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アンの大往生 ー異世界終活記ー  作者: Shutin
デパトス編
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第十七話『茶を啜りながらする話』

ティーポットの蓋を開けると、中から甘く温かいイチゴの香りがした。

立ち込めた豊潤な香りがオレとドリスちゃんの鼻をくすぐる。


乾燥、手揉み、発酵。ティアちゃんによって全ての工程が丁寧に仕上げられ、ついに『夢苺』の紅茶は出来上がった。


 ユラユラと蒸気を発しながら、紅茶はその白いカップをピンクオレンジで一杯にする。


「それでは・・・どうぞ」


 満を持してティアちゃんが口を開いた。

 オレの横に座るドリスちゃんは、遠慮がちに用意された茶菓子に手を出さない。


 一口目。


  口に入れた瞬間、濃厚なフルーツの香りが口内全体を覆う。

 イチゴ特有の酸味と独特な苦味が共存し、舌の奥へ奥へと染み込んでいく。

 名残惜しそうに喉奥へ流し込むと、最後にイチゴの甘さだけが口の中に残る。


 飲むと思わずため息をついてしまうような、そんな一杯だった。


 眩しい笑顔でドリスちゃんも『美味しい』と言いながら飲んでいる。

 そんなドリスちゃんを見たティアちゃんは優しく微笑んだ。


「これは・・・ティアちゃんが命がけで作った紅茶なんだ。ドリスちゃんが辛い思い出を忘れられるように・・」


「アーノルド君。それは・・・・」


 オレのお節介をティアちゃんは止めようとする。


 しかし


「そうなの、ティアちゃん?」


 と言うドリスちゃんの言葉にティちゃんは黙って頷くしかなかった。


 それを見たドリスちゃんは目を丸くするも、口にためた紅茶を飲み込んで笑い出してしまった。


「もしかして、私の左手から出る血のこと? やだなー、ティアちゃん。私がパパとママと別れたのなんて、まだ2歳の時だよ。全然覚えて無いから。そもそもこの血だって誰のかも分からないし」


「でも・・・・」


「パパとママには悪いけど、私の思い出は全部『赤い糸』にあるから。イヤ思い出は全部フィリアちゃんとティアちゃんとパムちゃんが消してくれた」


 緊張の糸がほぐれたのか、ドリスちゃんは置かれたドーナッツを頬張る。


 どうやらティアちゃんだけが深刻に考え過ぎていたようだ。


 嬉しいような悲しいような、そんな中間の表情をするティアちゃんを見て、ドリスちゃんは左手をヒラヒラさせる。


「この左手から出る血だってそんなに悪いもんじゃないよ。何よりフィリアちゃんにイタズラが出来るからね!」


「あら私を呼んだかしら?」


 タイミングが良いのか悪いのか、フィリアが二階から降りてくる。真っ白なシャツをカッコ良く着こなして。


「あ!!ちょうど来た! フィリアちゃ〜ん 私の左手見てみて!」


「左手?・・・・って! ちょっと!! やめなさい!!」


 ドリスちゃんの飛び掛かりに、フィリアは悲鳴をあげる。ドリスちゃんがその左手から放った液体が、フ ィリアのシャツをピンクオレンジに染め上げた。


「フフッ・・・遊びすぎよ。ドリス」


 ティちゃんは笑う。つられてオレも笑ってしまった。


 辛い過去なんぞ、美味しいお茶と一緒に流し込んでしまおう。

 そしていつか茶菓子を食べながら笑い話にしてしまえば良いのだ。


 もう紅茶が枯渇することはないようだし・・・



「ネ〜イ〜 遊びましょ!」


「すまん今日も依頼で忙しくてな」


「え〜 またか? 働きすぎだぞ」


「悪いな」


 最近ネイの付き合いが悪い。

 ギルドの依頼を一緒にこなす回数も減ってきた。


 まあ冒険者ランクが違うから仕方ないのだが・・・

 それでも最近は付き合いが悪すぎる。まさか男が出来たりして・・・


 街を徘徊しながら、勝手な妄想をしてしまう。父親面もしてしまった。ネイが何をしようと彼女の勝手だと言うのに。


 しかもネイの本当の父親はあれだしな・・・


 アレク王国での出来事を思い出しながら、少し不安を感じる。ネイ、もとい元アレク王国王女メイア・アレクサンダーだ誘拐されてから、数ヶ月は経った。しかしデパトスで王女失踪の話題は聞かない。


 もちろんアレク王国が隠しているに違いないが、それでもここまで誰も知らないのはおかしい。あまり他の国に興味がないのだろうか?


 歩きながら考えていたら、男とぶつかった。


 謝ろうと顔をあげると、軍服を着た見知った男が目の前に立っていた。ハミルだ。


「すまん、アーノルド。ちょっと来てもらうぞ」


「・・・どこへ?」


「デパトスの軍部だ」



 デパトス軍ホンレス基地。

 デパトスの全ての兵士達の本拠地だ。


 オレは基地にある『執務室』に案内された。何故かは分からないが、『元帥』なるものに合わなければいけないようだ。


 元帥は軍部での最上級の役職。この国の兵士達のトップと言うことだ。


 重厚な扉の奥には、厳つい顔に髭を生やした見るからに優しそうじゃない男が待っていた。元帥だ。


 元帥はデスクに座り、それを囲うように四人の男女達が立っている。それぞれが軍服に身を包んでいる。


「こんにちは、アーノルド・アンダーソン。デパトス軍元帥のドラコ・ラスターだ」


「・・・どうも」


 元帥の眼光は鋭い。見定めるかのように、オレの全身に視線を送る。ダダ漏れる殺気を隠せていない。


「なぜ呼ばれたか分かるかね?」


「いえ・・・」


「それでは・・・君が元勇者一行だということを私が知っていると言ったら?」


「・・・・・」


 なるほど・・・・話が見えてきた。大方どこかの文献にオレの名前が載っていたのだろう。それとハミルの報告でオレの身分がバレたようだ。


 そして勇者一行の不死身の魔術師を前に軍がすることは一つ・・・軍の強化のための勧誘だろう。


「言っておきますが。オレは軍に所属することはありませんよ。500年前にもそう言ったはずだ」


「いやいや。引き抜きだと考えてもいない。まず500年前の伝説が未だ実在しているという実感さえ湧いていないのだ。今日私は呼んだのはただの警告だ」


「警告?」


「取引とも言える。アーノルド・アンダーソン。君を軍に勧誘するつもりは毛頭ない、その代わり他の国家、もしくはデパトス軍以外との武力勢力との結託をしないと約束してくれ」


 意外にも簡単な取引だった。はなからどこかの勢力に所属するつもりは無い。

 冒険者として自由にやっていくのが性あっているからだ。


「分かった。要求を飲む」


「ありがとう。もし他の国で軍に勧誘されたらこれを見せるといい」


 元帥は銀色の首飾りを差し出してきた。鷲の彫刻をぶら下げた飾りは年季が入っている。


「これはデパトス軍所属の二等魔術師を証明する飾りだ。すまないが、君をデパトス軍の所属兵として扱う。形だけでもそうしておかないと上が黙っていないのでな」


 元帥は頭を下げる。横にいる兵士達の表情から察するに余程珍しいことなのだろう。


 少し気分を良くしながら、首飾りを受け取った。


「じゃあ一応はデパトスの兵士ってことで・・・本当に軍に参加はしないからな」

「無論だ」


 少し気になったので聞いてみるとにした。


「もし・・・オレが約束を破ったら?」


「その時は全力で君を排除することになる」


「それが出来ると?」

「無論だ」


 元帥の言葉に反応したように、執務室は殺気で立ち込める。

 元帥の横にいる兵士達もただものではないようだ。


 面倒くさそうなので、約束は破らないようにしよう。


 こうして、オレはあっさりとデパトス軍所属の兵士となった。

 形だけだけど。

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