アレク王国第二十三話『聖剣の心』(4)
目を覚ますとそこはベッドの上だった。
いつも寝ている下宿先のベッドよりも数ランク上の寝心地。もっぱらこの数日は寝る事さえ疎かにしていたので、体を横に出来るだけで嬉しい。
「起きたか。調子はどうだ?」
金髪の男が声をかけてきた。りんごの皮を剥きながら椅子にもたれている男は、どこか高貴な雰囲気を纏っている。よくよく見渡すとこの部屋自体が豪華なものだったりする。貴重な書物を飾る本棚、どれも一級品の道具や装飾、まるで貴族のお屋敷みたいだ。
「・・・あの娘は無事か?」
だんだんと記憶がハッキリしてきた。あの鬼の少女を連れて逃げてる間に俺は倒れた。そしてこの金髪の男に助けられたんだ。
「無事だ。ついでに貴様の先輩とやらも無事だ。二人とも出血は多かったものの、命に別状は無い」
男の言葉にほっと胸を撫で下ろす。同時に胸の奥に奇妙な暖かみを感じた。他人の命を気にしたことなどいつぶりだろうか。
「・・・というか何でノヴァ先輩のことを知っている?そしてお前・・・貴方は誰だ?」
降って湧いた疑問に男は渋い顔を見せる。剥き途中のリンゴを机に置き、俺のそばに近寄ってきた。
「そんなに何個も質問しないくれ・・・ええと貴様の先輩については、貴様が倒れる前に言っていたからだ。先輩を助けてくれってな。せめて何処の誰なのかくらいは教えて欲しかったが、仕方ない。まあ俺は目が良いからあまり苦労せずに見つかったがな」
少しの小言を挟みつつ、男は話を続ける。
「そして俺が誰だってのは・・・役者が揃ってからだろう」
そう言い、男は部屋の扉を開けた。
開いた扉の奥にはよく見慣れた二つの顔が並んでいた。
「怒髪悪鬼」の組長とその右腕、ノヴァ先輩。全身を包帯で巻かれたノヴァ先輩は苦虫を噛み潰した様な顔をしていた。
ー
組長とノヴァ先輩が部屋に入るや否や男は喋り出す。
「それでは改めて自己紹介だ。私の名はオブゼル・アレクサンダー アレク王国王子にして19代目王位継承者だ」
男の発言に部屋は静まり返る。その発言無くとも部屋は通夜みたく静かだったわけだが。
・・・そうだ。オブゼル王子だ。遠目からみた事ある!
未だベッドの上から起き上がれずにいる俺だけが驚きの表情を浮かべる。組長達の表情から見るに、あの二人は知っていたみたいだ。住んでいる国の王子の顔を知らなかったことが、今更ながら恥ずかしくなってきた。
「で、王子様が何の用で御座いますか?この二人を助けてくれた礼は後日必ず致しますので・・・」
組長が王子に深々と頭を下げる。しかし王子はそんなものに見向きもせずに質問をしてくる。
「貴様らが巷で噂の『怒髪悪鬼』だろう?教えてくれ、何故人を殺し鬼を助ける?」
王子の疑問に戦慄が走る。王子は知っていたのだ、俺達があの犯罪組織だということを。そして俺達の目的を・・・
「どこで・・・それを?」
組長が尋ねる。王子はさも当然かのように笑いながら答えた。
「私は目が良いからな。よく国民を観察しているのだ。一回だけ目撃した貴様らが人を痛めつける光景。あれは何かを守る為に殺しをするときの動きだ。違うか?」
俺達は目の前で微笑む男に、王の魂を見た気がした。心も頭も一瞬で理解した。これが王の器ということを。
「・・・妻と娘を人間に殺されました。私のは単なる復讐と同族への同情です」
組長が顔を上げて答える。出会って初めて組長の人らしいところを見た気がした。
続いてノヴァ先輩が答える。
「俺は弱いイジメが嫌いだからな。鬼商人共を殺したいだけだ」
王子相手にタメ口は良いとして、中々にエグイ事を言っている。こいつが本物の鬼の様な気がする。
そして三人は俺の方を向く。待っているのだ、なぜ俺が鬼を助けるのかを話すのを。
・・・金の為。
そう言いかけた瞬間、俺は口をつぐんだ。もうこの言い訳は使えないと感じた。俺の行動理念は、このふかふかのベッドの上で寝ている間に変わってしまったらしい。
俺が答えられずにいると、王子は構わずに話を始めてしまった。
「良い。復讐、好み、どちらも大いに結構。そこらの奴らよりよほど信用できる」
「さて。突然だがそんな君達にお願いがある。王子きっての頼みだ。今から二週間後、戴冠式の日に私を拐って欲しい。もちろん成功した暁には、罪に問わないし報酬も弾む」
王子の突然の発言に俺とノヴァ先輩だけでなく、組長までもが口をあんぐり開ける。そんな俺達を見た王子様は面白い顔だと笑い飛ばした。
「何を言ってるんですか?そんな事をして何の意味がある?そもそも成功するわけがない。俺達が全員殺されて終わりです」
組長の反論に頷きながら王子に発言の撤回を求める。王子は一つため息を吐き、説明を始める。
「貴様らはおかしいと思わないか?何故アレク王国が急に鬼族の受け入れを始めたか」
「・・・それは国の新しい取り組みだろ?」
「そうです。しかもちょうど私の故郷、東洋の方で大きな災害が起こって多くの難民が出たのです」
ノヴァ先輩と組長の答えに王子は頷く。
「それもある。しかし私には他の理由があると思う。根拠は前回の戴冠式の数年前、アレク王国は『月の草』という麻薬を合法化した。戴冠式の数年前だ、鬼族の受け入れをはじめた様にな。そしてこの二つ『鬼族』と『月の草』には共通点があった。どちらも摂取すれば永遠の命を手にするという迷信がある」
「・・・つまりオブゼル王子は、何者かが永遠の命を手にするため手を尽くしていると言いたい訳ですね?それほどの事が出来る人者とすれば・・・・」
「私は現アレク王国 国王、つまりは私の父だと思っている」
真剣な面持ちで王子は俯く。
いけないと思いつつも俺達は王子の突飛な話に爆笑してしまう。
「アハハハハ!! 王子それは考えすぎですって。きっと王子は戴冠式が間近で疲れてるんですよ。ほらキク、お前ベッド降りろ。王子が今から休むんだ!!」
組長に言われるがままに俺はベッドから降りる。足が包帯で予想以上に巻かれていたことに気づいた。
「そんな呑気な事を言っている場合じゃ無いんだ!!」
突然の王子の怒号に俺達は目を丸くする。
「戴冠式まであと二週間。知ってると思うがこの二週間中に城に出入り出来るのは王と王子と使用人2人、そして護衛騎士だけだ。今日中に計画を立てないと、私は私で無くなる」
「・・・何を言ってるんですか?」
「これがこの計画が必要な二つ目の根拠。アレク王国の王は代々その身体を乗っ取られている。恐らく永遠の命を欲する何かに・・・」
身体の乗っ取り。しかも王族の。それこそ荒唐無稽だ。しかし王子の気迫、眼差し、真剣さから何処か事実の様な気もした。
「じゃあ二週間後の戴冠式で王子の身体も乗っ取られるって言いたいのか?」
「・・・恐らくな」
沈黙が部屋に流れた。組長は何か考え込み、ノヴァ先輩は理解するのに苦労を要している。最初に口を開いたのは王子だった。
「分かった。私の事を信じろとは言わない。実際ついさっき会ったばかりの人間を信じろというのは無理がある。その代わり取引をしよう。誘拐が成功した暁には、アレク王国内に鬼族の領地を作る事を約束しよう」
王子の言葉に組長はハッとする。故郷で居場所を無くした鬼族達、遠い異国の地で自分達の領土を持つことは悲願だろう。
少し悩んだ末。組長は王子の手を取った。
「・・・分かった。協力しましょう。同胞達の未来の為に尽力を尽くします」
王子はノヴァ先輩の方を向く。
「組長がそう言うのなら・・・アンタに借りもあるしな」
二人が了承したことにより俺も断れるはずもなく。王子の誘拐同盟はここに結成された。
「・・・で、具体的には何をすれば良いんでしょうか?」
「誘拐の手筈は後で整えるとして、それぞれに役職を振り分けたい。まず王子を誘拐されたことで、王政は機能しなくなるだろう。政治関連は私が何とかするとして、その間の街のトラブルなどは城では請負きれない。故に王都に冒険者ギルドを設立しようと思っている。その管理を任せたい」
この適任者は俺達の中に一人しかいなかった。今まで「怒髪悪鬼」を仕切っていた男、組長だ。
「そして護衛騎士を貴様らの中から一人選びたい。護衛騎士は三人いるが、一人は現王、一人は上級貴族の誰かが選ぶ。最後の一人の任命権は私が持っていて、まだ決めていなかった。この役職が城と外部とで連絡を取り合う時の要になる」
俺とノヴァ先輩は一瞬だけ見つめ合う。ノヴァ先輩はそっぽを向いて、だるそうに言い放つ。
「俺はダメだ。王都中に顔を知られてる」
「・・・じゃあ君が新しい護衛騎士だ。よろしく頼む」
俺の方を向き王子は言う。半ば無理やり感があるが仕方ない。世間的に見たら栄誉なことだし、計画が成功したらすぐ解雇されるだろう。
「それでは二週間後。私達はこの国を乗っ取る悪と対峙する。それまでの準備をよろしく頼む」
王子の声に組長とノヴァ先輩は良い返事をする。俺も声を出そうとしたが、口を覆う包帯が俺の音を遮断してしまった。
「ちなみに冒険者ギルドの名前は何にするつもりですか?」
あまり計画に必要なさそうな質問を組長がする。しかし王子はよく聞いてくれた言わんばかりに食い気味に答えた。
「私達はこの剣の国アレク王国の奪われた玉座を取り戻す。ギルドの名前は『聖剣の心 』 初代王にして剣聖アレクサンダー大王の意思を奪い返すのだ」
犯罪組織の組長、街の危険分子、下衆い心の下っ端、そして王子様。この滅茶苦茶な四本の剣が、王国を救うためにここに集った。




