アレク王国第十九話『右頬、左頬』
戴冠式まで残すところ63日。
王都中で戴冠式に向けての準備が着々と進んでいる。そこに歴史的な大発見も加わったことにより、街はお祭り騒ぎだ。
昨日ミューイとデートの約束をしたオレはベッドの上にそのまま倒れ込んだ。約四日ぶりのベッドが想像以上に心地良かったのか、一日中寝てしまったらしい。
デートは五日後。
ミューイは普段ギルドの仕事で忙しい。彼女の貴重な休日をもらったのだ、今度こそオレの誠意を見せなければ。
しかし女性とデートなんて久しくしていないことに気づく。何せ500年も森の中に篭っていたのだから、現代の女性の好みなんてわかるはずも無い。
いや、昔は分かってたってわけでも無いか・・・
苦い思い出が脳裏によぎる。遠い昔の話だ。愛を伝えるために相手の彫刻を掘ったら、空回りどころかドン引きされたことがある。男と女のロマンチックってのは全くの別物だということをその時痛感させられた。
女性の価値観というものは女性に聞くのが一番だと教えてもらったことがある。誰かにご鞭撻よろしくお願いしたいが、女性の知り合いがほぼ皆無なことに気付いた。
ミューイには聞けないし、カレンはもういないし・・・あと知ってるのは・・・
昨日ギルドで少しだけ話をした受付嬢を思い出す。しかしそんな思いつきはすぐに消えた。彼女はまだ傷心中だ、オレの顔を見たらまた泣き出してしまうだろう。
どうしたものかと考えながら、無意識にもオレはギルドへと歩を進めていた。小金持ちになったにも関わらず未だギルドに向かう自分に感心していたら、オレの横に小綺麗な馬車が停まる。
綺麗な甲冑をつけた御者が顎でオレに馬車に乗るよう指示する。
・・・そうだ。メイアがいたじゃないか!オレの愛すべき生徒メイアが!
スキップするように馬車へと乗り込む。ふかふかの座席に体を沈ませながら、オレは満面の笑みを浮かべた。
ー
「久しいな。アン」
綺麗な金色の髪を下ろした王女様が笑顔でオレを迎える。珍しくスカートを履くメイアの出立は、文句の付けようの無い王女そのものだった。
「悪い今日はスカートだから魔法の訓練は出来そうにない。今日は座学だけお願いして良いか?」
オレの目線に気付いたメイアが申し訳なさそうに説明する。そのまま渋い顔をしながら馬車の御者を睨みつける。
「私はいらないと思うんだがな。イワンが王女たるものダンスくらいは覚えろと言うんだ」
イワンはプイッとそっぽを向き、そのまま王都の方向へと馬車を引いて行った。相変わらず無愛想なやつだ。
メイアの愚痴を聞きながら、彼女の部屋へと向かう。城の中を見渡すと、使用人の数が少し減っている様に見えた。
倒れ込むようにメイアは椅子に体を預ける。戴冠式が近づいて来ているからか、心なしか疲れて見える。メイアの愚痴によると今日も朝早くから、ダンスの練習をしていたらしい。
「今日は何を勉強しようか」
少し低い声でメイアは尋ねる。体中から『疲れたオーラ』を発しているが、勉強をやる意欲はあるようだ。そう信じたい。
しかしメイアには悪いが、今日オレがここに来た理由は座学をするためでは無い。
「ごめんメイア。相談に乗ってほしんだが・・・」
オレの言葉にメイアは体を起こす。
「相談?何の相談だ?勉強の後じゃダメか?」
「何というか・・・男女の関係についての相談?」
メイアの問いに答える。改めて声に出すと恥ずかしいものだ。オレの顔はレッドドラゴンの様に真っ赤になっていることだろう。
オレの言葉にメイアは椅子から勢いよく立ち上がる。『疲れたオーラ』を全て吹き飛ばし、目をキラキラ輝かせながらオレに歩み寄る。
「聞こう。いや聞かせてくれ!!」
ー
説明すること数十分。オレとキュークの名誉のため、夜の店については省いて説明した。迷宮に行くまでの経緯を説明していた途中、メイアのゴミを見るような睨みつけに心が折れそうになったが、どうにかオレの誠意は伝わったようだ。
「ーて感じで。デートの約束をしたんだけど。どうすればいいと思いますか?」
メイアは少し悩んだ末、口を開いた。その眉間には皺がよっていた。
「アン。君はどうしたいんだ?それが重要だ」
王女様の問いに戸惑いを見せながら、オレは答える。
「どうしたいって・・・だから元の関係に戻したいんだよ」
オレの答えにメイアはやれやれとため息をつく。再び椅子に腰を下ろして、説教を始めた。腕を組み正座をするオレを見下ろすその姿からは、未来の王としての威厳が滲み出ている。
「元の関係に戻れるわけ無いだろ」
王女様はキッパリと言い放ち、続ける。
「そんな事があって。中途半端な仲直りをして。デートの約束を取り付けたんだろ。この喧嘩の結末は、君が押すか引くかのふたつしか無い」
・・・押すか、引くか。つまりはそういうことだ。
「もう一度聞く。アン、君はミューイちゃんとこれからどうなりたいんだ?」
真剣な眼差しでメイアは再びオレに尋ねる。
恥ずかしいものだ。この少女の何百倍もの時を生きていると言うのに、オレは未だ覚悟が足りていない。他人の人生の一部になる決断をする覚悟を。
「オレは・・・ずっとここにはいられない。やらなきゃいけない事があるんだ」
口を小さく開けて絞り出すようにオレは答えた。喉から出た声は不規則に高音で、こもったような音になる。
オレの答えを聞きとったメイアは立ち上がり、オレの頬に平手打ちをかました。
「馬鹿者がー!!」
突然の平手打ちに上半身のバランスが崩れる。左頬を庇いながら床に崩れ落ちるオレは、なんと滑稽な姿をしているのだろうか。
メイアはオレを見下ろしながら説教を続ける。鬼の様な形相をしている。
「良いか?この世にやんなきゃいけないことなんて無いんだ。『やんなきゃいけない事』てのは『貴様が未来でしたいこと』の準備でしか無いんだー」
「ー私が今聞いているのは、『貴様が未来でしたい事』と『ミューイちゃんと幸せになること』どっちが君の本当の願いなんだ」
無茶苦茶な理論ながらも、メイアの言葉に胸を打たれた。確かにこの旅の目的はオレが死ぬ事であるが、その間に寄り道しても良いはずだ。否、それでこそ旅であり、人生だ。
そうだな。オレの『やりたい事』は・・・
立ち上がり、メイアの方を見据える。決心を固めたオレの眼差しは、さぞ煌めいているのだろう。オレの顔つきを見たメイアは、うんうんと頷いた。
「ありがとうございます、師匠。しっかりオレの誠意、ミューイに伝えて来ます」
「よろしい。頑張って来なさい」
齢17歳とは思えない貫禄を出すメイア師匠の頬に一筋の雫が光った。まるで手に塩をかけた愛弟子が独り立ちしたかのように・・・
「それにしても本当に勉強になったな。メイアはどこでこういう知識をつけたんだ?」
オレの問いを待ってましたと言わんばかりにメイアは本棚に手を伸ばす。赤い表紙と挿絵が描かれた本を誇らしげに見せつけてくる。
「私の愛する純文学『デパトス愛の逃避行 メテオライト伯爵の撃鉄』
歴史に残る名作だ。アンも読んだ方が良い」
そう言い放ったメイアは、魔導書よりも分厚いその赤い本をオレ掌の上に置く。そのまま二冊目、三冊目と積まれていき、合計六冊の恋愛小説がオレの視界を塞いだ。
「・・・ありがとう。時間があったら読んでおくよ」
ほのかに地雷臭のする本を床に置きながら、メイアを机へと向かわせる。
少し世間話をしすぎたかもしれない。いつの間にやら勉強に当てられる時間は消失していた。
ー
オレンジ色の光が窓越しに細くなっていくのを感じる。六冊の本を抱えながら階段を降りるオレをイワン
は不思議そうに見つめる。
「じゃあまたな、アン。」
「ああ。今日は色々とありがとうな」
小刻みに震える腕を上げ下げし、本を馬車に乗せていく。我関せずという顔をしていたイワンの顔にイライラしながらも、やっとの思いで全ての本を馬車に乗せた。
いざ自分も乗ろうと、馬車に足をかけようとした時、メイアがオレに声をかけた。
「アン。右頬を出せ」
「・・・え?なんて?」
「右頬を出せと言ってるんだ」
何やら可笑しな事を言っている王女様は、不気味なほどにこやかな笑みでオレの近くに歩み寄る。
バチンー
メイア王女の左手がオレの右頬にクリーンヒットする。風船を割ったかのようないい音が辺り中に響き渡り、あのイワンでさえ目を丸くさせる。
「・・・え?どうして?」
状況を理解できないオレは右頬を庇いながらメイアに目を向ける。頭の整理が追いついてないからか痛みを感じられない。
「メテオライト伯爵の名言。『友の間違いを示すには左頬を、覚悟を示すには右頬を殴れ』だ。幸運を祈る」
そう言い放ったメイアはドヤ顔で親指を立てた。オレの後ろでイワンが笑い声を必死に我慢しているのを感じる。
「・・・ありがとう・・・頑張るよ」
棒読みながら感謝の意を伝える。メイアがオレの引きつった笑顔に気づかないことを祈りながら、馬車に乗り込む。
危なかった。もしこれが王女の部屋の本じゃなかったら、火系統魔術をぶっ放していたところだった。




