第一話『リジト村(デパトス入国)』(2)
厳正なる話し合いの結果、当分の間はメイアが財布の管理をする事になった。
ぶっちゃけるとその財布は別に共有のものではないが、まあメイアの機嫌が直るのなら受け入れよう。メイアと別れる時までの辛抱だ。
ついでだがもうメイアはメイアではなくなった。
王女だった頃の名前をそのまま使うのは危ないので、今日から「ネイ」と名乗るらしい。
オレもうっかり口にしないよう気をつけなければ・・・・
「なぁ・・・せめてそのシャツをズボンの中に入れるのはやめないか?」
「え? お洒落じゃね」
「・・・・・」
オレと少し距離を開けて歩くネイが目を細める。すっかり元気になったようで何よりだ。
当分の食料と正確な地図も買えたので、明日には村から出よう。
デパトスの街までは歩いて一週間ほどかかるそうだ。誰か馬車を持っている商人が一緒に乗せてくれたら嬉しいのだが・・・
というかそろそろライブの時間だな!
「悪いメ・・・ネイ。買い物してるか宿に戻っておいてくれ」
「また『ライブ』とやらに行くのか?」
「ネイも来ていいぞ」
遠慮しておく。そう一言だけ言い、ネイは宿の方へ歩いて行った。
ー
ライブをやっている広場に着くとそこには泣きじゃくる二人の若者がいた。
オレの『アイドル道』の師匠。ミルムとワクテ。道端で泣きじゃくる二人は見るからに不審者だ。
どうしよう・・・素通りしてしまうおか・・・・
知らんふりをして、横を通り抜けようとしたその時。ミルムに手を掴まれた。
「アーノルド殿〜 コルポがぁ〜」
何故か姿を見せない、三人目のアイドル道を極めし者の名前をミルムは叫ぶ。大の男に似合わない大粒の涙を落としながら、鼻水を啜る。
・・・汚い
「どうしたんだよ? 今度は何やったんだ?」
「失敬な。何故、拙者達が悪さをした前提で?」
当たり前だろう。この広場のトラブルの原因は十中八九お前らなんだから・・・・
涙を拭きながらワクテはオレを睨む。そのままワクテ達はオレの手を引っ張って広場から離れて行った。
姿を見せていなかったコルポは診療所のベッドの上にいた。全身を包帯で巻かれて、正に満身創痍というやつだ。
「どうしたんだよ・・・・」
問いかけに反応しないコルポに代わり、ミルムが答える。
「昨日の夜、強盗に襲われたんだって・・・犯人はまだ捕まってない」
拳を握り締め、ワクテも呼応したように叫ぶ。
「俺・・・じゃなかった拙者悔しい!! アーノルド殿、一緒に犯人をお縄にしてくれないか?」
「え? いやだけど・・・・」
「何をー!!」
怒り狂いながらワクテはオレの体を揺する。しかし悲しいかな。揺れているのはワクテの体だけだった。
「何で協力してくれない?」
「いや普通に面倒臭いし・・・生きてるんでしょ?」
「しょうがない・・・これでどうだ?」
ミルムはオレの手のひらに2本のサイリウムを置く。黄色と青に光るサイリウム。まだオレが買っていない二色だった。
「よっしゃあ行くぞミルム!ワクテ! ヲタクの怖さ思い知らせてやろう!!」
「「ござる!!」」
こうして『リジド村 ヲタク襲撃事件』の解明が始まった。
ー
調査の結果、衝撃の事実が発覚した。
このアイドルヲタク達、コルポ、ワクテ、ミルムはリジト村の住人に死ぬほど嫌われているということだ。
コルポが暴行された件について聞いて回ろうするも、まずミルム達の姿を見るだけで話を聞いてくれさえしてくれなかった。えげつない罵詈雑言だけをオレ達に浴びせ、家の中に篭ってしまった。
仕方が無いのでオレ一人で調査を続けていると、大体の住人がコルポの悲報に喜んでいるようだった。
聞くところによると、リジト村は数百年前から続く伝統ある音楽を売りにしているので、急に現れたアイドルとやらの下品な音楽が目障りらしい。それの熱狂的なファンであるコルポ達も村の害になると思っているそうだ。
ぶっちゃけアイドル肯定派のオレからするとぶっ飛ばしてやりたい意見だったが、仕方なく「伝統を守る者」の愚痴を聞いてあげる事にした。
何度も言うが、オレはアイドル好きなんだけどな・・・というかこの村だって500年前は各国の異端な文化を集めた所だったはずなのに・・・・
時が流れるに連れ、この村は変化するのを怖がる様に変化していったらしい。皮肉なもんだ。
「どうだアーノルド殿? 何か分かったでござるか?」
診療所に隠れていたはずのミルモ達が、茂みの中から出てきた。相変わらず気持ちの悪い喋り方をする。
成果なし。そう言おうとした時、後ろから聞き慣れない声がした。
「アナタ達かしら? 昨夜の強盗の犯人を探し回ってるのは?」
女性の様な喋り方。しかし男の声。低い女の声では無く、しっかりとした中年の男の声だった。
振り向くと上半身にタキシード、その下に真っ黒なスカートとタイツを履くという、中々に前衛的な格好をしているおっさんが立っていた。脇にはボコボコに殴られた後の男を抱えている。
「・・・男?女?・・・そもそも人?」
「アーノルド殿! その聞き方はマズイです。今の時代はそういうのアウトですから! 尊重しないといけないんだから!!」
最早ござるを付け忘れているミルムがオレの口を慌てて塞いだ。
タキシードの人間?は脇に抱えていた男を笑いながらこちらに向かって投げた。ニコリと笑いながらオレの方へ歩み寄ってくる。
「アナタ、アーノルドって言うの? 中々カワイイ顔してるじゃない・・・アタシの名前はハーブ。どう?今夜、お姉さんと遊ばなぁい?」
鳥肌が立った。脊髄反射で魔術を放ちそうになるほどの悪寒が全身を包み込んだ。しかし蛇に睨まれたカエルの様に足がすくんで動けない。
「・・・・この横たわる男性はどちら様で?」
やっとの思いで、話題を変える事に成功した。
このボコボコにされた男が、ハーブさんの昨夜の遊び相手でないことを願う。
「その子は強盗さんよ。アナタのお友達を襲った犯人」
ミルムとワクテが目を見合わせ驚く。気絶している男の顔を注意深く観察しミルムが叫んだ。
「あー!! コイツ知ってる。たまにライブに石投げてくるやつだ。アイドルが嫌いだとか何とかで」
ミルムの叫びにワクテも思い出したようだ。うんうんと頷き、男の詳細について語る。
数十分後。男は悲鳴と共に目を覚ました。
ハーブさんを見たことで、もう一度気絶しそうになったが何とか食い止めた。
「何でコルポを襲ったりしたんだ?」
ハーブさんに怯えながらも犯人は答える。何をされたのか気になるが、そこは言及しないでおこう。
「あいつが悪いんだ・・・コルポの野郎が先に吹っ掛けてきたんだ。もうライブを邪魔しないでくれって・・・それで気づいたら言い合いから殴り合いのなって、俺も勢い余っちゃて・・・・」
「そんなわけ無い!!」
男の証言にワクテは叫んだ。
「コルポ殿はヲタクの中でも圧倒的に温厚な方。自分から喧嘩をふっかける様な事はしない!」
「知らねーよ! コルポの野郎、昨日は雰囲気もなんか違かったし・・・そもそも全部お前らが悪いんだからな!! この伝統ある村にあんな低俗なものを流行らせて。俺は伝統を守るためにライブを邪魔してるんだ!!」
ヒートアップする喧嘩を止めたのはハーブさんだった。
恐ろしい音のゲンコツが犯人の男とワクテを沈め、言い合いは強制的に終わらせられた。
「アタシは犯人を衛兵のところに連れてくわ・・・あとはよろしくねアーノルドちゃん」
「・・・ああ。ありがとうハーブさん」
ハーブさんは含みのある言い方をして去っていった。
『あとはよろしく』・・・・この言葉が何を意味しているかは、何となく察しがついていた。この事件の真相はもっと深いと言うことだ。
普段から温厚なコルポが喧嘩を始めたという証言。昨日のコルポの様子が変だったと言った犯人の男。そして今朝までは異常なほどあったオレの中のアイドル愛がだんだん薄れている。
昨日はそれこそアイドルのためなら何でもするくらいの感情を持ち合わせていたはずなのに。
こういう不可解な事件の裏には、いつもスキルが関係している。
ー
「突然ですが、ティファさん。どんなスキルをお持ちですか?」
「・・・・・」
返答を渋っている。どうやら当たりだったようだ。
ハーブさんと別れた後、オレはライブ終わりのアイドル達に突撃した。衛兵とマネージャーに阻まれながらも「貴方のスキルで傷害事件が起きた」と言うと、ティファちゃんだけが反応を見せた。何か思い当たることがあったようだ。
一応だが「推し」と面を向かって話すのは緊張する。出されたお茶も早々に飲み干してしまった。
「昨夜、このライブに毎日のように来ていた若者が暴行されました。原因はその若者がアイドル反対派とトラブルを起こしたからです・・・・でも普段の彼はそんな人物じゃないんですよ。何か心当たりありますか?」
「・・・・」
返答は無い。
まあ良い。心当たりがあるならわざわざ言及する必要は無いだろう。事実、コルポ達は喧しい。今回の事は良い勉強になったと思ってもらおう。犯人も無事に捕まった事だし・・・
「失礼しました。これからもアイドル頑張って下さい。応援してます・・・」
そう言って退出しようとすると、ティファちゃんはやっとその口を開いてくれた。よくよく見ると滅茶苦茶にカワイイ。
「多分・・・私のスキルなんです。つい最近、発現して・・・でも自分でもどういうスキルなのかよく分かってなくて・・・」
悲痛な叫びだった。
スキルとはは生まれつきのものじゃ無い。無論、生まれつき持っている奴もいるが少ない方だ。もっと少数派として死ぬまでスキルを持たないという者もいる。それくらいスキルの発言のタイミングはランダムだ。
急に発現したスキルに混乱してしまう者もいる。ティファちゃんもその一人のようだ。
「具体的にはどういうスキルで?」
「その恥ずかしいんですが・・・周囲の相手を虜にするみたいな?」
なるほど・・・・何と無く察しはついていたが、やはり精神に干渉するタイプだったようだ。
オレのティファちゃん愛が増加の傾向にあるのもそのせいだろうか・・・・
「周囲の相手を虜にする。虜にされた者は使用者に危害を与えそうな物を全力で排除しようとする。それこそ性格にそぐわない行動をしてまで・・・って感じカシラ?」
「ハーブさん・・・・」
いつの間にかオレの後ろにいたハーブさんが語りかける。タキシードを破りそうなほど肥大した筋肉が至近距離で浮かび上がる。
ハーブの言葉にティファちゃんは頷いた。
「やっぱり私、アイドルを辞めた方が良いですか? 今までも小さな被害はあったけど、流石に今回のは無視できません」
その方が良いかもしれない。アイドルという役職上、必ず周囲には人が集まる。そしてスキルの有無に関係なく人々を魅了してしまう。
特にこの村ではアイドルの敵になり得る存在が多い。いつかは村を分断するほどの影響が出るかもしれない。
「いいわよ。辞めなくて」
「「え!!」」
ハーブさんの発言にティファちゃんは顔を上げた。面を食らったようなティファちゃんの表情も可愛らしかった。
「スキルの被害者。世間からの眼差し。どれもこれもアナタがアイドルという夢を諦める原因になりない・・・・だってそこには愛が無いもの。それともティファちゃん。アナタもうアイドル辞めたいの?」
「そんなことは無いです!!」
「なら愛をばら撒き続けなさい。迷惑とかそんな事は考えずに客を笑顔にするためだけに踊りなさい。それが本物の愛ってやつよ・・・」
何を言い出すかと思えば、ハーブさんは『愛』とやらが好きらしい。この事件はそういう次元にいないと思うが・・・・
「・・・ハーブさん。実害が出てるんだ。スキルの危険性の事実は覆せない」
「どうでも良いわよそんな事。スキルが無くても人は自分の好きな物のために狂ってしまう生き物なの。否。狂うべき生き物なの。それを『愛』と呼ぶのよ」
「・・・・・」
考え込むティファちゃんを見たハーブさんは微笑む。テーブルの上に紙切れを置いて退出してしまった。
「どうしても困ったらアタシを呼びなさい。名刺を置いておくわ」
残された紙にはたった二言だけ。『大陸調停委員会 探偵ハーブ』とだけ書かれていた。
「・・・もう少しだけ続けようと思います。待ってくれてるファンのために」
紙を握り締めながら、ティファちゃんは決意を固めた。
退出するとそこにはハーブさんが立っていた。
夜空を見上げ、哀愁を漂わせている。その横顔は男として見ればイケメンと呼べる物だった。
「・・・もうお話は終わったのカシラ?」
「アイドル続けるって・・・・ハーブさんにもお礼しといてって」
「・・・良い娘ね、お礼なんて良いのに。それじゃあまた会いましょうアーノルド・アンダーソン」
ヌフフと笑いながらハーブさんは両手を広げる。
『愛死苦弾』
そうハーブさんが唱えた瞬間、彼女の体は夜空へと消えていった。まるで彗星のように。
結局は謎の人だったな。奇抜な格好をした探偵ハーブ。またいつかどこかで会うような気がする。
宿に戻るとネイがひとり串焼きを食べていた。しかし彼女の見た目はガラリと変わっていた。
変装のためか綺麗な金色の髪を短く揃え、緑色に染めたらしい。それでも充分カワイイが・・・
「ネイ・・・明日、出発する前に一緒にライブに行かないか?」
「楽しいのか?」
「ああ。必ず君は虜になるさ」
リジド村には今、新しい風が吹いている。その風が心地よいのか、嵐になりえるのかは分からない。
オレ達が出来ることは一つだけ。その風が雨雲を散らしてくれるのを願うことだけだ。
だってそうじゃないと花火を打ち上げられないだろう?
ライブのクライマックスに打ち上がる綺麗な花火を。




