アレク王国第二十二話『怒髪悪鬼』
戴冠式まで19日。
昨日の突然の爆発、そして不審者達の乱闘騒ぎに王都中は動揺を見せていた。察しの良いもの達が王女様が狙われたと気づいたのか、近所中に不穏な噂が流れている。
この事件についての城からの声明は実に単純なものだった。17年前に解体されたはずの犯罪組織「怒髪悪鬼」の残党が戴冠式を妨害しようとしたらしい。
なぜ17年前の犯罪組織が今頃、と思ったが街の住人達は納得したらしい。聞く話によると「怒髪悪鬼」を解体したのは17年前のアレク王国王子、つまり現国王オブゼル・アレクサンダーだそうだ。今回の犯行もその恨みによるものが大きいと説明を受けた。同刻に起こった爆発事故との関連はまだ調べている最中だそうだ。
何はともあれ戴冠式は予定通り開催されるとの発表だった。それに向けて王都中の兵達は組織の残党がまだいないかを探し回っているようだ。
ミューイはメイアがオレと一緒に帰って来なかったことにがっかりしていたが、メイアの無事にほっと胸を撫で下ろした。そして昨夜もシヴァは家に帰ってこなかった・・・・・
朝。ぐちゃぐちゃになったシーツを床に投げ捨てながら体を起こす。昨日の戦闘での疲れがどっと体に溜まっている。特にあの脳筋男。あいつに勢いよく叩きつけられた時の痛みが痛みが腰に響く。思い出しただけでもとんでもないパワーだった。
朝食をミューイと食べていると、玄関の扉の開く音がした。扉の開く前に鍵を回す音も聞こえたのでシヴァだろう。
「おはようシヴァ。朝帰りか?」
からかいを混じえながらシヴァの方を振り向く。玄関に立つシヴァは眠そうな目をこすりながら、力なく言う。いつもの力強い顔立ちとは裏腹に目の下には隈を見せている。
「おお。元気か?」
素っ気ない返事。
おかしい。いつものシヴァなら笑い飛ばしながら、軽く小付いて来るのに・・・まあ軽く叩かれただけでも大分痛いけど・・・
ふらふらと歩きながら、シヴァはその巨体を椅子に下ろす。
「大丈夫?お父さん?」
とミューイが出した水を一気飲みして大きなため息を一つ吐いた。
「全く『怒髪悪鬼』のやつらあんなデカい爆発起こしやがって。幸い怪我人はいなかったにしろ予定がメチャクチャだ。戴冠式の出店の並びを考え直さないといけねぇ」
「お父さん、祭りの運営の幹事してるもんね」
このシヴァという男、中々に人望が厚いのである。この辺りの用心棒もやっているからか、王都界隈での飲食店では名の知れた名前らしい。今度の戴冠式での祭りも取り仕切っているとか。
・・・ただの串焼き屋のおっちゃんじゃないんだよなー
そう思いながらオレはソーセージを頬張る。ミューイの焼いてくれるソーセージは肉汁がたっぷりだ。
一緒に朝食を摂るシヴァがオレの方を向いてくる。
「そいやアンの坊主。お前も王女様と一緒に誘拐されそうになったんだって?犯人の顔、見たのか?」
「見てねーよ。フード被ってたしな・・・というか全員捕まったんだろ?」
「・・・そうか」
シヴァはソーセージを口いっぱいに放り込み、牛乳で流し込んだ。行儀が悪いと怒られながらも、シヴァはミューイをからかい笑っている。先程の疲れ切った顔はどこへやら。
シヴァに遊ばれていたミューイは時計をみて二階へと上がって行った。と思いきやすぐに階段を降りてきて、そのまま玄関から飛び出す。
「仕事行かなきゃ!!行ってきま〜す」
シヴァとオレは手を振りながらミューイを送る。
オレの前に座る筋肉質の男は立ち上がり、一言声をかけてきた。その声色は普段と違い、少し低い音色で力強く感じた。
「アーノルド。ちょっと付き合ってもらっていいか」
「良いけど・・・どうした?」
「・・・ちょっとな」
シヴァとオレはささっと皿洗いを済ませ、家を後にする。
2メートルほどの巨体と事件に遭遇した男の並びは、近所中の視線を集めていた。
ー
「この道って・・・ギルドに向かってるのか?」
見慣れた道を歩いて行く。唯一見慣れないのは、オレの横にシヴァがいること。一つ先の通りで商売をやっているシヴァだが、ギルドのある通りを歩いているのは中々に新鮮だ。
オレの問いにシヴァは何も答えない。男の顔つきはやけに真剣だった。
シヴァの体躯が目に映る。その巨体に昨日の筋肉質の男の影がチラつく。そんなはずは無いと思いつつ、オレは疑いを晴らしたかった。
「・・・なあ、シヴァ。昨日何してた?」
「言っただろ。戴冠式の日についての打ち合わせだ」
「何でさっき、オレが王女様と一緒にいたって知ってた?城は王女様と事件の関係について何も行ってないぞ」
「街中で噂だよ。お前がメイア様のお忍び視察に付き合ってたって・・・なんだ尋問か?」
「何であの爆発が『怒髪悪鬼』の仕業って知ってる?二つの事件の関係は調べてる最中だぞ」
「・・・・・」
シヴァは何も答えない。横目で見たシヴァの瞳は暗く、冷たかった。
急にシヴァが立ち止まる。気がつくとオレ達は冒険者ギルド『聖剣の心』の前まで来ていた。
重厚な扉を押しながら、シヴァは囁く。
「アーノルド、少し黙っていろ。あともう少しなんだ・・・」
ー
シヴァは肩で風を切りながらギルド内を闊歩する。
ギルド中の視線がシヴァへと集まる。シヴァの巨体に隠れているオレに気づく奴は一人もいない。
(なぁ、アレって・・・)
(ああ。『鬼の右腕』シヴァだ。目を合わせんな殺されるぞ・・・)
冒険者達の囁きを無視しながらシヴァはギルドの奥へと進む。ミューイはシヴァの登場にビックリしていたようだが、他の冒険者に呼ばれてどこかへ行ってしまった。
『聖剣の心』の二階へと上がって行く。普段は職員以外は二階に立ち寄らない。ギルドの所長室しかないからだ。雑用の冒険者達には縁の無い部屋だ。
『所長室』と書かれた部屋をシヴァはノックする。
「シヴァだ・・・入りますよ」
そう言い、返事を待たずにシヴァは扉を開ける。ギルドの玄関と同じくらいに趣のある扉が軋んだ音を出す。
動揺するオレを横目にシヴァは所長室へとズカズカ入って行く。部屋の中央で立ち止まり、二人の男に声をかける。
一人はギルドの職員の男。オレが迷宮に行った時に送迎をしてくれた男だ。相変わらず知的そうな雰囲気を醸し出しながらソファの横に立っている。
もう一人は初めて見る顔だ。どっかりとソファに座る老人の男。キュークが被っていたようなお洒落な帽子を被っている。まあまあな年齢だからなのか、渋い顔に帽子がよく似合っている。
「連れてきました。じゃあ始めましょうか」
そう言って、シヴァはソファに腰を下ろした。男達と顔見知りとはいえ、なかなかに太々しい。否。どこか怒っているようだった。
「全くお前は相変わらずだな・・・」
帽子の老人が苦笑いでシヴァを見る。ギルドの男は横で大きなため息をついた。
オレもソファに座らせられると、帽子の老人が真剣な眼差しでこちらを向いてきた。
「アーノルド君。突然だが君に頼み事をしたい」
「頼み事なら依頼を出して下さい。そちらは冒険者ギルドでしょ」
面倒臭いと思いつつ、帽子の男に言い放つ。しかしオレの言葉が聞こえないかのように老人は続けた。
「今日から17日後、つまりは戴冠式の前日の夜。私達はメイア王女を誘拐する。君にはその時に陽動を任せたい。元勇者一行、アーノルド・アンダーソン君よ」




