アレク王国第十七話『賢者の記録(2)』
馬車が門をくぐる。王都に着く頃には日は傾き、ひんやりと冷たい風が流れていた。一人で乗るには少し大きい馬車は大通りを抜けて、冒険者ギルド『聖剣の心』の前に停まった。
『大賢者ハンツの手記』をギルドの男に預けて馬車を降りる。ギルドの重厚な扉を開けると、中では一仕事終えてきた冒険者達がジョッキを片手にくつろいでいるのが目に入る。
依頼の報酬を貰おうと受付へと向かうと、視界の端でギルドの制服をきた桃色の髪が特徴的な女性が目に入った。
「ミューイ・・・」
彼女もこちらに気づいたのか、互いに目が合ってしまう。オレの顔を見たミューイはどこか安堵したような表情を見せた後、少し伏目がちに立ちすくむ。
無言の空気が彼女とオレの間に流れる。酔っ払い達の喧騒の中、嘘みたいに無音なオレ達は互いにかける言葉を探していた。
『ただいま』
その一言と共に彼女と仲直りをしようと思ったその時。受付の方から一人の女性が歩み寄ってきた。ミューイと同じ制服を着るその女性は、覇気が無く今にも消えてしまいそうな雰囲気を漂わせている。
女性はオレの前で立ち止まった。どこか見覚えのある水色のおさげと濃い青色の目をした彼女の顔は、紅潮し少し腫れている。化粧で誤魔化しきれていない涙の跡を隠しながら、彼女はオレに頭を下げた。
「今回は・・・私の不手際で危険な目に合わせてしまい申し訳ありませんでした」
震えながらも上擦った彼女の声でオレは事態を把握した。
・・・そうだ。この娘は迷宮の依頼を受けた時に手続きしてくれた子だ。
今や酒場と化したギルドの真ん中で頭を下げる女性を、酔っ払い達は不思議そうに見つめる。
事態を把握したのか、酔っ払い達は隠すつもりのない声量のヒソヒソ話を始める。
(おい、なんでネルちゃん頭下げてんだ?)
(知らないのかよ。ネルちゃんが受理した依頼で二人死んだらしい)
(あの二本角が帰って来たってことは、死んだのはカレンとジュールだな)
(マジかよあの二人が死んだのか?じゃあアイツどうやって生き残ったんだよ)
(可哀想に・・・ネルちゃん自分の依頼で死なせちゃったのこれが初めてらしいぞ)
野次馬達の会話でこの受付嬢の境遇を理解する。彼女の不手際とは到底思えなかったが、ギルドの職員として責任を感じているのだろう。知らなかったとはいえ二人の人間を死地に送ってしまったという重圧が、彼女に重くのしかかっていることが分かる。
「気にすんな。アンタのせいじゃない。あの二人もそう思ってるはずだ」
オレの言葉にも頭を上げない彼女を見かねた冒険者達は、酒をテーブルに置いてありったけのヤジを飛ばした。
「そうだよネルちゃん。一人や二人がなんだ、他のギルドにいた時はバンバン無理な依頼で死んでってたぜ」
「逆に今までが奇跡だったんだよ。今回の経験を糧に成長したらいいんだよ」
「ジュールとカレンもあの世で元気にやってるよ。もう危険な依頼なんてやらなくていいって」
貶してるのか励ましているのか良く分からない応援は、ネルの目から大粒の涙を落とさせた。唇を噛み締めながら嗚咽を我慢しているのが分かる。
この全くの逆効果な励ましの言葉を止めようと死力をつくすが、酔っ払い達の勢いは止まらない。遂にネルはその頭を上げないまま床に座り込んでしまった。
「お前ら、ちょっと黙れ!!不器用なのか?それとも|わざとか?このままじゃこの子、押し潰されちゃう。雑な善意の言葉で心抉られちゃう!!」
それでも酔っ払い達は止まらない。
「依頼が失敗したから何だ。失敗は成功の母だ!」
「いや依頼はちゃんと達成したぞ」
「「「「え!?」」」
オレの言葉にギルド内は静まり返る。さっきまでの喧騒が嘘みたいに、酔っ払い達は停止する。一向にオレにその顔を見せてくれなかった受付嬢ネルでさえ、泣くのを止め顔を上げた。
御者をしていた男が、馬車の片付けを終わらせてギルドの中に入ってきた。いつもと少し様子の違うギルドに戸惑いを見せつつも、建物の真ん中で座り込むネルを見つけて状況を理解した。
「ネル。今回の件は不確定要素の重なった不慮の事故です。あまり気を落とすんじゃありません。もうこのようなことが起こらないように、私たち職員も成長していく必要があるのです。分かったら仕事に戻りなさい。せめて冒険者達が命懸けで持ち帰ったものを有効に活用しましょう」
そう言いギルドの男は迷宮の攻略報酬『大賢者ハンツの手記』をネルに手渡した。いきなり古めかしい本を渡されたネルは状況を飲み込めず、口パクパクさせる。
「あれ?・・・依頼失敗じゃないんですか?」
ネルの言葉に怪訝な目をしながらも、男はため息混じりに答えた。
「さっき電報を送ったでしょう。『依頼達成 帰還者1名 死亡者2名』と」
「『依頼終了』ではなく『依頼達成』・・・・」
電報を再確認しに行こうとするネルを男は引き止め、ニヤリと笑いながら言う。サプライズを用意していた少年のように。
「そして迷宮の攻略報酬はなんと!『大賢者ハンツの手記』!!」
ギルド内は再び静寂に包まれる。
ポカーンと口を開けながらも、ネルは渡された本に丁寧に目を通す。ページを一枚めくる度に、彼女の目に生気が宿っていくのを感じる。
「本物だ・・・本物の勇者一行の記録」
声を震わせながら、ネルは呟く。
ネルの発言にギルド内が沸く。マジか、と本を間近で見ようとする冒険者達はオレとネルの周りに綺麗な円陣を作る。
痺れを切らした酔っ払い達はオレの体を持ち上げ、胴上げを始める。ギルドの高い天井に当たりそうになりながらも、意外と悪くないと思ってしまう。
空中に漂っている最中、ミューイがオレを見て笑っているのが見えた。やはり彼女には笑顔が似合う。
ネルを囲むように立つ冒険者達も口を揃えて「すごい」「偉業だ」とネルを褒めちぎる。先程まで泣いていたのは嘘のように、ネルはとびきりの笑顔を見せる。
「これは歴史的発見だぞ!」
「これでこのギルドは、もっと大きくなるぞ!!」
胴上げをするのに少し疲れてきた酔っ払い達も、オレに熱烈な賞賛を送る。
・・・そんなにスゴイものだったとは
オレの気分は最高潮に達し、どんどん心が浮ついていく。
「そうだ歴史的大大大発見だ。カレンとジュールも死んだ甲斐があったな!!」
勢いのまま空中で叫ぶ。そのままオレの身体はギルドの床に叩きつけられた。
「ぐふぇっ!!・・・・え?」
起き上がらない身体を床に貼り付けたまま首を左右に回す。
身体の右側で、酔っ払い達がオレに睨みをきかせているのが目に入る。汚物を見るような目でオレに向かって唾を吐き、酒の席へと戻って行った。
左側に目をやる。先程まで満面の笑みで笑っていたネルが、再び涙を流しているのが見える。千切れんばかりの力で重要な書物を抱えながら、嗚咽を我慢しているのが目に入った。




