アレク王国第二十八話『キカザル』
沈黙を先に破ったのはやはりオレだった。
「キューク知ってるか?変なことを言うが今のオブゼル王はー」
オレの言葉を遮るようにキュークは言う。
「アレックス・アレクサンダーに身体を乗っ取られている・・・だろ? 無論、護衛騎士の全員が知っている」
知っていたか・・・まあ17年もの間、そばで王を護衛していたんだ。気づかない方が問題かもしれない。
「アレックスには身体を乗っ取る大義も何もない。ただ死にたくないからって理由なのも知ってたか?」
何かを納得したような顔でキュークは少し考え込む。しかしすぐさま顔を上げ、いたずらっ子の様なにやけ面を見せる。
「そんな事は関係ない。俺が頼まれたのはこの国を守る事、それだけ。王の中身が誰だろうと知ったこっちゃ無い。それに・・・『死にたくない』ってのは十分に意味があるだろ」
刹那。キュークはオレの視界から姿を消した。
瞬間的な加速。音を全く出さない歩法。そしてキュークの観察眼からくる死角に入り込む技術。
喉元を目掛け加速した剣に反応が遅れる。身体と共に加速したその剣はオレの首にその刃をかけた。
金属同士がぶつかるような・・・耳をつんざく様な音を出し、剣は空中に止まった。
「・・・これがお前のスキルか、アーノルド」
剣を払い除け、オレは距離をとる。
びっくりした!いきなり攻撃してくるとはスキルを発動してなかったら終わってた・・・・
「身体の周りに見えない防護を張る・・・便利なスキルだな」
「悪いがこれはスキル本来の力じゃない。オレのスキルは生涯で一回しか使えなくてな・・・大昔に使っちまったんだ。この身体の周りのシールドはスキルの副次的な効果に過ぎない」
「それなら比較的に脆いということだな」
ニッとキュークは笑い。もう一度、オレに剣を振り下ろす。
首元、左脇腹、右腿。流れる様な斬撃がオレの身体をなぞる。
反撃の隙がない。何より剣士相手に距離を詰められた魔術師はあまりに無力だ。しかも右手を失ったことで、左手でしか魔術を使えない。
しかしキュークの刃がオレに届かないのも事実だ。このまま消耗してくれるのを待とう・・・あれ?
考えとは裏腹に、キュークは突如として剣を下ろした。そして剣を持たない左手をオレに向けて言い放つ。
『火球』
ゆらゆらと、しかし凄まじいスピードで火の球はオレの身体に向かう。衝撃と共にオレの体は数メートル吹っ飛ばされた。
「お前のそのシールドとやら、スキルじゃないなら魔力関連だな。俺の魔力をぶつけたらどうなる?そして時間の制限もあると見た、まさか永遠には続くまい」
見下ろすようにキュークはオレに近寄る。
奇しくもキュークの推察は当たっていた。このシールドは物理攻撃よりは魔力関連の攻撃に弱い。時間の制限も残念ながらある。使うと効果時間が終わるまでシールドを解除できないし、解除された後の一定期間はシールドを使えない。
「しかし俺はこんなところで時間を食ってる訳にはいかないんだよ、アーノルド」
そう言い放ちキュークはオレに背を向ける、戦いをほっぽり出してメイアは探しに行くつもりだ。
そうはさせない
『火よ 灼熱を解き放ち 焦がせ 火球』
魔術を打つ。
しかし、オレの手から放たれると同時に火の球に水がかかる。理由も分からず反応が遅れた身体に再び剣が振り下ろされた。
「ダメか・・・もしかしたら魔術を打つ瞬間はシールドが途切れると思ったが」
空中で止まる剣をキュークは残念そうに見つめる。
キュークの反応速度は異常だった。普通、魔術を魔術で相殺する場合は、放たれた魔術の系統を確認してからだ。今のキュークの反応は、何の魔術が放たれるのかだ事前に分かっている様だった。
『火球』
オレが唱える。
『水球』
ほぼ同時にキュークが唱え、オレの火球は水の泡となった。
この至近距離の無詠唱を弱点魔術で相殺・・・キュークのやっている事は人間の反応速度を凌駕している。
・・・スキルだな。
キュークのスキルを思い出した。聴覚を強化するスキル。
「もしかしてキュークお前、魔術を唱える時の最初の音も聞き分けてんのか?」
「よく分かったな!! そう無詠唱でも声には抑揚がある。それを聞き分けて迎撃。どうだすごいだろ?」
目を見開きキュークは驚きの表情を見せる。今まで見破った物は少なかったのだろう。
「ああ、すごいな。本当に凄いよ。仮にも勇者一行の魔術師とこうも渡り合うなんて・・・お礼に見せてやるよ。本当の魔術ってやつを」
人間の進化は凄まじい。しかしそれにかまけず彼らは努力というものをする。
社会的でありながら個人主義。それぞれが自身の能力を理解し、工夫し、昇華させる。短い年月の中、彼らは圧倒的理不尽に対抗する手段を見出す。
だからこそ儚い。強者でありながら短い時しか過ごせないのだから。
左手をキュークに向ける。呼応したようにキュークもオレに向かって手を向けてくる。
『火球』
『水球』
刹那の時差で唱えられや二つの魔術が互いに向かい合う。
オレの左手から放たれた岩の弾は、空中で水の球を突き破り、キュークの腹を貫いた。
腹を抱えてキュークは蹲る。額にかいた汗と腹から滲み出る血が滴り落ちる。
「何をした?! お前は確かに『火球』と言った。なんで土系統の魔術が俺の腹を貫いた?!」
「・・・なあキューク。魔術って何だと思う」
戸惑いを見せつつもキュークは答える。
「詠唱で魔術陣を作りそこに魔力を流して起こる奇跡・・・だろ」
「正解・・・でもな魔力の理屈は分かる、魔術陣も分かる。じゃあ『詠唱』って何だと思う? オレ達は何処の誰に対して言葉を発しているんだ?」
「知らねーよ。そういうもんだろ、世界の理ってやつだ・・・」
「少なくとも2000年前には魔術なんてなかったぜ」
そう、詠唱とは祈りだ。神の前で人が歌うように。四季に合わせて人が踊るように。詠唱とはただの『見かけ』なのだ。
しかし詠唱は術師の、魔術の願いでもある。緊急時以外は省略したくないものだが、仕方ない時もある。
心のこもった魔術は詠唱を必要としない。これが無詠唱の本質。
だから極めればこんな事もできる。
「これが魔術だ」
『火球』
『火球』
『火球』
六体の土の人形。岩をも切り裂く風の刃。矢の形を模した水の塊。
大きく目を見開くキュークは失笑まじりに座り込む。放たれた魔術それぞれがキュークの身体に襲い掛かり、命を刈り取る。
辛うじて全てを捌き切ったキュークだったが、もはや満身創痍だ。腹に穴を開け、右手を欠損している。力無く笑顔を見せるが、ただの強がりだという事を隠せていない。
「楽にしてやる・・・最後の言葉は?」
血で湿った唇を舐め、キュークは笑う。その顔はどこか満足気だった。
「お嬢様に伝えてくれ『恋をしろ。恋は剣よりも強し』お嬢様の母親からの伝言だ」
「母親・・・キュークお前はいったい何者なんだ?」
「・・・俺は元々ある貴族の令嬢の護衛だった・・・その令嬢は王の妻になったがな」
王の妻。つまりはメイアの母親だ。
そうかキュークは上級貴族の推薦で護衛騎士になったのか。そしてその上級貴族はメイアの母親だった。
「お転婆な人だった。すぐ屋敷を抜けては酒場で変な歌を覚えてきて、屋敷の中で歌っていた。まだしっかりとした婚儀を結ぶ前だというのに、王との間に子を授かって皆を困らせていた・・・」
「じゃあ何でお前はアレックスの味方をしている? 母親がメイアの身体が乗っ取られるのを望むと思うか?」
仰向けに寝転んだキュークは夜空を見上げる。虚になったその目からは涙が溢れていた。
「お嬢様の幸せと同時にこの国の発展も望んでおられた。アレク王国はアレックス・アレクサンダー無しでは崩壊する。あの方が眠るこの地を滅ぼすわけにはいかない・・・」
「だからお前はメイアが死ぬことを選んだ。ひとりの命と国民の命だったら迷うわけないか・・・」
キュークは足に縋り付く。血反吐を吐きながら頭を下げ懇願してくる。
「早く楽にしてくれアーノルド。俺はもう迷いたくない。何も聞きたくない」
「本当にそれが最後の言葉でいいのか?」
良いわけがない。命が散るその瞬間に抱える感情は幸福であるはずだ・・・
オレの言葉にキュークは肩をビクッと揺らし、硬直する。数秒の沈黙の後、キュークは静かに目を閉じた。
その目を開いた時、キュークは笑顔を見せていた。
「お嬢様に伝えてくれ。俺の歌っていた歌の名は『ろくでなしの生き様』だ」
「分かった。伝えておく」
王族護衛騎士がひとり『キカザル』ことキューク。この17年間、彼はどんな感情でメイアと日々を過ごしたのだろう。彼の耳に、メイアの声はどう聞こえたのだろう。
今はただキュークが安らかに眠ることを祈る。
『火よ 荒野をも灰燼と帰す炎よ 荒ぶれ 炙れ 全てを包み 輪廻を回せ 風前の灯火で焼かれる花 永遠の手向けの炎 咲き誇れ 大炎花』
炎がキュークの身体を包み込む。
上級魔術『大炎花』
天まで届く炎の花は、街を照らし夜をも終わらせる。
近くの建物をも灰にしながら大きくなる炎。炎から発せられた爆風は街に流れ込み、共振する。生み出された奇妙な音は街を包み、炎と共に天へと昇って行った。
奇妙な音だった。悲しくも軽快で少し笑えるような歌。まるでゴロツキ共がよく歌うバラードみたいだった。




