アレク王国第二十七話『口を開く時』
粉塵が上がり、鉄の扉は地面へと突っ伏す。
薙ぎ倒された扉の風圧が室内に大きな旋風を巻き起こした。
誰もいないはずの宝物殿の中に四人の影が見える。王の皮を被ったアレックス、城から脱出する予定のメイア、そして三人の護衛騎士達が訝しそうにオレを見る。
「・・・どうやって牢を抜け出した?」
「何でお前らここにいるんだ?!」
護衛騎士達に睨まれるオレの耳にアレックスの声は届かない。間髪も入れずに四人はそれぞれ腰の剣を構え、オレを警戒している。
・・・どういうことだ? もしかして来るところを間違えたのか?
陽動をするはずのオレが作戦決行の現場にきてしまったらしい。事前に何処でやるかくらい教えて欲しいものだ。確かにいきなり宝物庫を吹っ飛ばすとは思わなかったかもしれないが。
こうなりゃ仕方ない。オレがメイアを拐う。
陽動の任を捨てメイアを拐う。シオン達には悪いが予定変更だ。
『水よ 穿て 潤せ 水球』
高密度になった魔力の塊を壁に押し当てる。白い光を発しながら大爆発を起こし、壁は抉れ、外へと繋がる。風一つない静かな夜が室内に入る。
予想通り。宝物庫は城の突き当たり。壁を壊せば外に繋がっている。
このままメイアを連れて逃げるー
「させるかよ」
銀色の一閃がオレの体に線をなぞる。切先が身体をかすめ、衝撃でよろける。しかしオレの身体に傷がつく事はない。もう一個一個の細胞と、身体を覆う魔力がこの世界から消えないから。
「アレックス。やっぱお前衰えたよ」
「うるさい!!」
少し反応が遅れた護衛騎士達を置いて、アレックスの剣は次の一閃を見据える。
刃が加速する。目にも止まらない速さまでに至ったその切先がオレの喉へと到達する。
瞬間。
暗闇の中で誰かの声がした。魔術の詠唱の声。王国にきてからは一度も聞いたことの無い声。否。頭の中だけで聞いたとのある声。
『風よ 我を彼方へ運び給え 風鈴の音が導く方角へ 風来坊』
剣を振り下ろしたアレックスを含め、室内の全ての全員が声に振り向く。
月明かりに照らされた中、イワンがメイアの身体を抱き寄せて詠唱を終わらせた。
王女様を連れたイワンが風の中に消えて行く。アレックスが反射的に切りつけるも、剣は空の中で振られるだけだった。
「何をやってるんだ!!イワン!!!」
怒りの方向が室内に響く中、オレの頭には違う音が届いていた。
(よくやった。不老不死)
『怒髪悪鬼』の下っ端にしてミューイの父親、イワンからのメッセージだった。
ー
「キューク、ミュエール! メイアを連れ戻せ!」
「「は!!」」
護衛騎士が動き出す。一瞬にして宝物庫を後にしたキュークとミュエールの声からは焦燥と興奮が感じられた。
「・・・お前は追わないのかよ?」
一人残ったオブゼル王もといアレックスは未だ剣先をオレに向けている。メイアが連れ去られ、一番焦っているのはお前だというのに・・・
「お前を動けなくしてから行く。野放しにしておくのは危険すぎる」
正解だ。確かにアレックスが居なくなったと同時に城を滅茶苦茶にしようと思っていた。しかも今のオレが勝てる確率は限りなくゼロ。違う身体とはいえ、アレックスは剣聖にして勇者一行の剣士。500年前も10回戦ったら7回は負けていた。
・・・これは逃げだな。戦略的撤退と言わしてもらおう。
アレックスは見るからにご立腹。無傷で逃げるのは叶わないかもしれない。どうにか隙を見つけなければ・・・
「やけに冷静だな。もうメイアとイワンは見つからないぜ」
「見つける。何のための護衛騎士だと思っている。最悪はアレを使えば良い・・・」
アレックスの視線の先には大きな鐘があった。月明かりを反射し黄金に光る鐘。その何倍もの大きさを誇る王城と並べても見劣りをしないほど豪華だ。
『真実の鐘』
鐘の音と共に、如何なる真実も見つけさす伝説の魔具。しかし王都に来てからは一回もその姿を見たことはなかった。
明日メイアが民に向けて演説をするであろうその場所の少し上。明日メイアが民に顔見せしたあとにパフォーマンスとして鐘を鳴らすのが想像できる。メイアが戻ってくればの話だが・・・
「いつの間に」
「普段は城に格納されてるんだ。20年に一度だけ出てくるようになっている」
切先をこちらに向けながらアレックスは間を詰めてくる。先程とは比べ物にならないほどの魔力をその剣に帯させながら・・・
「オレのスキルは知ってるだろ。もう何もオレの身体に傷一つ付けられない」
「覚えてるさ。人の体から魔力を放出できるのは手もしくは足先だけ。それでも微量な魔力は体中から放出されている。身体を覆う魔力と細胞ひとつずつの存在を固定して絶対の防御を作るだったか?」
「・・・よく覚えてるじゃないか」
「その絶対防御を斬った時の感覚もな!!」
アレックスの剣は光に線を描く。全てを置き去りにしたその剣から生まれた斬撃は、正に一本の光の筋だった。
空間にひかれたその白銀の線は、前に突き出したオレの右手に刀身をめり込ませた。血飛沫ひとつ許さない一閃が、右手と身体を繋ぐ空間を断絶した。
『風爆』!!
刹那に唱えた魔術も虚しく、身体と右手の感覚が遮断された。しかし魔術は発動した。床に落ちた右手を置き去りにして、オレの身体を風が吹っ飛ばした。
・・・やっぱり規格外だ。あの状態のオレの身体を斬れるとは。何はともあれ逃げてやったぞ!!逃げてやったぞ!!
弧を描きながら空中を進み続ける。失った右手でガッツポーズをしながら地面に叩きつけられる。
着地した先は大通り。『メイア王女様おめでとう』と書かれた横断幕が目に入る。
「良くやった! 成功だぞアーノルド!」
背後で声がした。振り返るとそこには大男の影。シヴァさんだ。
「イワンとメイアは?」
「もう回収した。今は馬車に乗りながら王女さんに説明をしている。このまま王都の関所を抜ければ、夜明けまでに国境だ」
「シヴァは何してる?」
「いましがた王都中の住人を避難させるのが終わった。遠慮なく暴れろ」
住人の避難・・・どうやらシヴァ達は護衛騎士と兵士、はたまた王ともどんぱちするらしい。そのために王都中を貸し切るとは17年の準備はこのためだったか・・・
「了解。この街を壊滅させるつもりでやろう」
「当たり前だ。俺達は今日この国を作り替えるんだ!」
豪快に笑うシヴァの体が突如としてよろける。シヴァの咄嗟の反撃を華麗に交わした男は小綺麗な鎧を着けた、小太りのおっさんだった。
王族護衛騎士が一人、キューク。
「今の話しっかりと聞いたぞ。言え!!お嬢様はどこにいる?!」
「言うかよ。そんなに聞きたいなら土下座して地面を舐めろ」
「そうか。それでは拷問を始めようか」
腰に差した剣がその刀身をあらわにする。ギラリと光を反射させ、音も無く、鞘の中からその全体を見せる。
王族の紋章の入った少し細い片手剣。構えるオレとキュークの間には緊張と静寂が流れる。
辺りは無音だった。街に人が居ないからではない。夜が更けているからでも無い。それぞれの眼差しが音を消す。どちらの耳にも音は届かない。何も聞こえない。




