第十九話『そろそろ死のうか』
ふと思う。
最近は旅の目的を見失いかけていることに。
死ぬまでの暇つぶしの旅と言っても、肝心の死ぬ手段を見つけていない。手がかりさえ探すのを忘れている。
そろそろ動かなければ・・・
しかし唯一の懸念はネイの事だ。
彼女はこの国でよくやっている。アレク王国からの追手もいない。
先日ミューイちゃんからの手紙がやっと届いた。
あれからアレク王国ではメイアでもオブゼル(アレックス)でも無い、全く新しい奴が王になったらしい。結局あの後、アレックスは死んだのだろうか。音沙汰が無いのならばそう言う事だろう。
別に寂しくはないが・・・
そうなるといよいよネイと一緒に旅をする理由が無くなった。そもそもがレク王国から脱出する時に協力しただけ、ネイもオレの不毛な旅についてくる理由は無いはずだ。
ホンレスに魔王への手がかりは無さそうだ。ここは勇者との旅の始まりの地。旅の終着点はここじゃ無い。
デパトスから出よう。次の国へ行く時かも知れない。
とりあえず目指すは魔族領タナトス。500年前、勇者との旅を終わらせた地。
ー
「そう・・・じゃあお別れね・・・」
少し伏し目がちに、悲しげな声色でフィリアは納得してくれた。
「皆には私から伝えておくわ・・・皆んな悲しむだろうから。ティアは特に」
「ありがとう」
「本当にお別れ会はやらなくて良いの?」
「ああ・・・そういうのは葬式だけって決めてるんだ」
それにそんな事をしたら寂しくなっちまうじゃないか。別れの言葉なんて死ぬ時に言う一言で十分だ。
「・・・せめて最後にあなたの運命を見させてくれない?」
「運命・」
「そう。私のスキル『|運命の糸《ユア・フェイト』でね・・・人と人の間の縁を見るスキルよ。ただの願掛けだと思ってちょうだい」
「そうか。よろしく頼む」
人との縁を見るスキル。もしかしたらこれがフィリアが『赤い糸』を創設した理由なのだろうか。
「じゃあ、見るわよ。体から出る緑色の線が良縁、黒色が因縁、そして赤は・・・分かるでしょ?」
フィリアの目が薄白くポワァっと光る。ふんふん、と頷きながらオレの体を舐め回すように観察する。
そしてフィリアは口を大きく開けて笑った。
「どうしたんだ? そんなに笑って?」
「フフッ・・・アーノルドはモスモットを知ってる?」
「あの緑の毛むくじゃらの魔物だろ?」
「そう。それに見た目がそっくりだったからつい・・・」
笑い疲れたフィリアは、ピンクオレンジの紅茶を飲み干す。喉に流し込むその瞬間、また笑いが込み上げたのか、ゴホゴホッっと大きく咳き込んだ。
ー
木剣を打ちつけ合う音が妙に心地よく感じる。
最後の挨拶にハミルに会いに軍の訓練場に足を運んだ。
総合的に見ればホンレスで一番世話になったのは、ハミルだと思う。逆に世話してやったことも多かったが、それでもハミルは頼れる兄貴分だ。
「そうか・・・いつデパトスから発つんだ?」
「そうだなぁ、早くて5日後くらいかな」
「そうか。じゃあ最後に呑みに行こうぜ。今度はヨルダとカルドスも誘って」
「カルドスは来るか? あいつ付き合い悪そうだけど」
「力ずくで連れて行くさ」
オレ達の会話が聞こえたのか、後ろで剣を振るカルドスがゲンナリしている。相変わらず無愛想なやつだ。
「色々ありがとうな、フィリアの手伝いしてもらって」
「世話になったのはこっちの方だよ。まあ散々こき使わされたけど」
「ハハッ、それは悪かったな。早くに親を亡くしてるから寂しがり屋なんだよ、あいつは・・・でも今は良い仲間達と出会えたようで良かった」
そう言ったハミルの顔は紛れもなくお兄ちゃんの表情をしていた。兄妹の愛とは素晴らしいものだ。
「その仲間にネイも加えてくれないか?」
「・・・ネイはここに残るのか? 一緒に旅をしてるもんだと思ったが・・・」
「もしもの話だ。もしネイがここに残ると決めたら、気にかけてやって欲しい」
何も言わずにハミルは了承してくれた。
これで安心だ。
ー
昨日の依頼の疲れが溜まっていたのか、ネイはやっと目を覚ました。青い快晴の空に風は吹いていない。
ベッドの横に座るオレを見て、ネイは重い瞼をこする。
「ああ・・・おはようアン。どうした?」
「突然だけど・・・デパトスから出ようと思う」
ネイは目を見開く。やはり驚かせてしまった。
「どうして・・・そんな急に?」
「そろそろ旅を再開させようと思ってな」
「決める前に相談くらいして欲しかったよ」
しゅんとした表情でネイはシーツにくるまる。
「それで・・・ネイはどうする?」
「・・・・?」
「一緒に来るか? それともここに残るか?」
最近のネイは冒険者として自立している。オレの何年かかるか分からない旅に縛りつけてはいけかない。
「ネイも知ってると思うが、ホンレスはいい街だ。アレク王国からの追手もいないと思う。ネイは・・・メイアはここで幸せになってもいいんだぞ」
「・・・・・」
布団から顔を出したネイは何か言いたげな表情をしている。しかし上手く言葉にできないようだ。
ゆっくり考えてもらおう。オレに時間はいくらでもあるんだから・・・
「考えておいてくれ。遅くても10日後には発つ」
ー
あと挨拶をしておいた方が良いのは誰だろう・・・
マークさんの『兜屋』に顔を出しても良いかもしれない。マルクス夫妻にも世話になった。
元帥は・・・まあいいだろう。願わくば会いたくない。
ヨルダは・・・まあ今度一緒に呑みに行くだろう。
『兜屋』に、向かう途中でやたらと目立つ二人組が目に入る。
否。目立つのは一人だ。
2メートルを超える黒マントを羽織った巨体。ホーネットだ。道を行く人々も、その巨体の横を歩くガイアに気づかない。
それほどまでにホーネットの体躯はデカい。
一体どこの種族の獣人なのだろうか。
「お〜い。 ガイア、ホーネット!」
「おお。アーノルド!」
振り向いたガイアは爽やかな笑顔を見せる。深々とフードを被ったホーネットもぺこりと頭を下げた。
「会えて良かったよ。デパトスから出ようと思ってて。最後に挨拶をして回ってたんだ」
「そうか・・・居なくなるのか・・・それはタイミングが良いのか悪いのか・・・」
「・・・ん? どう言うことだ?」
何か含みのある言い方だった。
「何でも無い・・・俺達もちょうどアーノルドを探してたんだ」
「探してた?」
ホーネットとガイアは互いに目を見合わせる。ホーネットがそのマントの下から一つの黒い箱を取り出して見せた。
ホーネットの爪はやたらととんがっている。手入れをしていない獣人は、今時珍しい。
「何だこの箱?」
ガイアが爽やかな笑顔と共に口を開こうとしたその瞬間。街中に警鐘が鳴り響いた。
『魔物大侵攻 発生! 魔物大侵攻 発生!全ての兵士は基地に、冒険者はギルドに集まってください!! 他の方は屋内などの安全な場所に速やかに移動を。外壁には近づかないようにお願いします!!』
魔物大侵攻。
無数の魔物の群れが人里を目掛け大移動をする現象だ。もちろん危険だしその数は脅威だが、所詮は魔物の群れ。強い魔物は群れることが少なく、高くてもCランクくらいだろう。
外壁で囲まれたこの街に造作はもない。軍もいる事だし。
しかし何の兆候も無しに魔物大侵攻が起こるのは珍しい。普通はドラゴンなどの圧倒的脅威から弱い魔物が逃げる時に発生するものだからだ。
まあ良い。臨時報酬だ。旅立つ前に稼いでおこう。
「おい、ガイア、ホーネット! 誰が一番多く魔物を狩れるか勝負しようぜ!!」
しかしホーネットとガイアは動かない。
気づくとホーネットの手にあったはずの黒い箱が無い。
いや、黒い箱はオレの足元に転がっていた。
「封印箱 発動」
ガイアの低音がなり響く。
唐突に箱は黒い液体へと変化し、オレの足元で黒く光りだす。
咄嗟に黒い液体から身を遠ざけようとする。しかし足が動かない。
「何だこれ!? ガイア、何をした!!??」
「いや〜 悪いなアーノルド。お前の事を封印させてもらう」
「封印?」
「ああ、計画に邪魔でな」
何だ・・・ガイアは何を言ってるんだ?
計画とは一体何の事だ? まさか魔物大侵攻と関係があるのか?
それよりも・・・今はここから逃げ出さなければ・・・
「お前の体は動かないぞ。俺のスキルでな」
ガイアが言う。
そんな事は分かっている。だが魔術が使える。ここら一帯を吹き飛ばしてやる。
魔術を発動させようと手に魔力を集中させる、それに気づいたのかガイアが喋りかけてくる。
「アーノルド。5分だ。5分その場から動かないでくれ。そしたら必ずお前を殺してやる。約束だ」
ガイアの言葉を嘘には感じなかった。
しかしオレがこんな口約束で言うことを聞くと思っているのだろうか。
悔しいが大正解だ。
「殺してやる? お前にできるのか?」
「ああ確実に。絶対に」
「・・・ときめくね!!」
どうしよう・・・・このままガイアに身を委ねてみようか。いや・・・こいつらを野放しにしておくのは危険だと、オレの勘がつげている。
「その計画とやらを話してくれるんなら大人しくしておいてやるよ」
オレの言葉にガイアはほくそ笑む。警鐘のうるさい中、ガイアの声がよく聞こえる。
「俺達の目的は世界の完全なる平和・・・・500年前、勇者一行が成し遂げられなかった悲願
だ。手始めにここ世界最古の街ホンレスをぶっ潰す」
ホンレスを潰す?
あり得ない。そんな事が可能と思っているのが理解できない。
そして勇者一行の悲願だと?
一体ガイアは何者なんだ?
「正気か? この街はデパトスの中心。最強の軍と『厄災』がいるんだぞ? お前ら如きで潰せると思ってるのか?」
「さあな・・・お前には関係ないだろ。どうせ死ぬんだから」
壁の外側の足音が地面を揺らす。規則正しいその揺れは、カウントダウンにも聞こえる。
悠々と空を横切った十字の影が、簡単に戦慄を走らせる。
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