしガイアは鎧を着ている。ダメージを受けたのはオレの拳だった。
「やるな、アーノルド。肉弾戦もできるとは」
「伊達に長く生きてないからな。それにしてもお前のその感じ・・・魔術が使えないのはオレだけじゃないな」
ガイアがニヤリとする。どうやら図星のようだ。
確かガイアは聖剣流の使い手。魔術を使わないのはおかしいと思っていた。魔術を使えなくするスキルは、ここら一帯に効果があるということだ。
しかしガイアの剣は止まらない。
素手のオレは避けているので精一杯だ。
どうしよう・・・このままじゃ埒が開かない。しかしまだシールドは使いたくない。ドラゴン相手となると、無傷では済まなそうだからな・・・
ドラゴンは未だ空中を旋回している。何か動く気配は無い。ガイア達の作戦に関係あるのかも怪しくなってきた。
もうネイに頼るしかない。剣を持っているネイならガイアを無力化できるはずだ。
ネイとホーネットはまだ打ち合っている。ネイの実力ならホーネットくらい瞬殺できそうなものだが・・・
一際大きい金属音でネイとホーネットの決闘は終結する。ホーネットの剣が宙に放られ、石畳に突き刺さる。
敗者の喉元に剣を突き立て、ネイは勝利を宣言する。
「さあ。お前達が何者か教えてもらおうか・・・」
その瞬間だった。差し出された切先をホーネットは躊躇いもせずに掴んだそして反対の手でネイに爪を立てる。
勝者だったはずのネイの身体は吹っ飛び、地面へと叩きつけられる。
「ネイ!!」
ネイに駆け寄るオレを横目にガイア達は、走り去っていく。
「よくやった! ホーネット、ズラかるぞ!!」
ガイアの声に反応したホーネットは四つん這いになり、速度をあげる。
羽織っていた黒いマントを置いて、ガイアをその背中に乗せて走り出す。
背に乗ったガイアが指笛を鳴らす。示し合わせたように、空で待機していたドラゴンがホーネットとガイアを掴み飛び去っていく。
「ネイ!! 大丈夫か!?」
ネイは頭から出血している。危険な状態だ。
「すまん・・・躊躇った・・・人を斬るのは初めてで・・・
ネイの言葉にハッとする。
失念していた。確かにネイが人を斬ったところを見たことがなかった。悪人なら斬れると勝手に思い込んでいた。
「いや・・・それで良い。今は喋るな。すぐに医者に連れていく」
ネイを抱えて軍基地に急ぐ。あそこなら治療ができるはずだ。
それにしてもホーネットは人だったのだろうか?
彼が最後に見せたあの姿。あれは獣人のものではなかった。獣人は四足歩行で走らない。
ホーネットの姿は『獣の姿をした人』では無く、『人のふりをしてる獣』に見えた。
そしてあのドラゴン。ガイアの指示にしたがっていた。
人に懐いたドラゴン。もしくは人と協力をする知性がある竜。
どちらにしても強敵である事に違いないだろう。
ー
急ぎ足で軍基地に向かう。
途中、外壁に方で何か大きな音がした。煙も立っている。
誰かが魔術を暴発したのだろうか。
軍基地でハミルを見つけた。らしくないほどに慌てている。
「アーノルド! 助けが必要だ・・・・って、どうしたネイ?」
「負傷した。医療施設はどこだ?」
「そこの赤い屋根の建物だが、今は・・・」
何かを言いかけたハミルを置いて、医療所の扉を開ける。
そこには無数の兵士達が血を流して倒れていた。
「どうしたんだ・・・これ?」
「魔物大侵攻による負傷者たちだ・・・治療が追いついてない・・・」
「嘘だろ? ただの魔物大侵攻だぞ?」
あり得ない量の負傷者だ。ただ突っ込んでくるしか脳が無い魔物達にここまで人類が痛手を追うとは・・・
人類同士の戦争程の規模でないと、この数の負傷者は出ないはずだ。
「とりあえず、上級回復薬は? 軍なら沢山持っているだろ!?」
「悪いが今すぐに出せるのは初級までだ・・・今軍の倉庫中からかき集めてる・・・」
「頭がかち割れてんだ! 初級じゃ無理だ!!」
「すまん・・・」
やるせない顔でハミルが頭を下げる。
どうする・・・一本くらいは常備しておくべきだった。オレは死なないが、ネイは死ぬんだぞ。
悔しがる最中にも負傷者は増えていく。不思議な事にほぼ全ての負傷者から魔術の残滓を感じる。魔術での負傷ということだ。
壁の外で何が起こってるんだ?
列に並びやっと初級回復薬をもらう。
しかし果たして、初級でネイの傷を治せるのだろうか?
少なくとも効果があると信じてメイアに飲ませようとしたその時、背後の扉が勢いよく開いた。
「負傷者はここか!? 行儀良く並べ! 全員手術してやる!!」
威勢よく叫んだ男は左手に黒いカバン、そして右手に見覚えのある剣を握っている。
白衣を身に纏った男の顔にその場にいる全員が釘付けになる。男は東洋のひょっとこなる面を被っているからだ。
「おいおい。ここまで注目されんのは久しぶりだな!」
男はおもむろに持っていたカバンを床に置く。
中には様々な銀色の道具と謎の液体、そして糸が入っている。まるで裁縫箱だ。
仮面の男はネイの身体をオレから奪い、床に置く。
頭の傷を見るや否や、男はカバンからピンセットと針を掴む。
「これくらいなら初級で十分だ。頭を打ってから何分だ?」
「多分・・・10分くらい」
「それなら輸血もいらない。回復薬渡せ。今すぐ手術してやる」
男は初級回復薬をオレから取り上げる。ネイの傷の周りを綺麗にして、髪を切り始める。そして銀色の針をネイの頭にブッ刺した。
「おい! 何やってんだ!! 医者がもっと怪我させてどうする? 針を抜け!!」
オレの叫びに男は叫び返す。
「黙れ!! 間違えても邪魔するな。これが外科手術だ。死なせたくないなら座っとけ!!」
『外科』・・・その言葉には聞き覚えがあった。あのレストランで聞いた単語だ。
もしかしてこのひょっとこ、レストランで会った男か?
「全く・・・だから嫌いなんだ。この国の連中は、治療にはスキルか回復薬しかないと思ってやがる・・・・」
男はぶつぶつと文句を垂れながら、ネイの頭の傷を文字通り縫っていく。はたから見ると傷をつけているようにしか見えないが、みるみるうちに傷が塞がっていく。
「縫合完了」
男は針を置き、オレから奪った回復薬をネイに飲ませる。
ネイの頭には塞がった傷と、縫われた糸が痛々しく残っている。
「おい。全然治ってないじゃないか!」
うんざりした顔で男が答える。
「後は身体本来の治癒力で治せ。回復薬も飲ませたから10日も経てば元通りだ。安静にさせとけよ」
不思議と男は嘘をついているように思えなかった。ネイの呼吸も安定している。血もしっかりと止まっている。
「おいバカ共〜!! かすり傷は回復薬飲んで出てけ。重度の切り傷・・・って言っても分からないか。とりあえず血がめっちゃ出てる奴は全員来い。死にたくなかったらな!!」
男の叫びを皮切りに、負傷者達は男の元に駆け寄る。
それを見た男はニヤリと笑い、建物の奥へと進んで行く。
「衛生兵! 今、俺に駆け寄ってきた奴は後回しだ。動けないほどぶっ倒れてるやつを先に手術する」
確かに男の向かった先には重症者たちがうずくまっている。見事に緊急で治療が必要なものとそうでないものを分けたようだ。
ネイを安全な場所に寝かせてハミルと壁外の様子を見にいく。
去り際にひょっとこの男が『借りは返したぞ!!』と叫んできた。




