第十五話『リンネは輪廻を回すのじゃ』
『久しぶり』
確かに少女はそう言った。老人の様な口調で。
しかしオレには、こんな少女の記憶は無かった。
腰まで伸びた毒々しい紫色の髪。少女が裸だからか、やけに目につく真っ白な肌には所々に鱗の様なものが見える。
どうしよう・・・目のやり場に困るな・・・
少女の妖艶な裸体から目を逸らすも、彼女はソワソワしながらオレを凝視している。その桃色の瞳と共に。
「というか・・・そろそろ抱きついても良いかの?」
「え?」
「会いたかったぞ〜 アーノルド〜」
「いやいや! ちょっと・・・」
オレの制止を振り切って、少女は飛びついてくる。少女の柔らかく細い四肢がオレの身体をガッチリと掴んで離さない。ちょうど互いの顔が同じ高さにくるように、少女はオレの身体にぶら下がった。
「なんじゃ? まだ思い出せないのか? リンネじゃよ」
「リンネ・・・・? リンネ・・・・あ!!」
「思い出したか!?」
リンネ。『終円』のリンネ。
500年前・・・・いやもっと昔からのオレの知り合い。
数少ない死んでいない知り合いだ。
姿形がまた変わっていたから気が付かなかった。
「久しぶりだな!・・・というか、ドラゴンを消したのってリンネ?」
「おう!! 消した・・・というより、ワシがドラゴンなのじゃ。ワシの今世はドラゴンらしくての」
リンネは白い歯、もとい真っ白な牙をニコリと笑って見せる。
『輪廻』
リンネのスキルだ。
簡単に言うと、死んでもまた別の誰かとして生き返るスキル。しかも記憶を保持したまま。
彼女もまた悠久の時を生きている者。
まあ、オレと違って自分でコントロール出来るタイプなのだが・・・
「あれ? でも何でドラゴンから人になったんだ?」
「忘れたのか? ワシは『輪廻』の他に、その時の身体のスキルを持っている事を。ドラゴンとしてのワシのスキル『人を名乗る者』で姿を人間にしたのじゃ!」
なるほど・・・スキルによる人化。もはや何でもありである。
しかしこうして昔の友人とまた話せるのは嬉しいものだ。たまに例外もいるが。
「ところで・・・もう勇者達とは旅をしていないのか? 先ほどの連中は新しい仲間か?」
辺りをキョロキョロ見回しながら、リンネは尋ねてきた。
「おいおい、何年経ったと思ってるんだよ・・・もう全員死んだよ・・・」
ひとり例外を除いて・・・・だけど。
「何年って・・・そうか・・・500年あれば人間は死ぬか・・・」
少ししょげた顔でリンネは納得した。
彼女はオレより若いとはいえ、時間の感覚はオレより鈍ってしまっている。
おそらく何度も転生を体験したからだろう。特に今回の転生先はドラゴン。寿命が2000を超える事もある超長命種だ。
「じゃあ、あれから1000年は経ったのじゃ。そろそろアメの事は忘れて、ワシと愛の契りを結ぶ気になったかの?」
ニヤリと微笑みながら、リンネは手を差し伸べる。もう何回もやったこのやりとりをやったはずなのに、彼女の耳は少しだけ紅潮していた。
「だから、リンネはそういうのじゃないんだって・・・後、別にアメの事をまだ引きずってるわけじゃねーよ・・・」
アメ。
大昔のオレの恋人だ。リンネはまだオレが彼女に未練を抱いていると思っているようだ。オレはそんなに 女々しくないと教えてやらねば・・・・
「この500年どこにいたんじゃ?ずっと探していたんだぞ・・・」
「ヴァース大森林。『迷いの森』のエルフ達と暮らしてたんだ」
「なるほど・・・見つからないわけじゃ。でも何でそんなところに・・・?」
「まあ・・・色々あってな・・・」
「相変わらずの秘密主義じゃな・・・で、何で500年経った今森から出てきた?」
「そうだな・・・世界中を旅するため。そして死ぬため・・・・」
オレの言葉にリンネは大きな欠伸をした。聞く前から答えが分かっていたようだ。それならば聞かないで欲しかった。
「まだ死にたいって言っておるのか・・・」
「まあね・・・」
「で? 死ぬ方法は見つかりそうか?」
「とりあえずは魔王を探してるんだ・・・もう魔王くらいしかオレを殺せそうにないからな・・・」
「魔王・・・? 魔王はお前達が討伐したんじゃろ?」」
しまった・・・
そういえばリンネには話していなかった。
今度話さなければ、彼女もまた魔王を探すのに役立ってくれるはずだ。
「まあ・・・詳しい話は後で話すよ。まずネイ達・・・さっき逃げた奴らを回収しないと。ホンレスに戻って軍を連れくるぞ」
「そうじゃな。流石に軍は骨が折れる。この500年で人類は強くなりすぎじゃ」
リンネは美しい人間の少女から、また毒々しい竜の姿になる。オレを背中に乗せて、悠々と飛び立った。
ー
「ガイア! 早くギルドに連絡を!」
「少し静かにしてろホーネット!今やってる!!」
リンネの背中からガイア達が慌てて雷の魔具を取り出しているのが見える。
雷の魔具『電報』
原理は忘れたが、雷の魔術を応用して遠方と連絡が取れる様になる魔具だ。
とても便利なものである。
ちょっとマズイな・・・竜がリンネだと分かった今、面倒事は避けたい。
「おーい!! ちょっと待ってくれ! ギルドには報告するな!!」
オレの叫びにガイアは空を見上げる。
竜となったリンネの影が、ガイア達を覆う。
覚悟を決めて剣を構えるガイアに対し、ネイはオレの声に気づいたみたいだ。
ネイの腕の中でティアちゃんが気絶しているのが見える。
「無事かアーノルド?」
「ああ! この竜はオレの知り合いだ。攻撃しないでくれ」
ガイアとホーネットはあっさりと刃を納めてくれた。聞き分けが良いようだ。
「やっぱり知性のある竜だったか・・・竜と知り合いとは・・・アーノルド、お前何者だ?」
「そうだな・・・英雄の時代の死に損ないだな」
ー
オレと竜が知り合いだと驚愕していたガイアだが、竜が人間の少女に変化するのを見て会いた口が塞がらないようだ。
ちょうどネイが予備の外套を持っていたので助かった。裸の少女を4人の冒険者が囲む図はあまり想像したくない。
「・・・で、その竜人はなんだ?」
ガイアはリンネを指差し、竜人と呼ぶ。
竜が人になるなど前代未聞だ。『竜人』とは、たった今ガイアが作った造語だろう。竜の形をした人と言う意味だろう。言い得て妙である。
「これは・・・オレの昔ながらの友人。リンネだ!」
「リンネじゃ! よろしく!」
「何の説明にもなってねーよ」
未だ理解が追いついていないガイアに説明をする。
リンネのスキルについて。オレとリンネの関係について。
リンネには勇者達の事を伏せるように頼んであった。ガイアは勇者に強い憧れを持っている、わざわざ話して色々とボロを出したくない。
ネイは興味があるのか無いのか微妙な顔で相槌を打つ。それよりもティアちゃんの介抱に集中しているようだ。
「それじゃあ、元人間がスキルで竜に転生したということですか?」
何故かガイアはリンネに対して敬語を使う。
「そういうことなのじゃ」
「で、何でこんなとこにいたんですか? こんな人里の近くに」
ガイアの質問にリンネは考え込む。何か嘘を隠しているというより、自分でも良くわからない時の表情だ。
「そうじゃのー・・・呼ばれた?気がしたのじゃ。ホンレスの周りに来いと誰かに言われた気がしたんじゃよ」
「何ですかそれ?」
「まあ良く分からんが、ここに来た事でアーノルドにまた会えたんじゃ。正に運命じゃな!」
「はあ・・・」
ナハハッ、と声高らかに笑うリンネにガイアはため息をついた。やっとこの竜が味方だと理解した安堵のため息でもあるに違いない。
「やっぱり・・・アンとリンネさんはそういう関係なのか?」
今まで蚊帳の外だったネイが、突如として口を開く。
「違うよ。リンネはただの友人だけど・・・まぁなんと言うか・・・」
「今で言うストーカーって奴じゃな! ナハハッ」
悪びれもせずリンネは豪快だ。
ネイは反応に困っている。
「何じゃ、ネイとか言う奴!? 今回のアーノルドの嫁候補か? コイツは手強いぞ〜 昔の嫁に未だ未練を持っておる。ワシのアプローチに全くなびかん」
オレの頭にグリグリと拳をねじ込ませながら、リンネはネイを茶化した。
相変わらずデリカシーの無いやつだ。
「いや・・・私とアンはそう言うのでは・・・ただミューイちゃんが・・・」
「ミューイ!? 違う女か? アーノルド、お主がそんなに節操無しとは知らなかったぞ」
沈黙を貫くオレに向かって、ネイは大きなため息をついた。
「まあ良い・・・ワシはそろそろ森に戻るぞ。必要な時は呼べ」
「あれ? 戻ってしまうのか? アンと一緒に旅をしないのか?」
「旅なんぞ大昔にしたわ」
「でも好きなんだろ?アンの事が・・・その・・・嫌じゃないのか、アンが私と旅をしたり、もしかしたら旅先で恋敵が増えるかもしれないんだぞ」
ネイの言葉にリンネは鼻先で笑う。
「アホか。いくらアーノルドをメロメロにしても最終的には全員死ぬんじゃ。未来でも過去でも、最終的にアーノルドと一番長く生きているのはこのワシじゃ。それで充分・・・というかそれが一番じゃ」
「何と言うか・・・達観してるな・・・」
「生きてる年数が違うんじゃ。愛の規模が違うんじゃ」
感銘を受けるネイを置いてリンネはオレの方を振り向く。
「そうじゃそうじゃアーノルド。死ぬその瞬間はワシを絶対に呼べよ。一緒に死んでやる」
「・・・良いのか? お前はそれで?」
「お主が生きているからワシも輪廻を回しているのじゃ。安心しろ死んでもワシはお主と共におるぞ」
リンネはクルリとオレ達に背を向け、スキルを解除した。 みるみるうちに竜の姿へと変貌していく。
バサッバサッと言う翼の音に、ネイとガイアは別れの言葉を言う。その騒音のせいか、ティアちゃんは目を覚ます。
あ・・・そういえば『夢苺』の事すっかり忘れてた・・・
「リンネー!! ちょっと待ってー!! もう一回背中に乗せてくださーい!!」




