第十八話『弱火でじっくり』
軍から脱出したオレはハミルの奢りで昼食を食べる事になった。
やはりハミルの報告からオレの素性がバレたらしい。
『面倒ごとに巻き込んですまない』と何度もハミルに謝られた。
別にハミルは悪くないのだが・・・
そういえば今朝は朝食を食べ忘れたのだった。さて・・・どこで飯を奢ってもらおうか?
『デパトス名物 ギムルス』を看板に掲げるレストランが目に入る。
ギムルスとはパスタの一種だ。オレのかつての仲間、勇者ギムレットの好きだったパスタだ。昔はナポリタンという名前だったが、勇者の名前を取って改名したらしい。
トマトベースのソースと数種の野菜で炒めた歯ごたえモチモチのパスタである。安価で美味い。
「ギムルスにしようぜ」
「いいぞ。好きなだけ食べてくれ」
席についてハミルと目が合う。心なしか少しやつれてるみたいだ。
「元気なさそうだな? 大丈夫か?」
「ああ・・・最近忙しくてな。やっと剣を振れるようになったというのに、ペンを握りっぱなしだ・・・」
元気なくハミルは笑う。
確かに最近のデパトス軍は忙しそうだ。特に『平和』の起こした事件の後処理が相当に大変らしい。
『平和』といえば・・・
「そういえば今日はヨルダはいないのか?」
「ヨルダ? 別にあいつと常に一緒にいるわけじゃないぞ。大方そこらへんの酒場でのんたぐれてるだろ」
「あれ? あいつってデパトスの『厄災』だよな?」
「『厄災』って言っても普段は一般人なんだよ。そもそもあいつらは国政に関わったりしないんだ、ヨルダの場合は関わらせない方がいいしな・・・」
確かに、あの飲んだくれに政治をやらせてはいけないだろう。やはり『厄災』とはただの国家の最終兵器なのだ。
「・・・で? お前は最近どうだ、アーノルド?」
「オレはボチボチだよ・・・今はネイが同ランクに来るまで待ってる感じかな」
「Bランクだろ? 何年かかんだよ?」
「え・・・? そんなにかかる?」
ガイアの話では冒険者ランクとは比較的上げやすいものだと聞いた。純粋に高ランクの依頼をこなして欲しいのと、冒険者達が低ランクに留まる事を防ぐためにだ。
冒険者は所詮は雑用が多い。それほど上等な技量は必要ないはずだ。
冒険者達が対処不可能な依頼は軍がやってくれる。もちろん例外は存在するが・・・
「いや、ネイならすぐにBランクになるさ。なんて言ったって、あの剣王の血を・・・」
「剣王?」
おっといけない。これは言っちゃいけないやつだ。
慌てるオレに助け舟を出すように、店員が注文を取りにきた。
メニューなど見ていなかったが、食べるものは決まっている。
「じゃあ、ギムルスの大盛りで」
ハミルが頼んだ。
「オレもギムルスの大盛りで。トッピングに目玉焼きとベーコン。横にマヨネーズもつけてくれ。
「おいおい。そんなに頼むのかよ」
「ご馳走になります」
呆れるハミルの横で、店員は訝しげにオレを凝視する。
少しトッピングをしすぎたかな?
「麺の硬さはどうします?」
「麺の硬さ? ん〜そうだな。やっぱりモチモチで、痛める時は弱火でじっくり」
「・・・! 了解です!」
注文を取りおえた店員は駆け足で厨房に戻る。慌てすぎではないだろうか?
「それにしてもギムルスにマヨネーズって合うのか?」
「これが意外にも合うんだよ。勇者の好きな食べ方でな」
「勇者って・・・魔王討伐の勇者ギムレットだよな?」
「そうだぞ」
オレの返答にハミルは感心の表情を見せる。
「本当にお前は勇者一行の一員だったんだな・・・」
「・・・まあね」
「やっぱり信じられないな・・・伝説が今こうして目の前にいるなんて」
「伝説ってのは案外大した事無かったりするぜ」
勇者達の冒険は確かに偉業だ。
しかしこの500年で少し脚色されすぎだ。まるでオレ達を神のように扱うものもいるみたいだ。
まあ嫌いではない。あいつらが存在していた証明があるようで。勇者もきっとこの世界を見たら笑うはずだ。
ハミルは興味津々で聞いてくる。
「勇者ってのはどんな奴だったんだ?」
難しい質問だ。ただ少なくとも現代で思われてるような聖人では無かったことは確かだ。
強いて言うとすれば・・・
「偽善者・・・かな」
「偽善者?勇者がか?」
あり得ないという顔でハミルが言う。
「トマトベースの料理にいきなりマヨネーズをかけるくらいには性格が悪かったってことだよ」
「お待たせしました〜」
ハミルトの会話を遮るように店員が背後から現れる。その手には一皿のパスタを持っている。
「こちらギムルス大盛りでございます」
店員はギムルスをハミルの目の前に置く。オレの分は無い。
あれ?オレのはまだかな? トッピングしすぎて遅れてるのかもしれない。
そう納得しながら料理を待っているオレに向かって店員が言う。
「お兄さんはこちらへどうぞ〜」
店の奥の方を指差している。
そこに何かあるのだろうか?
「どうした?アーノルド?」
「分からない・・・とりあえず行ってみるよ・・・」
「おう。先に食べてるぞ」
案内されるがまま店の奥の方へと行くと、事務室にぶつかる。
店員はにっこりと笑い、オレを後にする。
ここに入れと言うことか・・・?
何で?ギムルスを頼んだだけなのに?まさかここで食べろと言うのか?
一思いに部屋に入る。
部屋にあかりはついていない。
窓から差し込んだ陽の光だけが部屋内を照らす。
薄暗い中、男が椅子に座っている事に気づく。恐ろしく気配が無い男。目を凝らさなければ、見落としそうになるくらい影の薄い男だた。
椅子をクルリと回しながら、男はこちらを振り返る。
黒髪の悪人面。組んだ足の上に毛並みの整った猫がいたら、マフィアのボスの完成だ。
オレの顔を舐めるように見回して、男はニヤリと笑う。
「その身なり・・・今回は重鎮ってわけじゃなさそうだな。どうやって俺の事を知った?」
「・・・・知る?」
「ふっ・・・まあ良い。依頼は手術か?それとも・・・殺しか?」
この男は終始何を言っているんだ?
依頼?手術?殺し?物騒な響きだ・・・それよりもオレのギムルスは?
店の演出だったりするのだろうか?
「あのー 店の方ですか? こういうの大丈夫なんで、席に戻っても良いですか?」
「え?」
「え?」
ほぼ同時に発した疑問符で、男は足を地面に下ろす。
理解不能という顔をしているが、こっちが理解不能である。
「え? 依頼に来た奴じゃない?」
「依頼・・・?」
「でも、『ギルムスの大盛り。トッピングで目玉焼きとベーコン、マヨネーズ」を頼んだよな?」
「頼みましたね。まだ食べて無いけど・・・」
「注文の意味を理解してる?」
「パスタでしょ? そろそろ腹が減って死にそうなんですけど」
「う〜わマジか。店員ちゃんと確認しろよ〜」
男は椅子から崩れ落ちる。先ほどまでの威圧が完全に消え失せている。オレの方を振り向き愚痴をこぼし始める。
「お前もお前だよ!何でトマトベースにマヨネーズ頼んでんだよ!」
「意外と合うんすよ〜」
大きなため息をつきながら男は考え込む。意外にも綺麗な正座をしている。
「で、これ何ですか? 手術?殺し? オレ戻っても良いっすか?」
オレの言葉に男は青ざめる。冷や汗もかいている。
「ちくしょう。まさかこんなことになるなんて・・・分かった、全部説明するからここにいろ!!」
ため息混じりに男は説明を始める。無気力に座る男の横にカラスの紋が彫られた剣が置いてあった。
男は自分の事を医者だと言った。
正確には東洋医療術外科医。
隠れながら医者をやっているそうだ。闇医者というやつだ。
表に出せない治療の依頼をこなして暮らしているらしい。ついでに暗殺の依頼も。
依頼人はこのレストランを訪れる。特別な注文をした依頼人だけが会えるというシステムだ。
そして偶然にもオレはそれを注文してしまった。
もう少し難しい合言葉にして欲しいものだ。
「この事は他言無用で頼む」
「分かったよ・・・言わないよ。その代わり一個貸しだからな」
男の焦りの表情が不憫に思えた。余程バレてはいけない事情があるのだろう。
今回は見逃す事にした。
ー
席に戻ると満腹のハミルと空の皿が、オレの事を待っていた。
「遅かったな、アーノルド。どうしたんだ?」
「何でもないよ・・・まだオレの料理には時間がかかるらしい」
「長いな」
ハミルは不満をもらす。不満をもらしたいのはこっちだと言うのに。
「そうだ、ハミル。さっきの元帥の横にいた奴らも兵士か?只者じゃない雰囲気だったけど」
「ああ・・・あれは全員将官クラスの兵士達だ。俺よりも役職が上だから下手な態度はとるなよ」
いつしか誰かが、ハミルはデパトスの兵士として5本の指に入ると言っていた。となると他の四人があいつらなのだろうか?
「特に元帥の真横にいた茶髪の男と赤髪の女には気をつけろよ。あいつらは『竜騎士』だ」
ハミルの警告に兵士達の顔を思い出す。確かにそんな二人がいたような気がする。
しかし『竜騎士』がいるとは・・・
竜騎士とは言葉のまま、竜もしくはドラゴンに乗って戦う騎士だ。本来人類には決して懐かないドラゴンだが、竜騎士は竜を手足のように自在に扱う。
たった一体で軍を壊滅させるドラゴン。そしてそのドラゴンに知能がついた竜。
それを扱うものが二人もいるデパトス軍は、やはり最強だ。
そんなことを考えていたら、お待ちかねのギムルスが来た。
店員は申し訳なさそうな表情をしている。
ぱぱっと平らげ、店を後にする。
他言無用と言っていたが、ネイに今度教えてあげよう。あの医者のことを。
しかしあの医者の名前は何だっけ? 聞いたはずなのに思い出せない・・・・




