第三話「厄災」
<デパトスとエイレ共和国の国境にて>
喉が乾いた。腹も減った。そろそろこの戦争を終わらせて家に帰りたい。
敵は目の前にいる。でも身体は剣を持とうとしない。戦おうという意思を消されてしまったようだ。
ボー ボー
という笛の合図が周囲に戦慄を走らせる。隣にいた兵士は絶望の表情を浮かべる。
ああ・・・まただ。また奴が来る。
全く情けないものだ。俺達は大陸一の軍隊ではなかったのか?
吹けば飛ぶような小国に手も足も出ないとは・・・・否。俺達が相手にしていたのは国家ではない。厄災だ。
だから仕方ないんだ、仕方がないんだ・・・
エイレ共和国の旗を掲げた部隊がゆっくりとこちらに歩み寄ってくる。彼等の手に持つ銃の先は空を向き、ついでに彼等の視線も俺達の後方を向いている。俺達のことが視界に入っていないようだ。
動け身体!!動け!!
そんな悲痛の叫びも虚しく、俺が出来る行動は地面を見つめるそれだけだった。俺だけでは無い。部隊全員が下を向き、唇を噛みしめながら立ちすくむことしかできない。
ポケットに手を入れながらゆっくりと歩く男を先頭に、エイレの兵士達は俺達を素通りした。彼らの目に俺達は映っていない。大陸最強の国家デパトスの兵士達に石ころほどの興味も払わない。その歩みを止めてくれない。
彼らの向かう先は言わずもがな、首都ホンレス。
彼らの目指すものはデパトスの侵略。
ー
オレとネイは数十の兵士に囲まれながら正座をしていた。荒野で大の男達に囲まれるなんて、中々にシュールな絵面だろう・・・・
遡ること少し前。
商人と別れ、デパトスに向かっている途中。ネイが突然魔術の訓練をしたいと言い出した。ちょうどオレも飛行魔術を練習しておきたかったので賛成したが。案の定失敗。暴走した風魔術に飛ばされ、兵士さん達のキャンプ場の真上に墜落したのだ。
今日はツイテないみたいだな・・・
「アン。私に罪をなすりつけるな。魔術の練習をしようと行ったのはお前だろ」
どういうわけかオレの心を読んだネイが顔をしかめる。よくよく考えるとここにいる女子はネイ一人だけ。きっと彼女が一番心細いに違いない。悪いことをしてしまった。
「アーノルド・アンダーソン。Cランク冒険者。アレク王国から来たのか・・・」
「悪い奴ではないんですぅ」
男はオレから冒険者ライセンスを取り上げて確認する。全身を甲冑で覆っているので顔はハッキリ見えないが、この男が兵士たちのリーダーらしい。
他の兵士との装備の違い。腰に差す剣の高級感。そして周りの兵士達との接し方。結構ベテランな兵士長に違いない。
「まあ怪しいけど、危険性はなさそうだな・・・お前らには俺の部隊と共に行動してもらう。数日経ったら一緒にレンホスまで行ってやるから、そこでまた入国手続きをしろ」
「「ありがとうございます!!」」
重複したオレとネイの声に、周りの兵士達は『良かったな』と声をかけてくれた。先程までは殺されるんじゃないかと心配していたが、案外気さくでいい奴らなのかも知れない。
ただこの時オレは忘れていた。この部隊がここにいる理由を。今現在、デパトスは戦争中だということを・・・
ー
<アーノルド視点>
満天の夜空と満月の下。男達はジョッキを片手に焚き火を囲む。真っ赤になった顔を見せながら下手な歌声を披露する。歌うは『男達よ戦火の如く』戦場で勇敢に戦う兵士たちを書いた歌だ。
男達の部隊は『デパトス政府直属 第一歩兵部隊』というらしい。酔っ払い達の言葉だからアテにはならないが、デパトスで最強の歩兵部隊らしい。
特に部隊のリーダー、先程オレとネイの素性を確かめていた男、ハミル・アルバートは、デパトス内で5本の指に入るほどの実力者だそうだ。普段ならエイレなんて小国のために出るような人物では無いらしい。
彼らの話を聞けば聞くほどエイレという国の異常さに気づく。
この軍事力の差は軍略とかでどうにかなるものじゃない・・・ましてやデパトスは軍略においても大陸で一番のはずだ。小国がいくら策を練ったところで相手にはならないはずだ。
何でこんな状況になっているのかを聞いても誰も話してくれなかった。知らないのではなく、話すのを考えるのを避けている感じだった。
酒盛りに参加せず、一人テントの中で作業をしていたハミルが目についた。
彼なら何か知っているかも知れない。
ハミルのテントに入るとそこにはネイも居た。酔っ払い達の絡みから避難していたらしい。
「ハミル。何でエイレなんて小国にデパトスは脅かされてるんだ?」
オレの問いにハミルは手を止める。はぁーと深いため息を吐き。椅子をオレの方へクルリと回した。
「アーノルド。君が一応は囚われの身だって事を忘れないで欲しい。あまり軍の機密に首を突っ込むな・・・まあ機密ってことでは無いんだが」
ごもっともだ。見ず知らずのさっきあったばかりの人間に情報を話すなど馬鹿げている。
しかし知りたいというこの感情は抑えられない・・・・仕方ない、ここは必殺技を使おう。
「お願いします。教えて下さい!」
オレの華麗なる土下座にハミルは目を細める。
・・・あれ効いてない?
大国家で五本の指に入る実力者様は、もしかしたら土下座を見慣れているのかもしれない。
そう思ったのも束の間。どうやら杞憂だったようで、ハミルはオレに頭を上げるように言ってきた。
「俺も出来ることなら考えたくないんだがな・・・部隊のリーダーとして無視はできない。アーノルドは『七大厄災』を知ってるか?」
「シチダイヤクサイ?」
聞き慣れない文字の羅列に首を傾げる。すると急にオレの後ろでうたた寝をしていたはずのネイが飛び起きてきた。
「説明しよう!!」
ネイは物凄い勢いで説明を始める。その熱量にオレだけでなく、ハミルも圧倒されていた。ネイはこういう話も好きらしい。
ネイの説明を要約すると・・・
『七大厄災』もしくは省略して『厄災』は特定の七人の人類もしくは魔族のことらしい。
七人それぞれが強大な力を持っていて、ルアック大陸の主要八カ国に散らばって暮らしているらしい。
厄災の定義は至ってシンプル。そのものが単騎で世界を滅ぼせるかどうか。いかにも『そういう時期』の少年が妄想で描くような設定だが、事実彼らはそれを可能にしているらしい。
あるものはスキルで、あるものは魔術で、またあるものはそれ以外の要因で、ほぼ確実に世界を滅ぼす事が出来るらしい。ここで「ほぼ」という単語をネイが使ったのは、彼らが世界を滅ぼせると確認された時、その時は世界が無くなる時だからだ。
そして聞くだけでも恐ろしいこの七人は大陸の調停委員会というものに管理されているらしい。それぞれの厄災がそれぞれの国で生活を保障され、その見返りとしてその国の最強の切り札になる。
しかしどういうわけか、彼らはその世界を滅ぼすほどの能力を一度しか国のために使えないらしい。そういう縛りを課すスキルを調停委員会が使っているようだ。
同時に彼らの存在は国家間の戦争の抑止力にもなっていた。例えばデパトスがエイレを侵略しようにも、厄災を使うとエイレが宣言すればデパトスは退きざるをえない。同時に他の国も厄災を使わせまいと、侵略を始めた国を攻撃するだろう。
色々と穴がありそうな機構だが、意外と上手くいってるらしくこの数百年は大きな戦争がなかったようだ。
しかしエイレは今回その均衡を崩した。デパトスの侵攻に自国の『厄災』を導入したのだ。
「厄災」に対抗できるのは「厄災」だけ。しかしデパトスは未だ自国の厄災をエイレのために出すのを渋っているようだ。
無理もない。判断をミスれば世界が滅ぶみたいだし。世界が滅ばなかったとしてもデパトスは最強の切り札を失うことになる。
ならば何故エイレはその最強の切り札を今回使ってきたのか?しかもそのカードを使ったら世界中を敵に回すと知りながら・・・
まあこんなことをオレが考えても仕方ない。
ひとつだけ言えるのは、自分の知らないところでいつも世界は滅亡寸前だったことに驚いている。もし彼らが何かの拍子で世界を滅ぼそうと思ったら、明日には何もかも消えていると思うと背筋がゾッとする。
いや待てよ・・・もしかしたら『厄災』さん達ならオレを殺せるんじゃない?




