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アンの大往生 ー異世界終活記ー  作者: Shutin
アレク王国
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アレク王国第二十話『デート』

 ミューイは花が好きらしい。


 結局のところ王女様からもらった役に立ちそうなアドバイスはこれだけだった。もっぱらそんなことはとっくの昔から知っていたので、特に耳寄りな情報ではなかった。


 メイアから押し付けられた恋愛小説もこの五日でたったの二冊しか読めていない。メテオライトという男のベタベタな恋愛ストーリーだ。仕事では超絶有能な伯爵だが、恋愛となると奥手になってしまう・・・という所謂『恋愛初心者』の恋路を綴った小説だ。五百年前も、それよりも前の恋愛ストーリーも似たようなものがあったのを思い出す。愛だの恋だのいうものは、いつまで経っても変わらない。変わらないというか、変わる必要も無いのかもしれない。


 ともかく今日は勝負の日。ミューイとのいざこざを完璧に終わらせられるように尽力せねば。


 くしゃくしゃになったシーツを足で払いながら起き上がる。日はまだ昇っていない、時計の針は午前四時をさしている。皆を起こさないように忍足で洗面所へと向かう。


 ミューイの部屋から少し音がする。きっと寝返りを打っているのだろう。可愛いものだ。



 普段と変わらない朝食、他愛の無い話をする。少しだけ違うことがあるとすれば、今朝のミューイに寝癖はついていなかった。そしてシヴァのエプロンが新品になっていた。


 今日も今日とて最高に美味しい朝食を平らげた後、シヴァはさっさと家から出ていってしまった。街一帯がお祭りムードだからだろう、最近仕事が忙しいようだ。しかしシヴァが朝帰りをするとミューイの期限が少し悪くなるので気をつけて欲しいものだ。


 シヴァに続いてオレも散歩に出かける。ミューイも朝食の後片付けをしてから外出するらしい。


 用もなく近所を徘徊する。レンガ造りの家が立ち並ぶ路地をプラプラ歩く。途中木陰の気持ち良さそうなベンチを見つけた。今度時間が出来たらゆっくり本を読むのも良いかもしれない。メイアおすすめの本も読破してやらねば。


 気づくと二時間ほど散歩していたらしい。教会の時計がもうすぐ11時になるのが見える。


 しがない徘徊者は噴水の縁に腰をおろす。王都のほぼ中心に位置する古めかしくも豪華な噴水だ。王都に来たばかりの時、水質調査の依頼でここを訪れたのを思い出す。


 もう二ヶ月近くここに居るのか。早いものだな・・・


 そんなことを考えながら蒼い空を見つめていると、誰がか近ついてくる音がした。


 オレに近づくにつれ間隔が早くなる足音は、石畳と心地よいセッションを鳴らす。



 桃色の長い髪、茶色のブーツ、花柄のワンピース。目を引くほど可憐で、しかし同時に大人っぽい雰囲気をミューイは纏わせている。ウェーブのかかった彼女の綺麗な髪は、今日は彼女にとって特別な日だという事を表している。


「お待たせしました。アン君」


 ちょうど噴水の水の勢いがましたと同時に、ミューイはオレの元へと駆け寄ってきた。水飛沫が太陽の光を拡散し、煌めいた世界で視界が埋まる。


「・・・今日は天気がいいな。まさにデート日和だ」


 咄嗟に言葉が出た。あまり気の利いた言葉を言えなかった事を後悔しながらミューイの手を取る。


 少し驚きの表情を見せつつも、ミューイはオレの手を優しく握り返し微かにはにかんだ。彼女の頬が紅潮している事に気付かないふりをしながらオレは微笑み返した。


「ちょうど良いし。昼ご飯にしようか?」


 時刻はもう11時を過ぎていることに気づく。


「行きたいお店があるんです。行っても良いですか?」


 オレの言葉を待ってたかのようにミューイは目を輝かせた。少し強引にもしかし優しくオレの手を取りながら、ミューイは桃色の髪の毛を揺らす。軽やかなスキップと共に。



 山盛りのフルーツとパンケーキは想像以上にボリューミーで腹に溜まった。ミューイの行きたがっていた店は巷で流行っているらしく、特にフワフワな生地のスイーツ達が若い女性達に大人気らしい。


 パンケーキは口の中でとろける様に柔らかく、特別なシロップをつけることで口の中が渋滞するほどの風味を醸し出す一品だった。途中ミューイから一口もらったチョコレート風味のパンケーキも絶品だった。


 定期的に訪れたい店だったが、男一人で入るような店では無いのでこれが最初で最後だろう。


 パンケーキの腹ごなしついでに王都を散策することにした。固く繋いだ右手に汗をかかないようにゆっくりとミューイに並んで歩く。


 改めて王都を見渡すと、今まで知らなかったものが沢山あることに気づく。レンガの家の間にある猫達の溜まり場。その猫達に餌を与えているドワーフのおばあちゃん。道路でボールを蹴って遊ぶ少年達。春の芽吹きを待っている花壇の花達。


 まだオレはこの街の新参者だということをひしひしと感じる。


 そんな事をオレが思っているのを察したのか、ミューイはオレの顔を見てニコリと微笑む。優しく丁寧にオレの視界に入る全てを教えてくれる彼女もまた、この街を愛しているのだろう。


 色んな店にも行った。靴屋、服屋、花屋、武器屋。途中に露店の宝石商で可愛いブレスレットをミューイにあげた。今までの中で一番のとびきりの笑顔を見せてくれた彼女をその場で抱きしめそうになったが、グッと堪えた。これが正しい金の使い方なんだと感じた。


 夕食は高級なレストランを考えていたが、昼に食べ過ぎたので結局ギルドの酒場で飲むことにした。最後の最後で特別じゃない日になってしまったが、これはこれでアリだと思った。


 気づけば時刻は深夜0時。宵もふけ、オレとミューイは帰路につく。


 ・・・言うんだ。男を見せろアーノルド。


 メイアの言葉を思い出す。オレはこれからどうするのか、どうしたいのか。


 結論はとっくのとうに出ていた。


「・・・ミューイ。話があるんだ」


 彼女を近くのベンチに座らせる。ただ事では無い雰囲気を察したミューイは背筋をピンと伸ばす。


 数秒の沈黙の後、オレは口を開く。


「・・・オレは・・・オレはミューイの事を・・その・・とても魅力的だと思っている」


  開いた口は甘美な言葉を勝手に囁く。誰も傷つかない、誰も傷つけないどっちつかずの言葉。この言葉は嘘ではない。でも、もし仮に『真実の鈴』が手元にあったらどんな音色を鳴らすのだろうか。


 ベンチに腰を掛けながら、ミューイは目線を下に落とす。暗闇の中ミューイの耳が真っ赤に染まっているのが分かる。


「ありがとうございます。その私も・・・・好きです」


 ミューイのか細い声が静寂の中響いた。


 彼女の気持ちに胸が張り裂けそうになりながらオレは続ける。


「・・・でも、オレはやらなくなきゃいけないことがあるんだ。だから君と一緒にはなれない」


 沈黙。


 相変わらずの真っ暗闇でミューイの表情は見えない。しかし何かが落ちる音をオレの耳は拾った。


「いや・・・この言い方は卑怯だな。やりたい事があるんだ。だからオレは旅をしている。オレはここでミューイと暮らす事よりも、そっちを選ぶ」


 本音を言うとミューイと一緒の旅をしたかった。しかしミューイをこの街から遠ざけることも、彼女を残して死ぬこともしたくはなかった。


「・・・待ってます。私はアン君の旅が終わるのを待ってますから。アン君も私に『待ってて』て言ってくれませんか?」


 少し上擦った声でミューイは答えた。


 やはり頭の良い子だ。オレが旅立つことをやめない事は察してくれたらしい。


 しかし恐らくオレがこの場所に帰ってくることはもう無いだろう。


「ごめん。その約束はできない。多分、恐らく、絶対に果たせないから」


 再びの沈黙が流れる。


 彼女に掛けられる言葉を探していると、ミューイが口を開ける。落ち着いた低いトーンの声が響き渡る。


「・・・花はあまり強くないんです。自然に生きる植物は力強いけれど、植木鉢の中の花は弱いんです。大地の恵と同等以上の愛を人間が与えるのはとても難しいんです毎日愛でて管理してあげないとすぐ枯れてしまうんです」


 ミューイは続ける。


「でもね。しっかり毎日お水をあげると、いつか綺麗な花を咲かせてくれるんです。それが私が花を好きな理由です。だからー」


 涙腺が決壊したかのようにミューイは泣きじゃくる。それでも彼女は力強くオレの目を見つめる。


「だから、私は水をあげ続けます。例えその花が咲く可能性が限りなく低くても」


 オレはミューイの言葉に何も答えることが出来なかった。ただ立ち尽くすことしかできないオレは感情をぐちゃぐちゃにしながら、自分の本音を探す。


 未だ動けないオレとは裏腹に、ミューイは涙を拭い立ち上がった。暗闇の中、彼女の笑顔が見える。無理して作った笑顔が。


「もう真っ暗ですね。私、先に帰ってますね。明日から私とアン君は友達ですから・・・でも、もうただの友人じゃありませんから。私にとってはね」


 そうオレの耳元で囁き、ミューイは家の方へと歩き出した。


 奇しくもその夜は新月だった。

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