アレク王国第二十一話『王女誘拐事件』(3)
いつも歩いている街中を通るのにもやけに緊張する。幸いなことに今日はいつもに比べて人の数が少ない。それでもすれ違う一人一人が不審者に見えてくる。戴冠式を間近に控えた王女様に危害を加えようとする不審者に。
そんなオレの不安もメイア王女様は露知らず。道の真ん中を堂々と歩く。エメラルドグリーンのウィッグを風に靡かせながら。
普段見かけない少女にも街の住人達は親切にも話しかけてくる。その少女の正体を知っているかどうかは置いといて。
「ネイちゃん、久しぶりだな。元気にしてたか?」
「八百屋のおっちゃん!元気だぞ、ありがとう!!」
メイアは変装中「ネイ」と名乗っているらしい。昔ミューイと一緒に決めたとか何とか。
肝心のミューイは着いて来てくれなかった。今日はゆっくり休みたいらしい。急にギルドが休みになったらしく、久しぶりにゴロゴロ出来ると喜んでいた。
視線をあたり一帯から感じる。物珍しいものを見る時のそれだ。視線の先にはもちろんネイことメイア王女様がいた。
先ほどの八百屋のオヤジみたく、ここら一帯の住人はネイと知り合いらしい。何回も王城を抜け出していたのは嘘でないみたいだ。
住人達の温かい眼差し。間違いなく彼らはネイの正体を知っている。知った上で知らんふりをしてくれているのだろう。平和というか呑気な民たちだ。
オレはそろそろ帰りたくなってきていた。遅くてもそろそろ王女の護衛騎士たちがメイアを探しに来るだろう。その時に怒られるのは間違いなくオレだ。
「ほら見ろアン。夕日といい感じに重なって綺麗だぞ」
いつの間にやらオレ達は噴水のある広場まで来ていた。かつてミューイと待ち合わせをした噴水に。
「・・・どうしたんだ?」
渋い顔で茜色の水面を見つめるオレを不思議そうにメイアは見つめる。ミューイとの苦い思い出を頭によぎらせながら、噴水の縁に腰を下ろした。
メイアは隣に座り、オレの顔をジロジロと見る。彼女の緑色の目と髪は夕日の光を反射し、まるで夜明けの太陽のように眩しい。メイアの顔も少し火照っているように見える。
「・・・今日はな。アーノルドにお礼を言いたかったんだ」
「お礼?」
突然の言葉に少したじろぐ。何て言ったって王女様からの直々のお礼だ。おそらく家庭教師の件についてだろう。
「それはそれはご丁寧にどうも。オレも楽しかったよ。王女様の教師なんて二度とできないだろうしな」
オレの言葉に微笑みながらメイアは言う。
「本当にありがとう。君のおかげで私は大いに成長できた。強くなれた気がする。これで立派な王になれる」
そんなに大層なものじゃないと思いつつも頭を下げるメイアにつられて頭を下げてしまう。
「メイアは最初から強かったさ。それに魔術なんて時間があれば一人でも習える。そんなに畏まらないでくれ・・・」
「いや。二人だからこそ効率的に学べたし、楽しみながら学べた。君が魔術の楽しみ方を教えてくれたんだ。君が魔術を好きでいてくれたから、私も魔術を好きになれたんだ」
そう言いメイアは右手を空に向ける。
メイアの手に魔力が集まっていくのを感じる。魔術人が彼女の手の平に展開され、一発の火の弾が空に打ち上げられた。
無詠唱の『火球』
オレが未だメイアに教えていない技術だ。オレが居ない間も彼女は魔術書を読み漁り、彼女自身の力で体得したのだろう。
本当にオレは良い生徒を持った。そう胸を張って言える気がした。
ー
メイアが空に放った火の球は風になびいて消えていく。
「メイア・・・これって・・・」
ふふん、と誇らしげに笑うメイアに歩み寄ろうとした瞬間。遠くの方で轟音が鳴り響いた。
爆発音?あの方向は・・・ギルドの方か?
そう思ったと同時に、岩の塊がオレの頬をかすめた。オレとメイアの間を通り抜けた弾は石の地面にめり込んだ。
囲まれてる・・・10人くらいか? 少なくとも半分は魔術師だな。狙いは・・・
突然の奇襲に身構える。この不審者達が誰かは知らない。唯一わかることは、こいつらの目当てはこのお忍び中の王女様ってことぐらいだ。
「メイア。授業の成果を見せてくれ。魔術師との実戦だぞ」
「ああ」
メイアも構えようと背中に手を回す。しかし変装のため剣を置いてきたことを思い出した。少し俯き考えた後、メイアは両手を前に突き出すポーズで威勢よく敵に言い放つ。
「さあ、来い!!」
四方からの魔力反応。
目視で確認できる術師は二人、弓を持っている奴が三人。他の奴らは気配を消すのが上手い。中々の手練れ達だ。
メイアを守りながらだと、ちょっときついかもしれない。
数十発の魔術が降り注ぐ。空を切りながらオレ達に向かってくる魔術は色とりどりで綺麗で美しい。
・・・あれ?というか全弾オレに向かってきてない?
『岩囲』『火矢』
岩のドームが全方位から魔術を防ぐ。外では次の魔術を用意しているのを感じる。同時に二つの魔力の反応が消えているのも感じた。火矢がしっかり当たったらしい。
全弾をオレに打つとは。まずはオレを潰そうってか?それともメイアに危害を加えられない?・・・何はともあれ今ので二人は潰せた、あとはどう逃げるかだな・・・
ドームの中で呼吸を整える。メイアは魔術を撃たれていないらしいし、教えた魔術で牽制してくれている。
噴水の周りは見晴らしが良い。下手に逃げても魔術の的にされるしすぐ見つかる。厄介な場所で狙われたものだ。
逃走ルートを考えていると。一つの足音がオレのドームに近ついて来るのに気づく。物凄いスピードで近づいてくる。しかし魔術を使う気配は感じなかった。
「剛 腕!!」
近づいてくる気配に牽制しようとした瞬間。足音の主は叫んだ。
同時にオレの足元の土が盛り上がり、ドームは瓦礫へと変化していく。その衝撃でオレとメイアの身体は宙に浮かんだ。
・・・おいおい嘘だろ。地面は石畳だぞ。それに人間を浮かせるなんて脳筋すぎる。
宙に浮かびながらも、頭ははっきりしていた。この攻撃は魔術でもただの身体強化によるものでもない。スキルだ。
ドームから追い出されたことで、地面を持ち上げた者の姿を捉える。大柄な男。黒いフードの着いたマントを被っている。しかしマントの上からでもわかるほどの筋肉だ。
フードの男はそのままオレを払い除け、メイアの腕を掴む。素早い動作でマントの下から瓶を取り出し、メイアの顔へと投げつけた。
ーパリン
という音がなったと同時に、メイアの顔に黄色の液体が降りかかる。腕を掴まれて尚、応戦しようとしたメイアも液体をかけかれたと同時に気を失ってしまった。
男はメイアをそのまま担ぎ上げ、速度を上げる。咄嗟に追いかけようとするも魔術師達の攻撃がオレに降り注ぐことをやめない。
あっという間に男はメイアを連れたまま広場から消えてしまった。
・・・ヤバイヤバイ。やられた。拐われた。
『王女様、戴冠式直前に誘拐』など洒落にならない。何より王女を誘拐するなんて肝の座っている奴らは何をしでかすか分からない。最悪メイアは殺されるだろう。
・・・せめてあの脳筋野郎くらいは倒してくれよ。
『彷徨える炎』
六発の炎の塊を発射する。これは自動追尾弾だ。威力は心許ないが、絶対に当たる。
炎をはたき落とそうとする魔術師達の攻撃をのらりくらりと躱しながら、炎は広場から離れて行く。
オレは全速力で炎を追いかけた。後ろから数人に追いかけられている気配を感じながら。
イライラしながら、後方にデカいのをぶちかまそうとしたその時。一瞬で周囲の魔力反応が消えたことに気づく。
何事かと立ち止まる。そして炎が向かって行った先で轟音が鳴り響く。標的に当たったのだ。
急いで音のなった方へと向かう。爆発の風で砂埃が舞っている。
砂埃で悪い視界の中、護衛騎士が一人、イワンがメイアを抱えながらオレの方へと歩み寄ってきた。
ー
(話はあとで聞く。とりあえず広場に戻るぞ)
イワンはスキルで脳内に直接指示を出してきた。眠るメイアを丁寧に運びながら、オレが元きた道を戻って行く。
メイアが誘拐の危機に陥った矢先その仏頂面も少しは焦りを見せると思いつつも、やれやれとため息をついている。
広場に戻ると。二人の鎧を着た男が鬼の様な形相で立っていた。他の二人の護衛騎士、キュークとミュエールだ。足元には縄で括られた黒いフードの男達が転がっている。おそらく隠れていた魔術師だろう。
キュークは睨みを効かせながら、ミュエールに詰め寄る。
「おい、ミュエール。お前の監視がありながらなんで誘拐一歩手前までいってんだ?ちゃんと見てたのか?こいつら捕まんえのに1分もかかったぞ!」
「すいません。爆発に気を取られていて。それを言うならあなたも聞こえなかったのですか?不審者の足音」
まさに一触即発。縄で括られた誘拐犯たちを足蹴にしながら二人は睨み合う。イワンがため息をつくのも分かる気がした。
「まあ何はともあれ。お嬢様が無事で良かった。イワンは誘拐犯を捕まえられたか?」
強引に話を切り上げたミュエールがイワンに尋ねた。あの筋肉質の黒フードの男。魔術師達と比べても異質な動きと力だった。
イワンは首を横に振る。
「・・・そうか。まぁお嬢様が無事ならそれで良い。アーノルドにも感謝する。何でお嬢様と城を抜け出したかは置いといてな・・・」
そう言い護衛騎士達は城へと戻ってしまった。広場に残された誘拐犯達は早急に兵士達に回収され、牢屋へと送られるらしい。
しかし誘拐犯達の顔を何処かで見たことのあるような気がするのは気のせいだろうか?
あの一人だけ逃げた筋肉質の男も。あんな体格をしている男はこの街に何人もいるだろうか?




