第七話『ただいま』
アーノルドは死んだ。
アンが死んでから三日ほど経った。そして私ことネイは今デパトスの首都ホンレスにいる。
結局『平和』が帰った後、私はハミル隊長に連れられてデパトスの関所を難なく通過した。身分証を持っていなかったので面倒な手続きが必要だと思ったが、ハミル隊長の知り合いという事で素通りをさせてもらった。
そして親切な事に、そのままハミル隊長の実家に居候をさせてもらっている。元々はハミル隊長とその妹さんが住んでいたらしいが、隊長はほぼ帰ってこないらしいので格安で泊まらせてもらっている。
宿に泊まる余裕が無いからだ。
私の手元には金が無い。元々アンの財布には20万クェール程入っていた。恐らくアレク王国で貯めておいてくれた金だろう。しかしリジト村での散財、装備と服の新調で蓄えはごっそり減ってしまった。
残っているのは約7万クェール。『平和』との対峙で折角の装備たちも地理に還ってしまったので、それを買い直すとしたら圧倒的に金が足りない・・・・
ならばどうするか?
答えはひとつだろう。
本音を言うと、私はそのために王女を辞めたのだ。
私は冒険者になる!!
アンよ! 見ていてくれ天国から。私が冒険者として名を馳せるところを!!
そう決意を胸に居間でガッツポーズをしていると、1人の少女が物珍しそうな顔でコチラを見ていることに気づく。
「ネイお姉ちゃん何してるの?」
「いや、何でもない」
「変なの」
クスクスと笑いながら少女は駆け寄ってくる。その印象的な金色のポニーテールをなびかせながら、私の胸に頭を埋める。
少女の名前はドリス。
すぐ近所に住んでいるらしく、この家に毎日のように遊びに来ている。初対面からやけに人懐っこく、今では本当の姉妹と間違えられるほど仲良しになった。
元々はこの家の家主、隊長の妹であるフィリアちゃんの仕事?を手伝いにきているらしい。残念なことに仕事っぽい事をしている所は見た事がないが・・・
「部屋遊びに行ってもいい?」
「もちろん!相変わらず何も無いが・・・」
「いーの! その代わり旅の話聞かせてね」
眩しい笑顔だ。とても可愛いらしい。
常日頃から妹というものが欲しかったのだ。自分で言うのも何だが、私は良い姉になれると勝手に自覚していた。
彼女の金髪に昔の自分の姿を見る。
髪を切るのはやりすぎたかな?・・・と思いながらもそんな弱気をすぐ振り払う。
違う! 私は生まれ変わったんだ!アレク王国 王女メイアはもう死んだ。
今の私はデパトスの冒険者ネイだ!!
「お邪魔しま〜す」
ドリスちゃんが私の扉を開ける。
扉の奥には大きな光が見える。
冒険者ネイの冒険譚が今始まる。
ー
お・・・! 明るくなってっきたぞ・・・ということはもうそろそろだな・・・
段々と意識がはっきりしてきたの。段々と五感の感覚も戻ってきている。
体感温度はそれほど高くない。かといって低くもない。ちょうど良い室温というやつだ。最悪は真冬の外になることも覚悟していたが、どうやら今回は幸運だったようだ。
聴覚がここは街の近くだということを教えてくれる。微かに聞こえる人々の声、馬車の走る音。近くには人の足音が聞こえる。声の感じからして幼い女の子だろうか・・・
ボンヤリと視力も回復してきた。うっすらと部屋の輪郭が視界に入る。生活感はあまり無い、殺風景な部屋。男の部屋、もしくは引っ越したばかりの部屋に感じる。
ギィという音と共に目の前の扉が開く。
恐らく足音の主がこの部屋に入ってこようとしているのだろう。
・・・・待てよ
恐ろしいことに気づいた。今この瞬間オレは服を着ていない。当たり前だ。体と一緒に服は生成されない。
オレは今からフルチンの不法侵入者としてこの家の住人と相対する事になる。しかもほぼ高確率で相手は幼女。
「ちょっと待ってー!!」
やっと回復した声帯が千切れそうなくらい叫ぶも、もう遅い。
可愛らしい、1本に束ねた金色の髪を下げる幼女と目が合う。
どうにか弁明しようと幼女に近寄るのも虚しいかな。年端も行かない少女の甲高い声が家中に響いた。
ー
「キャー!! 変態!!」
「いやいやいや、違うんだって!」
少女の声と共に何かが物凄い速度で部屋に向かってくるのが分かる。他の住人か誰かだろう。
ヤバイ! 他の奴がくる前に逃げないと!
しかし部屋の出口は少女のいる扉だけ。窓から脱出したとして、裸で街中に飛び出す方が問題になりそうだ。仕方が無い。ここは戦略的逮捕だ。
「ドリスちゃん! 大丈夫か!?」
ドリスと呼ばれる少女の後ろにもう1人の女性が現れる。緑色の短髪。そして聴き馴染み深い声。
「アン!?」
目を丸くするネイの姿がハッキリと見える。やはりオレの復活場所はネイのいる場所だったみたいだ。
信じられないものを見ているかのようにネイは硬直する。
まあネイは本当に信じられないものを見ているわけだが・・・
「何で・・・何で生きている? いや・・・本当にアンなのか?」
「本物さ・・・言っただろう?オレは死なないって・・・」
軽口に笑ってくれると思いきや、ネイの顔は真剣な表情を浮かべていた。目に涙を浮かべ、唇を噛み締めている。そのままネイはオレの胸に飛び込んで来た。「良かった」と言いながら、オレの帰還に心の底から喜んでくれている。
嬉しいもんだな。ここまで泣いてくれるとは・・・
もらい泣きしそうになってる所に、先程の少女からの好奇な視線に気づく。指と指の隙間からチラチラと、少女はいけない物を見ている時の表情をしている。
・・・あ、そういえばオレ裸だった。
「ネイ! オレ今裸!」
「え?裸?」
オレの言葉にネイは抱きつくのを止める。冷静になった彼女の視線は、オレの上半身から下半身にかけてじっくりと観察する。
ちょうどネイの視線がオレのヘソより下になった頃。ネイの顔はみるみるうちに紅潮し、慌てて彼女は顔を隠す。
そして何を思ったのか、オレの腕を掴んでその勢いのまま壁に向かって投げ飛ばす。
「何てモノ見せてくれとるんじゃー!!」
『ぐぇふ』という情けない音と共にオレの体は壁に当たる。そのまま仰向けに倒れるオレにネイは慌てて駆け寄る。しかし視線は明後日の方向に向けられていた。
「あああ 勢い余って投げてしまった。大丈夫か?」
「大丈夫 大丈夫 オレ死なないから」
二度目の軽口でネイの口角を少し上げる事に成功した。少し呆れたような表情を浮かべながら、ネイは寝そべるオレに向かって手を差し出してきた。
「おかえり アーノルド」
「ただいま ネイ」




