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アンの大往生 ー異世界終活記ー  作者: Shutin
アレク王国
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アレク王国第十七話『賢者の記録』

 迷宮は崩壊を始める。


 爆発の衝撃に耐えきれなかった壁はヒビ割れ、亀裂が広がる。地面の揺れる音と土塊が落ちる音。この迷宮は役目を終え、ただの土へと還る合図を放つ。


 竜の亡骸の後ろの壁が崩れ、明るい空間が現れる。一本の光がその空間から伸び、薄暗い迷宮を少し照らす。


 光を放つ部屋へと歩を進める。部屋に近づくにつれ足もとの影は伸び、背後で安らかに眠る二つの影を飲み込んだ。


 部屋に入る。四方の壁は石で出来ている。天井も床も石だ。白っぽい灰色の石で囲われた空間は、まるで時が止まっているかのように汚れ一つない。


 部屋の真ん中には同じく石のテーブルが置かれている。テーブルの真ん中に置かれた一冊の本。見るに懐かしい革で覆われた本は、少しくたびれ色褪せている。しかし同時にどこか重厚感を醸し出し、ただの古い本でないことを告げる。


 本を手に取る。埃を被った表紙がざらつく。表紙を開ける。最初のページ、色褪せた羊皮紙の上に黒いインクで文字が綴られている。


『ルアック大陸 冒険日記 ハンツ・ヨーレライ』 


 綺麗な文字で書かれた見出しを捲る。日付と月がそれぞれのページの冒頭に記され、この日記の持ち主の律儀さが伺える。


「そうか。ここにあったのか・・・」


 本をそっと閉じ、部屋の外へと出る。未だ地面は揺れ、無数の岩が上層から降ってくる。土埃で視界は遮られ、分かるのは石の部屋から放たれる光だけ。


『水よ我に潤いを 創水(ハイドロ)

 

 爆発音と同時に身体が上方へと吹き飛ばされる。衝撃が土埃を拡散する。視界の端に入った、鈍い銀色の光はもう輝かない。


 辛うじて残った四層目の床に着地する。上層へと続く階段はまだ崩れていない。


 三層目、二層目、一層目と階段を上がる。床に転がるマンティコラの毒が売れることを思い出したが、そんな気分では無かった。時間も無い。


 外へ出る。太陽の光に目が眩む。ちょうど頭上に位置する太陽に向かって、花火を打ち上げる。


 迷宮攻略完了。帰還者1名。



 一時間程たっただろうか。2頭の馬が中型の馬車を引き、坂をのぼる。馬と馬車それぞれが一本の剣が入った紋章を掲げているのが見える。


 冒険者ギルド『聖剣の心(サーベルズ)』の紋章だ。


「お疲れ様です、アーノルド様。お荷物お預かりいたします。どうぞ馬車の中でお休みください」


 ギルドの男は馬車の乗り口を開け、オレを座らせる。そして両手を前に突き出し、オレが抱える本を預けるのを待っている。


「後で渡すから。ちょっと読んでてもいいかな?」


 男は少し考えた後、微笑みながら言う。とても静かな落ち着く声だ。


「もちろん。攻略者の特権です」


 男は御者の席へと戻り、馬車を王都のある方向へと回転させる。


「それでは、出発しますよ」


 男は振り向き、窓越しに出発のアナウンスをする。


「・・・なぁ。変だと思わないのか?一人だけが無傷で迷宮から帰ってきたんだぜ」


 ピシッという鞭の音で馬車は加速する。男は振り向き、また少し微笑みオレの問いに答える。


「よくあることですので」



1541年 11月20日 


今日から日記をつける。日記といっても本を買う金はないので、毎日はつけられなさそうだ。酒場で飲んでいたら、アーノルドという少年に酒を奢らせられた。幼い見た目ながらもどこか不思議な雰囲気を漂わせる少年だった。私が魔術を使えると知ると、一緒に『何でも屋』をやろうと提案してきた。近所中の厄介事を請け負う仕事らしい。これも何かの縁と思い、彼の話に乗ることにした。今朝、仕事を辞めさせられたばかりなので丁度いい。『何でも屋』である程度の金が貯まったら、一人旅にでも出よう。



1542年 6月26日


今日も『何でも屋』に依頼はこなかった。当初の目的とは違い、今や酒場で暇を潰すだけの日常だ。それどころか前に依頼してきた貴族様が私達にご立腹のようだ。アーノルドが何か粗相をしたに違いない。大きな問題にならないことを願う。



1543年 2月8日


国から魔王討伐の依頼が来た。この前の古竜討伐が王の耳に入ったらしい。各国を周りながら魔族を滅ぼせとの指示だ。ギムレットは王の指示に納得がいかないらしいが、アレックスの説得で受諾することにした。だが私達の目的は魔族の根絶やしではない、和解だ。


1546年 12月25日


冒険は終わった。たった3年ほどの冒険がこうも長く感じるとは不思議なものだ。この冒険は生涯忘れることのない思い出となるだろう。まだ冒険を続けたい気持ちはあるが、私は少し疲れた。これから平和な世の中が築かれることを切に願う。





 次のページ、次のページへと目を走らせる。1週間から1ヶ月おきに書かれる「その日の出来事」は、時に目新しく、時に懐かしいものだった。


 『大賢者ハンツの手記』はなんの変哲も無い、ただの日記だった。たった一冊の日記にビッチリと書かれた冒険記。オレ達の思い出がそこに詰められているだけだった。


 ・・・手がかりになりそうなものは無かったな。さて、どうしたものか。


 全てのページに目を通し、お目当てのものは書かれていないことを確認する。同時にアレク王国に滞在する目的を失ってしまったことに気づく。ハンツの手記が見つかり内容も知った今、最早この国に居続ける必要は無くなった。


 ・・・馬車から下ろしてもらおうかな。次の国で調査した方が良さそうだ。


 そんな発想が脳裏に浮かぶ。少し予定が狂ったが、隣国デパトスに向かっても良いかもしれない。


「なぁー」


 御者に降りる旨を伝えようとしたその時、ふとミューイとメイアの事を思い出した。喧嘩別れしてしまった同居人と、愛すべき生徒だ。このままミューイの前から何も言わずに消えたら、一生恨まれることだろう。メイアにもまだまだ教えたいことが沢山ある。


 立つ鳥跡を濁さず。


 ・・・もしかしたらオレの人生で会う最後の二人かもだしな


 オレは大人しく口をつむぎ、馬車に揺られることを選んだ。


 今はただ大人しく帰ろう。ミューイに謝って、メイアに迷宮の話をしてあげよう。


 もう一度、膝の上にで開かれた日記に目を落とした。本の裏表紙にも文字が書かれていることに気づく。


 日付も見出しも何も書かれていない文章は、この日記の製作者に似つかわしくない汚い走り書きと支離滅裂な文法で書かれていた。一つだけ分かることは、この文章はオレ宛である事、そして大賢者の遺言だということだ。


『アーノルド

 君は今一度世界を旅することになるのだろう。

 君の旅する世界は平和になっているだろうか

 私は知りたい。


 最後に勇者が残した

 言葉を

 君に伝えたい。


 ー「道中、気をつけて。新しい仲間と喧嘩しないように」』


 「何だよ、それ」


 くだらない遺言に思わず吹き出してしまう。あれだけの迷宮を作ってまで伝えたかった言葉がただの心配とは。心配などせずとも、オレが死なないことは分かっているというのに。


・・・分かったよ。勇者様よ。ご忠告どうも。


 日記を閉じ、静かに心に誓う。これから会う仲間達を自分より先に死なせないことを。言葉を残してくれた勇者と大賢者にかけて誓う、そして迷宮で静かに眠る二人の冒険者仲間に誓う。

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