第九話『仮面夫婦』(2)
一本の長い角を生やした青色の兜。目の部分が開く鉄でできた兜。中には顔全体を覆う用途不明な覆面も陳列している。
なるほど・・・・これが『兜屋』か・・・
興味津々に店内を歩き回る。意外にも唆られる兜が多くて当初の目的を忘れそうになる。
早くマークさんを見つけて、好きな物を聞き出さなければ・・・
店内をキョロキョロするも相変わらずマークさんらしき姿は無い。
兜そっちのけで店内を見渡すオレを不審に思ったのか、『兜屋』の従業員が話しかけてきた。
あのやたらとテンションの高い、変な仮面を被った店員だ。
「お客様あああ! 何かお探しでしょうかあ!?」
「実は・・・店主のマーク・マルクスさんという方にお話があるんですが・・・」
「むむ! そうでしたか! 私が店主のマーク・マルクスです!! お話とは!?」
「そうだったんですか。ちょうど良かったです・・・・え??」
店員の言葉に耳を疑う。
聞き間違いじゃなければ、今この店員は自分をマークと名乗ったか?『兜屋』の店主のマークと名乗ったか?
そんな訳無いと思った。
何故なら情報によるとマーク・マルクスは寡黙で大人しい人物。間違っても声を荒げて『イラッシャイ』なんて叫ぶ柄では無いと聞いていた。
依頼人であるマークの奥さんから。
人違い?いや、同じ店に同じ役職の同じ名前の人物がいる訳ない。
奥さんの情報が誤っていた? いや、2年も一緒に暮らす夫の特徴を間違得るとは思えない・・・・
・・・・まあ良い。多分マークさんは家庭と職場で少しキャラが違う人なんだな。そうに違いない。
そう勝手に結論づけて話を進める。時には思考を放棄するのも大切だろう。
しかしいざ話を切り出そうにも、何を言えば良いのか分からない。
依頼人であるウェアさんは、マークさんにこの依頼のことを勘付かれて欲しくない様だった。故にフィリアからも調査は極秘でと言われている。
初対面の人にいきなり『結婚記念日には何が欲しいですか?』と聞かれたら、どんな鈍感なやつでも何かに気付くだろう。
この依頼、結構ハードだぞ・・・・
「えーと。私はアーノルドと申しまして・・・この辺りの防具屋の調査をしているんですけど。それぞれの防具屋の店主さんに、何で防具屋をやろうと思ったのかを聞いているんです」
我ながら滅茶苦茶な事を言っている。防具屋の調査って何だ?
オレの発言にマークさんは沈黙する。彼の仮面の下に隠された顔が、どんな表情をしているのかは想像もできない。
不審に思われたか・・・?
冷や汗をかきながらマークさんを見つめる。何を考えているのか分からないマークさんだが、突如として豪快に笑い始めた。
「ハハハハハ!! そうでしたか! もちろんどんな質問にもお答えしましょう! 立ち話も何ですし店の奥で!!」
そう言ってオレは店の奥の応接室に案内された。
鈍感で助かった〜
ー
「ささ!! 粗茶ですが」
「ありがとうございます」
渋い茶碗に注がれた見慣れない茶を啜りながら質問をしていく。
何とか質問できる状況を作ったが、マークさんは仮面を外してくれない。これでは彼の表情が見えない。
「じゃあ・・・まずは何で『兜屋』を始めようと思ったのですか?」
「それはですねぇ! 純粋に兜の魅力を知って欲しかったからです。私の故郷では様々な独創的な兜があるんですが、デパトスには鉄の兜しかなかったので!!」
「なるほど・・・出身はデパトスでは無いのですね・・」
「ええ!! つい7年前ほどここに移住してきまして。恥ずかしながら今では家庭も持っております!!」
「へえ〜」
ここだ!と思った。さりげなく兜の話から家庭の話にすることに成功した。このままマークさんの欲しいものを聞き出そう。あわよくば妻であるウェアさんの事をどう思っているかも・・・
「失礼ですが? 新婚さんで?」
「そうですね〜! 結婚して2年目になります! 夫婦仲は悪くは無いと思いますよ!」
「結婚記念日とかもしっかり覚えています?」
「もちろんですよ!! ちょうど7日後です!!」
「お〜良いですね。ちなみにプレゼントは何を用意して?」
「さっきから全然兜の話してないですよね」
マークさんの声のトーンが急に変わる。先程までは惚気話をするときの声だったのに、急に低い落ち着いた声で喋り始める。マークさんの雰囲気が変わったから、被っている仮面の模様も変わっている気がする。
調子に乗りすぎた・・・え?これ怒ってる?怒ってるよね?
「あなた。このビラの会社の人ですね? そして妻があなたに依頼した」
マークさんは一枚のビラを机の上に置いた。それはドリスちゃんが『赤い糸』のために作っている物だった。
「今朝このビラが家にありましてね・・・きっと妻が置き忘れたんでしょう」
「・・・・・・」
「何でしょう? 浮気調査とかでしょうか?・・・・こんな依頼をされてしまうとは何とも恥ずかしい・・・」
きっと怒りの表情を見せるためだろう。マークさんは唐突に被っている仮面を脱ぎ始める。
遂にマークさんの素顔があらわになる。
たるんだ眉、下がった口角、弱々しい目つき。威勢の良い叫び声を出していた人物とは想像できないような男が仮面の下に現れる。
そしてマークさんのその顔は、最初に聞いていた『寡黙で大人しい』という特徴にピッタリ合っている顔だった。
あれ・・・意外と怖くないな・・・
そう思った時だった。マークさんの額に小さな二つの角が生えていることに気づいた。彼は魔族だった。
魔族だと? でもウェアさんは人間だよな? でも二人は夫婦なんだよな?
角に視線を向けていると、恥ずかしそうにマークさんは言ってきた。
「あの・・・その・・・実は私も依頼をしようと思っていて・・・結婚記念日に何をプレゼントしようかを悩んでいて・・・」
手をモジモジさせながら、マークさんは小さな声で呟く。先程までとは別人のような彼の視線は定まらない。泳ぎに泳ぎまくっている。
・・・というか今しれっと依頼してこなかった?しかも奥さんと全く同じ依頼。
「え?もう一度良いですか?」
「だからぁ・・・依頼を・・・妻の欲しいものを調べて欲しいんです・・・・」
聞き直すとマークさんは弱々しく返答する。やはりオレに対して依頼をしているようだ。
どうしたものか思いながらマークさんを見つめる。マークさんはオレと視線を合わせてくれない。おどおどした表情で床を見つめている。
そんなマークさんの姿を見てオレは完全に理解した。彼は『職場と家庭でキャラが変わる人』では無く『仮面を被っている時だけキャラが豹変する人』だったらしい。




