第十三話『仮面夫婦』(終)
「いや〜 お客さん。 お目が高い!! そちら東洋の伝統的な兜でしてーー」
今日も『兜屋』のはマークさんの元気なセールストークが響いてる。もちろんだが彼は仮面を被ったままだ。
マルクス夫妻の結婚記念日まであと2日。そろそろ良いアイデアをださねければと思いつつ、何も出てこない。
連日マークさんと相談しながらさりげなく彼の好みを聞き出しているが、マークさんは兜意外に微塵も興味がないことくらいしか分かっていない。
マークさんの妻。ウェアさんも同じく、何にも興味を示さないらしい。強いて言えば、子供が好きなくらいだ。
二人の未来の子供のために、ベビー用品でも買おうかとも思った。しかし事はそう単純では無い。
まずマルクス夫妻が子供を欲しいかもわからないし、マークさんは魔族でウェアさんは人間だ。
魔族と人間の間に生命が宿ることは無い。
正確に言うと魔族と人類だ。エルフと人間は同じ人類で、この間には子供を作ることができる。しかし魔族とエルフ、魔族と人間はできない。見た目も身体の構造もほぼ変わらないのに、不思議なものだ。
フィリアの話では、大体の魔族と人類のカップルは養子をとるそうだ。
「・・・それで何か良いアイデアは出ましたか? アーノルドさん?」
仮面を被っているのにも関わらず、マークさんはしおらしく尋ねてきた。仮面をつけて性格は変わるが、根本的な中身は変わらないようだ。
「全く無いです。逆にマークさんはどうです?」
「同じです・・・」
「そうですか・・・そういえばこれは2回目の結婚記念日ですよね?1回目は何を渡したんですか?」
「恥ずかしいですがエプロンを・・・たまたま通りかかった店で良いなと思って・・・」
「・・・じゃあ、明日買い物に行きましょう! 今年も良いアイデアが出るかもしれない!!」
「えええ!・・・外に出るんですか・・・?」
嫌そうな表情でマークさんは嘆く。いや表情は見えないのだが。
ー
「お待たせしました〜」
『兜屋』の店先に駆け寄るオレを見て、マークさんはぺこりと頭を下げた。その顔には仮面が付いていない、その代わりか肩にかけている紐から何かをぶら下げている。
「何ですかそれ?」
オレの質問にマークさんは仮面を被る。そして元気良く説明を始めた。
「これはですね!! 私の仮面のコレクション達です。外は何かと危ないのでえ!!」
「危ないって・・・」
仮面でどうこうなるのかは疑問だが、マークさんが持っていきたいといいうのなら何も言うまい。ただ歩く時に仮面同士が当たってカラカラとうるさいだけだ。
『赤い系』の事務所兼フィリアの家の通りは商店街だ。ホンレスの中では小さな商店街らしいが、それでもマークさんにとオレには充分すぎるくらいの品揃えだ。
普段買い物をあまりしないマークさんにとっても、ちょうど良いはずだ。
お洒落な店に入るのに緊張もしながら、マークさんと色々な店を回った。
婦人服、靴屋、雑貨屋、宝石商まで。しかし中々マークさんの納得いく物は見つからなかった。
「そういえば、明日はレストランとか行くんです? ほら記念日だし」
「いえいえ! 私も妻もそういうところは苦手ですので!!」
千切れんばかりに首を左右に振りながらマークさんは言う。
その時、前方からウサギの着ぐるみが歩いてくるのが見えた。見覚えがある。マークさんの妻にしてもう一人の依頼人。ウェアさんだ。
ウサギの着ぐるみは金髪の幼女に手を引かれ、傍には大人っぽいスールを着た女性を従えている。我らが社長フィリアとドリスちゃんだ。
ウサギの着ぐるみを見てマークさんは足を止める。同様にウサギもマークさんの目の前で硬直した。
「ちょっとちょっと。どういう事!? なんでマークさんがここにいるの?」
小声でフィリアが話しかけてくる。また服のボタンが取れかかっているのが目に入った。
「買い物だよ。店を回ってれば良いプレゼント見るかるかなーって。もしかしてそっちも?」
「そうだよー 考えることは同じだね」
ニコリと笑いながらドリスちゃんがフィリアの背後から現れた。今日も今日とて可愛らしい。
「でも何で着ぐるみのまま? めっちゃ目立ってんじゃん!」
「だってウェアさんがあれじゃないと買い物に行けないっていうのよ・・・言っておくけど私のせいじゃないんだからね!!」
フィリアは慌てて弁明する。
しかし気がかりなのはマルクス夫妻の方だ。一応はお互いにプレゼントを探し回っていることを知られたくないらしい。もうバレてしまった様な気がするが・・・
「やあハニー 今日も美しいね!!」
「あらアナタ。お買い物してるの?」
「そんなところさ!!」
ハハハとマークさんの笑い声が辺り中に響く。それに臆さずウェアさんも優雅に笑い声を出す。キグルミの中から。
「あれ本当にウェアさんか? 何か前と雰囲気違うんだけど・・・」
「スキルの影響らしいわ・・・キグルミを着ると性格が変わるらみたい」
どうやら夫婦揃って似た様なスキルを持っているらしい。
片や仮面で、片やキグルミを着て自分の性格を世間に合わせているみたいだ。
仮面夫婦とでも言ってみようか。
ー
数分の雑談の後、マルクス夫妻はやけにあっさりとそれぞれの買い物に戻ってしまった。
ウェアさんの姿が見えなくなると、マークさんはどんよりと落ち込んでしまった。依頼の件がバレてしまったのが余程ショックなのだろう。
「すいませんアーノルドさん・・・今から『哀』の仮面を被るので、2分くらいしたら仮面を剥ぎ取ってください」
「え?何で?」
オレの質問に答える間も無く、マークさんは肩からぶら下げた仮面を一つ被った。
同時に地面に座り込み、負の雰囲気を撒き散らす。
「バレたバレたバレた・・・・私がプレゼントの一つも決められない夫だと悲しんでいるに違いませんよ。でもね、わからないんですよ。何を買ってあげれば喜んでもらえるのが・・・」
マークさんはぶつぶつとネガティブな発言が止まらない。まるで呪いの呪文は唱えているようだ
もしかしてこれもスキルのせいか・・・? いつものテンションを上げる仮面の反対とか?
そんな事を思っているうちに2分くらい経過していることに気づく。言われた通り仮面を取らなければいけない。
マークさんの顔と仮面の隙間に指を入れ、グイッと力を入れる。意外にも簡単に剥がれた仮面の下でマーク さんが涙を流しているのが見える。
オレと目が合ったマークさんはすかさず他の仮面を被る。いつもつけている『喜』の仮面だ。
「いやー失礼しました! ちょっと『哀』の仮面でストレスを発散したくて。その仮面を被ると一時的にものすごくネガティブになるんですが、一気に負の感情を発散できるんですよ!」
「はぁ・・・」
少し涙ぐんだしかし元気な声でマークさんは説明した。どう反応すれば良いのかが分からない。彼の情緒に不安を感じている。
マークさんを慰めようか鼓舞しようか悩んでいると、マークさんは仮面を外してオレに言ってきた。
「アーノルドさん。少し寄りたいころが出来ました・・・」
「寄りたい所・・・? まあ良いですよ」
ー
マークさんが寄りたい所とは最初の方に訪れた靴屋だった。しかしマークさんが見ているのは婦人用のパンプスでは無い。その横の運動靴だった。
「さっき会った時にあいつ・・・妻が少し歩きづらそうにしてたんです。多分また靴を壊ダメにしたんでしょう・・・」
「それで運動靴か・・・」
「いやお恥ずかしい。わざわざ記念日になんの変哲も無い靴なんて・・・」
「いや。素敵だと思いますよ」
本心からの言葉だった。
マークさんはウェアさんが歩きづらそうにしていると言っていたが、彼女はキグルミの中だ。そんな事オレは気づけなかったし、この世に気付けるものなどいないだろう。
余程ニヤついていたのか、マークさんはオレの顔を見て尋ねてきた。
「どうしたんですか?アーノルドさん?」
「いや・・・マークさん仮面が無くても普通に話せるんだなって思って」
「ハハ・・・妻の話をしているからでしょうか」
オレの茶化しにマークさんは顔をあからめる。
仮面をつけたままじゃ分からない良い表情をしている。
ー
結婚記念日当日。決戦の日。
場所は『兜屋』
マークさんの店、そしてマルクス夫妻の愛の巣でもある
オレとマークさんは今夜のディナーについての最後の打ち合わせをしていた。
とは言ってもただの雑談だ。オレがとやかく意見する事は何も無かった。
「そういえば、他の仮面はどういう効果があるんです?」
「知りたいですか? これは『楽』の仮面で、体を休める時に使うんです。そしてこれは『怒』の仮面で・・・」
今まで使っていなかった二つの仮面について、マークさんが説明をしている時だった。
店の方から物音がする。今日は結婚記念日につき店をあけていないというのに。
もしかして・・・泥棒か?
「マークさん・・・オレが行きます」
マークさんはオレを見据えこくりと頷いた。しかし指示とは反対にオレを置いて応接室を飛び出す。その手には先程の『怒』の仮面を被っていた。
「今の俺は『怒ちゃん状態』!」
そう叫ぶと同時にマークさんの身体は泥棒達の方へと飛んでいく。普段のマークさんからは想像も出来ないようなスピード。あっという間に泥棒二人を制圧した。
慌てた最後の一人が店から飛び出す。それをすかさずマークさんは追いかける。
普段大人しい人ほど怒ると怖いとは、この事かもしれない。
「キャー」
店先から女性の悲鳴が聞こえた。遅れたオレも慌ててマークさんの後を追う。
何事かと思いながら店を出ると、そこには最後の泥棒の身体が宙に浮いていた。
ウサギのキグルミが男の首根っこを掴み、地面に叩きつける。
その横でフィリアが尻餅をついている。あまりの出来事に大きな口を開けて、白目を向いている。
マークさんに気づいたウサギのキグルミは、身体をクネクネさせる。恥ずかしがっているようだ。
仮面を外してマークさんは言った。
「おかえり、ウェア」
「ただいま、マーク」
ウェアさんはキグルミから顔を出す。リンゴのように真っ赤になっている。しかし眩しい笑顔だ。
「ハハッ、やっぱり二人はお似合いですよ。泥棒達はオレが兵士達に引き渡すんで、後はごゆっくり・・・」
マルクス夫妻は目を見合わせ、オレとフィリアに頭を下げた。少し照れながらも固く互いの手を握り、店の中へと入っていった。
二人の繋いだ手が離れる事は一生無いだろう。そう感じた。
「ほら・・・立てるかフィリア?」
「あの・・それが・・・腰が抜けちゃって・・・」
「ハァ・・・しょうがないな」
ー
フィリアをおぶりながら泥棒達を近くの兵士に引き渡す。
帰り道、ずっとフィリアはオレの服で顔を隠している。
「何でそんなに隠れてるんだ?」
「だって・・・カッコ悪いじゃない。特に私は『カッコいいお姉さん』ってみんなに思われてるんだから」
「そうか・・・? まあ少なくともオレや『赤い糸』の連中はフィリアの事が好きだし、カッコ良いと思ってるけど、それじゃ足りないかい?」
「好きって・・・」
「オレ達ではでは足りないかい?」
「充分よ・・・」
「じゃあ顔を隠すのやめてくれよ。せっかく仕事が上手くいったんだから、堂々と歩こうぜ」
渋々フィリアは顔を見せてくれる。夕日に照らされて彼女の目の下に隈が出来ている事に気付く。
徹夜でマルクス夫妻の事を考えていたのだろうか、真面目な娘だ。
取れかけのボタンを後で直してあげよう・・・




