アレク王国第二十三話『聖剣の心』(3)
鬼を救う。人を殺す。鬼を助ける。人を脅す。繰り返しー
犯罪組織「怒髪悪鬼」は馬車馬の様に国中を走り回る。この一週間で50を超える鬼を助けただろうか。同時に50人以上の人間を殺した。
この国にはろくでも無いやつしかいないんじゃないかと錯覚してしまう。下らない噂を真に受け、鬼を殺し角を奪う奴らが沢山いる。鬼の角を飲めば不老不死になる。そんな戯言を信じて簡単に命を奪う奴らは、果たして人と呼べるのだろうか?
・・・まあ良い。鬼が死のうと、人が死のうと、俺が生きてさえいれば良い。
疲労がピークに達し、心労も出ていたようだ。俺は俺の為だけに生きる。その信条を忘れそうになっていた。人の悪の面だけ見て鬼に同情する、そんなことをするのは馬鹿だけだと思い直す。
「キク 行くぞ」
「・・・またっすか」
「シャルモン区で暮らしていた鬼の家族が鬼商人共に見つかったと情報が入った」
鬼商人ー
鬼の角を強奪して売買する悪徳商人を組織はそう呼ぶ。この商人達は未だ謎が多く、実態を捕らえられていない。どこから来て、何が背後についているのかが一切掴めないのだ。現状、鬼商人共に対抗するには現行犯で裁くしかない。
ノヴァ先輩は俺よりも働いている。目元に隈をつけながらも、通報の入った現場へ駆けつけようとする。
「怒髪悪鬼」の人員不足は致命的だ。メンバー自体は少なくないはずだが世間的には犯罪集団、兵に見つかったら捕まってしまう。今や半分以上は殺されるか捕まり、残ったメンバーは20に満たない。しかも王国中に散らばっている。
重い腰を上げて馬車に乗り込む。シャルモン区まで早くても一時間ほど。それまでに鬼商人達が動き出さないといいが・・・・
ー
錆びた鉄の香りがする。
花柄の可愛い壁紙に覆われた部屋の中で、三つの人型が静かに横たわっている。土足で家族の空間に侵入してくる俺達に対して文句も言わずに寝続けている。
「ちくしょう!遅かったか」
ノヴァ先輩は壁を蹴ってやるせない気持ちを逃がそうとする。壁に掛けられていた大剣が衝撃で落ち、かラーンと乾いた音を出した。
死体は三つ。
一つは背の高い男。男の胸から滲み出ている血が、俺たちの足元を赤く染める。頭の痛々しい二つの穴から、血が垂れる。
二つ目は女。手足の腱をさっくりと切られ、仰向けに倒れている。ビリビリに破かれた服は複数の液体と混ざり合い、ドロドロになっている。乱れた髪の上半分は赤く、下半分はいつか見たサクラの様な桃色をしている。
三つ目は子供。性別は分からないが、着ている服を見るに女子だろう。外傷は少ないが二人同様、頭から血を流している。少女の頬に浮かぶ乾いた涙の跡が、現場の悲惨さを物語っている。
横たわる少女の髪を撫でながら、呼吸を整える。喉に詰まった何かを吐き出そうとするが、声がでない。出せない。声以外の何かもこぼしそうになるから。
子供の死体を見るのは初めてだった。
子供は嫌いだ。五月蠅いし頭が悪いし、人に気を使う事ができないからだ。子供を自分以上に大事にしようとする奴は、とんだ変態だと思っていた。
背中から明確な殺意を感じる。ドス黒く冷たい。「殺意」としか言い表せない感情をノヴァ先輩から感じる。
「ノヴァ先輩・・・」
そう言いかけた瞬間。少女の吐息を感じた。
思い違いかもしれない、幻想かもしれない。しかし少女の魂はまだここにいる様に感じた。
「生きてる!!まだ死んでない!!!」
俺の言葉にノヴァ先輩は動く。少女の脈を確認し、俺の目を見据えて頷く。大の男が涙を浮かべながら、ニカッと笑った。
瞬間。部屋のクローゼットが開き、銀色に輝く刃が俺の視界に一閃を描いた。俺の身体が壁に叩きつけられる。首の周りがほんのりと温かくなった。
わけも分からず硬直している俺に、ノヴァ先輩の声が入ってくる。
「キク!!子供連れて逃げろ!!キク!!」
口から血を流しながら怒鳴るノヴァ先輩の腹には剣が突き立てられている。ノヴァ先輩は剣を腹に抱えたまま、動かない。その立派な2本の腕で、二人の男を拘束している。
・・・罠だ!!鬼商人に誘い込まれた
やっと状況を理解した俺は床に落ちた大剣に手を伸ばす。しかしノヴァ先輩は俺の方を振り返って、首を横に振った。
「・・・・絶対生きて帰ってきてくださいよ」
俺の生涯で言ったこともない臭い言葉を吐いて、剣を置く。静かに目を瞑る少女を抱え部屋から飛び出した。
赤色と透明の液体が交互に地面に滴り落ちる。
ー
息が出来ない。
足を引きずりながら、薄暗い路地を駆け抜ける。少女の体温と比例するように身体の感覚がなくなり、冷たくなっていくのが分かる。
ダメだダメだダメだ・・・・・
足で地面を蹴る度に少女の腕は力無く揺れる。振り子の様に揺れる彼女の腕は、タイムリミットを刻んでいる。
「だえあ!!!!!ダウええクエ!!!!」
声が思ったように出ない。走っているからだ。でも足を止められない。止めたら全てが終わる。
誰でもいい。誰でもいいから助けてくれ。人でも鬼でも悪魔でもいい。助けてくれ。
俺は叫び続ける。最早、口に出しているのかも分からない。脳内で心の中で叫び続ける。
しかし無情にも、心よりも先に俺の足に限界がきてしまう。つまずき転んだ俺の足は、もう立ち上がることを拒んでいる。
動け動け動け動け動け動け動け動け
声にもならない声を発しながら、意識が遠のいていくのが分かる。
遠のく意識をつなげながら、俺は地を這う。みっともなく。痛々しく。
前へ前へと這っていく俺を人影が覆う。人影は俺の前に回り込み、俺の手を優しく握り込んだ。
若い人間の男。綺麗なエメラルドグリーンの瞳が俺を見据える。質素な服とは相反して整った金色の髪が夕日に輝く。
「貴様か?助けを求めていたのは?」
力無く頷く俺を確認した男は指を鳴らす。パチンッという音と共に甲冑を着た男が現れ、俺の腕から少女を奪った。
「死なすな。命令だ」
若い男の言葉を受けた甲冑の男は一瞬にして消えてしまった。俺の手を優しく握る男の眼差しに少女の無事を確信する。
確信したと同時に何かが崩壊した。言葉よりも先に涙が溢れ出てくる。
どうやら俺も変態だったようだ。




