第十六話『死んでもいいわ』
宿のベッドに寝そべりながら、夜風を感じていた。今宵は綺麗な満月だ
結局あの後もう一度リンネの背に乗せてもらい、オレとティアちゃんは無事に『夢苺』を採集することができた。
普通の苺とは違い、薄水色のその花にややピンクがかったイチゴをつけている。そのまま食べても美味しそうだった。
ティアちゃんは特殊な液体にイチゴを漬けていた。飲めるようになるには7日ほどかかるそうだ。
依頼の魔物は全くいなかった。どうやらリンネが全て倒してしまったようだ。
火を放つ魔物もいたと言っていたので、危険度は低くてもCランクほどだろう。
数十匹以上いたらしいが、リンネ曰く『少々手こずった』程度らしい。
流石は竜だ。
それにしてもリンネとこうも早く会えるとは思わなかった・・・
やはり昔の友人は良いものだ。
思い出に花を咲かせられる。
『そろそろアメの事は忘れてーー』
リンネの言葉を思い出す。
とっくのとうに自分でケリをつけていたはずだったが、もしかしたらまだ未練を感じているのかもしれない。
勇者達の旅よりもずっと前の記憶のはずなのに、未だに脳にこびりついて離れない。
煌めく星の数ほどの言葉をくれた彼女の事を・・・・
ー
<昔々の記憶、アーノルド過去回想>
「ねぇ、アン。『月が綺麗ですね』」
夜空に浮かぶ満月を背景に、彼女ははにかんだ。
紅潮した頬と耳が月の光で強調される。
「まぁ・・・綺麗だけど。君の方が綺麗だよ」
はにかむアメの手をなぞりながら、彼女の欲しいであろう言葉を言う。
我ながら最高の返しをしたと、密かにガッツポーズをする。
しかし言い回しがキザ過ぎたようだ。
彼女は頬を膨らましながら、手を握り返してくる。
「違うよー! そんなナルシな言葉じゃなくて、もっと文学的に返さなきゃ」
「文学的?」
もう少し難しい単語を使えと言うことか?
シンプルに『綺麗』じゃなくて、何か形容詞でも入れた方が良かったか?
アメの不満を理解しようとするも、オレの文学センスでは無理なようだ。
そんなオレにやれやれと彼女は小さくため息をつく。
「まあ仕方無いか。こっちの世界には無い表現だろうし・・・」
「また異世界の言葉か?」
「そう。『月が綺麗ですね』は『愛してます』と言う意味なの」
「相変わらず難解な文章を使うな。アメの故郷は」
オレの文句にアメも『そうだね』と笑う。
故郷という言葉に、アメは少し遠い目をする。
「それでね。私の大学・・・学校でねその文章に対してどういう返事をするのが良いのかって議論になってね・・・」
「どういう返事なんだ?」
「どういう返事でしょう?」
意地悪にアメは笑う。
負けじと何回も回答するも、正解は出なかったようだ。
「これも違うか・・・そろそろ正解を教えてくれよ」
「えへへ・・・実はね正解なんてないの」
「えー!?」
「人それぞれで解釈がある。それが言葉の美しいところだからね」
「じゃあ、アメはどう答えんたんだ?」
「えー 聞く?」
アメは少し恥ずかしげに頭をかく。
そんな彼女を見て、オレは揶揄う準備を始める。
「・・・星ってさ、夜空にいっぱい煌めいてるでしょ? 月と一緒に・・・」
「うん」
「でね、私の故郷では人は死んだら星になるっていう考えがあるの」
「うん」
「だからね・・・私は『月が綺麗ですね』と言われたら、『いつか貴方と星になって、もっと近くであの月を見ましょう』って返すの・・・」
声にならない黄色い悲鳴をあげながら、アメは顔を隠す。見せられないほどに彼女の顔は赤くなっているに違いない。
「オレは好きだけど・・・ちょっと長くない?」
「う・・・!! それ友達にも言われた・・・」
アメは眉をひそめる。その友達とやらとは気が合いそうだ。
「模範解答もあるけど聞く・・・・」
「模範解答・・・?」
「『月が綺麗ですね』を作った作家とはまた別の作家が、同じような状況で『もう死んでもいいわ』って言葉を書いたの。一応はそれが模範解答になってるのよ・・・」
「ふーん。奥が深いなー」
「興味ないでしょ?」
「バレた?」
アメはオレの頭を小突く。彼女の羽織りの袖がオレの頬にクリーンヒットした。
逃げるようにオレはアメの後ろに回り込み、互いの位置が逆転する。
背後の輝く満月よりも、正面で笑う彼女かに目を奪われる。
照れくさそうにアメは言った。
「愛してる」
・・・・・・・・・
思えば彼女が死んだ時だったろうか。
オレが最初に死にたいと思ったのは・・・・
ー
大昔の記憶の情景を思い出してると、誰かが扉を叩いてきた。
こんな夜に誰だろうか・・・? 宿の管理人かな?
まさかリンネでは無いだろうな・・・いや、でも有り得るかも・・・
少々警戒をしながら、扉を開ける。立て付けの悪い木製の扉がギィと鳴り響く。
扉の奥の暗闇にうっすらと2本の突起物が見える。
角・・・!魔族!!
咄嗟に身体中に緊張を走らせるも、それは杞憂に終わる。
扉を叩いたのはティアちゃんだったからだ。
「・・・どうしたんだ? こんな夜遅くに?」
「アーノルド君〜 元気ですか〜??」
酔ってる・・・?
ベロベロに泥酔したティアちゃんが、オレの部屋へと入り込む。
耳まで顔中がピンクに染まっている。
「酔っ払ってるのか・・・仕方ないな、家まで送ってやる」
「え〜 大丈夫ですよ〜」
手をヒラヒラさせながら、ティアちゃんは平静を装う。
しかし自身の足をもつれさせて、バランスを崩す。
慌ててティアちゃんの身体を支えようとしたその瞬間。グイッと身体を引っ張られ、オレの体は床へと貼り付けられる。
赤ら顔のティアちゃんはオレに馬乗りになってニッコリと笑う。なぜか息も荒い。
「私ここで寝ますんで」
舌なめずりをしながらティアちゃんの顔がオレに近づく。
理解の追いつかないオレのささやかな抵抗も彼女を止める事は出来ない。
「ちょっと!タンマ! これどういう状況??」
「お礼ですよ。お礼。私の我儘に付き合ってくれたお礼」
そう言って彼女はブラウスのボタンに指をかけ始めた。
早く止めなければ本当に大変なことになる。
意を決して覆い被さるティアちゃんの身体をそのままひっくり返す。
ゴッという鈍い音と共に頭を打ったティアちゃんは、そのまま気絶したように眠ってしまった。
本当に何だったんだ・・・・?
スヤスヤと寝息を立てる彼女の姿に『淫魔』という言葉を思い出した。
ー
起きると同時に見た光景は土下座をしてるティアちゃんの姿だった。
ベッドに寝かせていたはずの彼女は、宿の床に頭を擦り付けている。
「本当にすみませんでした!!」
・・・・本当に何なの?
一晩寝ながら考えたが、昨夜のティアちゃんの行動が何だったのかは未だに分からない。
唯一わかったのは、ティアちゃんの太ももは思ったよりも柔らかいということだけだ。
まあ・・・大方スキルの反動とかだろうな。
とりあえず頭をあげさせ、説明を求める。
ティアちゃんは目を合わせてくれない。
「その・・・『淫魔』ってのは知ってます?」
「精気を吸い尽くすって言われている魔族の一種だろ? でもガセだ。スキル以外でそんな特殊能力を持っているのは魔獣だけだ」
「そうです・・・よくご存知で」
『淫魔』とは、魔族の一種だと思われている伝承にしか出てこない生物だ。魔族も人類にもスキル以外の能力など無い。身体的特徴の違いでそれぞれの種で出来ることは違うが、それでも『精気を奪う』などの突飛な能力を持つ種はいない。
おそらく『淫魔』なども魔族がスキルを使ったのを見た奴が吹聴した噂だろう。
「実は私・・・『淫魔』なんです・・・」
「え・・・?」
前言撤回だ。淫魔はここに存在した。
「とは言っても、アーノルド君が想像してるようなのではないですよ!! 正式な名前は違いますし・・・」
「淫魔だから襲っちゃったと?」
「そうですね。私の種族はお酒を飲むと発情してしまうんです。だからいつもは控えているんですが・・・」
酒を飲むと発情してしまう。
それは全ての種族でも同じでは無いだろうか?
そういえばミューイも酒を何でいる間の記憶が完全に消えるという体質だった。
魔族は酒に弱いのかもしれない。
「なんで飲んじゃったの?」
「その・・・嬉しくなっちゃって・・・やっとドリスちゃんとフィリアちゃんに恩返しが出来ると思うと舞い上がちゃって」
「恩返し?」
「そうです。故郷が嫌でデパトスに来た私をあの二人は支えてくれた。紅茶を作ってドリスちゃんの辛い過去を消してあげられると思うと嬉しくて」
指弄りをしながら、ティアちゃんの説明は止まらない。
辛い過去を消すか・・・
「・・・悪いけど。過去は消せないよ、ティアちゃん。どんなに最高な人生を送っても、過去の最悪な思い出は一生まとわりつく。本当はティアちゃんも分かってるんじゃないか?」
「・・・・・」
「でも・・・辛い過去に囚われてずっと悩むなんてバカのする事だ。最悪の思い出なんて、それこそお茶会の話のネタにしちゃえば良い。そうだろ・・・?」
「そうですね・・・」
やっとティアちゃんと目が合った。酒が抜けたのか、彼女は優しい眼差しをしている。
「立てるか? ぱぱっと紅茶作っちゃおうぜ」
「そんなに早くは出来ませんよ・・・しっかり時間をかけて熟成させてあげないと・・・」
オレの腕を掴みティアちゃんは立ち上がる。
何だかいつもよりも距離が近い気がした。
彼女の暗い髪色のせいだろうか、アメの面影を思い出す。
そろそろオレも変わらなきゃな・・・・
辛い過去は笑い話に変えてしまおう。オレもそろそろ話を進めないといけないようだ。
ティアちゃんが扉を開ける。軋んだ音は出なかった。
扉越しにティアちゃんはオレを振り向いた。
ティアちゃんは乱れた髪を指でとかし、小悪魔もとい淫魔のように上目遣いで笑いかけてきた。
「そうそう・・・淫魔は酔うと発情しますが。別に誰にでも発情するわけではないですから」




