アレク王国第十六話『迷宮攻略』(8)
少しばかり昔の話。バカみたいに忙しない思い出・・・・
森の中を走る。全力で、足がちぎれそうになるまで。
「おいいい!!誰だ?合図なしに竜の縄張りでいきなり魔法をぶっ放したのは!?」
前方を走る男が怒鳴り散らす。背負っている大剣は見るからに重そうなものの、男はスピードを緩めない。「暑い」と言って脱いだ兜から綺麗な金色の髪があらわになる。
「ハァッ。今は犯人探しは良いでしょう。ハァッ どうしたものか・・・・」
息を切らしながら少し後方を走る男が、真っ黒なローブを脱ぎ捨てながら言った。転んだのか、ぶつけたのか、男のメガネには大きな亀裂が入っていた。
「ダメだ!このようなことをハッキリして置かなければ組織というものは瓦解する。犯人は誰だ?!」
「落ち着けアレックス。これはこの一行のリーダでもある僕の監督責任だ。攻めるなら僕を攻めてくれ」
最後尾を走っていた白髪の男が大剣の男の横に並ぶ。その肩にはグッタリとしたメガネの男を抱えている。メガネの男は申し訳なさそうに、地面を見つめる。顔色が悪い。
「ギムレット・・・お前・・」
大剣の男が目を丸くしながら白髪の男を見つめる。白髪の男は微笑む。そして大剣の男から目をそらし、速度を上げた。
「やっぱりお前かああ!!ギムレット!!」
大剣の男も負けじと速度を上げ、白髪の男に追いつく。男の声量と比例するようにスピードがどんどん上がっていく。男達の弁明と説教で喧しい中、メガネの男の一言で沈黙が流れる。
「あ・・・もうダメです。すみません」
オロロロロロロ・・・
聞くに耐えない音と共に、揺れに耐えきれなくなったメガネの男は吐瀉物を撒き散らす。朝食のパンとコーヒーが白髪の男のマントを伝いながら、土に還って行く。
「何しとんじゃい!!」
白髪の男が咄嗟にメガネの男を放り投げる。メガネの男は綺麗な弧を描きながら地面に叩きつけられた。鈍いうめき声を出しそのまま動かなくなる。
「あ、ゴメン。大丈夫か、ハンツ?!」
横たわるメガネの男の傍に駆け寄る。吐瀉物を垂れ流しながら白目を向くその姿は、見るに耐えない。
「ダメだな。こりゃ」
そう言い大剣の男は目一杯の力でオレの右足を蹴る。グギッという鈍い音を足から発しながら、オレは地面に倒れ込んだ。
「イタァアアイ!!!」
「足止め頼む」
そう言い放ち大剣の男はメガネの男を抱え颯爽と走って行く。数秒おいて状況を理解した白髪の男もオレを置いて駆け出して行く。
「悪い。アーノルド。体勢立て直しから助けにくるから」
「お前らあとで絶対に殺すからな!!」
おそらく折れたであろう足を引きずりながら怒鳴る。後方から嫌な気配がするのは気のせいだと信じたい。
何かを思いついたのか、白髪の男が立ち止まりオレの方を振り向く。
「アーノルド」
「・・・何だ?気が変わったのか?」
「『殺す』は良くないぞ。もっと上品な言葉を使え」
「殺す!!」
男はニコリと笑い、物凄いスピードで遥か向こうへと走り去って行った。
何かが空を切る音がオレの真上でする。十字の形をした大きな影がオレの矮小な体を覆った。
ー
全身に激痛が走る。頭が朦朧とする。
頭上に見えない空、四方の土の壁。剣を持った男と魔法の杖を持った女が立っている。
そうだ。迷宮だ。確かスライムが大爆発して・・・
ハッキリしない頭が回り始める。あの大爆発で床が抜けて落ちたのだろう。
・・・ということはここは第五層目?
オレを背にして剣を構えるジュールが、オレが目を覚ましたことに気付く。
「起きたか・・・気絶して夢でも見てたのか?」
「ああ・・・最悪な夢だったよ」
「これも夢だったら良いんだけどな」
冷や汗をかきながらジュールは笑う。剣を構える剣士の両手は小刻みに震えていた。
暗闇に慣れてきた目が部屋の奥に鎮座する怪物を捉える。
黒光りする鋭利な二本の角、真っ赤な鱗で覆われた巨大なしかし引き締まった胴体、長い尻尾、そして二枚の大きな羽。
赤龍。レッドドラゴン。
人を除いた生態系の頂点に位置する魔物の王。陸、海、空どこに置いても圧倒的な強さを誇る最強の生物。
オレ達を捉え決して逸らさない鋭い眼光の奥で、充血しているのか、その体と同じ真っ赤な眼球がギョロギョロと蠢く。
「お怒りだぜ」
ジュールがごくりと唾を飲み込む。カレンは深呼吸をしながら、杖を展開する。ドラゴンがオレ達から目を離さないように、オレ達もドラゴンの全身を穴が空くほど見つめる。目を絶対に離さない、否、離せない。
瞬間。ドラゴンの口元は光り、その大きな口から一本の火柱が放たれる。およそ人間の反応速度より少し遅いブレスは、一瞬にして迷宮内を火で包む。
『土よ 壁を・・・』
『岩壁!!』
岩の壁は辛うじて火柱を受け止め、炎を四方へと霧散させる。炎の勢いに当てられたカレンは杖を床に落とし、膝から崩れ落ちた。
「カレン。レッドドラゴン攻撃は早い。無詠唱じゃなきゃ間に合わないぞ」
「大丈夫かカレン?幸いここは地下、あいつは空を飛べない。まだやりようがある」
オレとジュールの言葉で我に帰ったカレンはすかさず杖を拾い。体勢を整える。
「ありがとう。アーノルド、ジュール。私は火以外の無詠唱はできないから援護頼むわよ」
「「おうよ」」
『岩よ 壁をなせ 受け止めよ 岩壁』
『水弾』『『岩弾』
カレンが壁を創り、ジュールがそれに沿ってドラゴンに近づく。オレはドラゴンの興味がジュールに向かないように魔術を放ちまくった。
オレの攻撃が目に当たり、ドラゴンの顔が一瞬だけ仰け反る。ジュールはそれを見逃さなかった。
岩の壁から身を乗り出し、目一杯の力で切り付ける。身体強化のかかった身体から振り落とされた剣はドラゴンの鱗さえも打ち砕いた。
剣は鱗を切り裂き、その刃でドラゴンの首を落としにかかる。しかしジュールの剣は動きを止める。
「ヤバイ!!コイツ、首の筋肉で無理やり止めやがった」
ドラゴンはその足でジュールを器用に掴み、投げ飛ばした。迷宮の壁に叩きつけられたジュールは崩れ落ち、動かない。
「ジュール!!大丈夫か?」
刹那。オレとカレンはドラゴンから目を逸らす。逸らされた。
ジュールを放り投げたドラゴンは、一瞬にしてオレとの距離を縮めその漆黒の爪を振り下ろす。
『岩壁!』『爆風!!!』
悪あがき虚しく。魔術を意に介さないドラゴンの爪は、岩壁をも切り裂き、オレの右腕を消し飛ばした。
・・・ヤバイ。反応できなかった。
大量の血が体から滴り落ちる。意識が朦朧とし、足がすくむ。目の前で悠々と佇むドラゴンは、大きな口をオレの体に向ける。
「危ない!!」
カレンが体当たりでオレの体を吹っ飛ばし、そのまま岩の壁に隠れる。
「ポーション飲んで」
緑色の液体をオレの口に流し込む。血は止まり、まるでトカゲの尻尾のように腕が生えてくる。体の痛みが消えると同時に、形容し難い倦怠感に包まれる。回復薬の副作用だ。
「ハァハァ。ありがとう。やっぱりポーションは気持ち悪くなるな」
「アーノルド。何か策はある?」
カレンがオレに尋ねる。空っぽになった小瓶を持つ彼女の手は、小刻みに震えている。救いを求める彼女に希望の光を与えたかったが、生憎それだけの力を持ち合わせていない。
「無い。ドラゴンは熟練魔術師20人以上と前衛10人以上が綿密な計画を立ててやっと勝負になるんだ。今のオレ達は寝床に入ってきた虫以下の存在だ」
「じゃあ、どうすれば・・・・」
今にも泣き出しそうなカレンは絶望の表情をあらわにする。
「逃げるぞ。これはオレ達の手におえる迷宮じゃない。岩の魔術で上の層に戻る、後は全力で走る」
「飛行魔術は?」
オレの指示に頷きながら、カレンは少し不思議そうな顔をする。聞き慣れない単語にオレは顔をしかめた。
「『飛行魔術』?何だそれは?」
オレの問いに目をキョトンとさせながらカレンは答える。
「風魔術の応用よ。風の力で自分の体を持ち上げるの。・・・もしかして使えない?」
「・・・使えないな」
まさか風魔術で飛行する仕組みが確立されていたとは。500年前は不可能と言われていたはず・・・
『オ゛オ゛オ゛オ゛オ゛』
ドラゴンの咆哮が響く。虫の居所を見失ったドラゴンが手当たり次第に岩壁を切り裂いていく。
「ヤバイ。急ぐぞ。オレが囮になるからカレンはジュールを起こして逃げてくれ」
「了解!!」
同時に別方向に飛び出す。計画通りにオレはドラゴンを誘導しながら、徐々に階段を作ってゆく。
視界の端でジュールが覚醒するのが見えた。カレンがジュールを抱えて、空へと舞い上がる。風魔法で器用に上昇しながら二つの体が、上層へと近づいて行く。
・・・とりあえず、あそこまで行ったら大丈夫だな。オレもそろそろ逃げるとするか。
カレン達が四層目に差しかかるのが見える。ドラゴンも侵入者の逃亡に気づくがもう遅い、あそこにはもう牙も爪も届かない、火柱も長距離ならば避けるのが容易い。
ドラゴンは悔しそうに咆哮する。冷静に怒り狂う。縄張りに入った虫でさえ満足に始末できない自分に苛立ちを見せる。何を思ったのか床に散乱した岩を足で器用に掴み、投擲する。
奇しくもドラゴンが生涯で初めて行った投擲は、二匹の虫の体を綺麗に撃ち抜いた。自慢の牙でも爪でも成し得なかったことが、ただの石で達成できたことに竜は興奮し、雄叫びを上げる。
「・・・は?」
カレンとジュールの体が薄暗い五層目に戻される。ドサッという音と共に地面に落ちた二人に竜は近寄る。その興味は空を飛んだ不思議な虫に向けられている。
ドラゴンの牙がカレンの腹部をなぞる。未だ理解の追いつかないオレは竜がカレンの身体を食いちぎるのを眺めることしかできない。
『岩砲!!』
咄嗟に打った石の砲撃が竜の目に当たる。竜の怒りの矛先はオレに代わり、突っ込んでくる。辛うじて躱し、ジュールの元に駆け寄る。
『岩覆』
岩のドームの中、ジュールは目を覚ます。最初に視界に入るのが恋人の亡骸とも知らずに。
「・・・どういうことだ?何がおこった?なんでカレンの腹が無くなってる?」
「すまん・・・守りきれなかった」
オレの返答にジュールは俯く。ジュールは過呼吸になりながら、カレンのカバンから回復薬を取り出す。初級回復薬3本、中級回復薬3本、上級回復薬1本。回復薬はカレンの身体を繋ぎ、血を作り再生させる。しかし傷一つないその体には、もう魂が入っていなかった。
ジュールが声にならない叫びを発する。目は充血し、頭をかきむしる。遂には脳の血管がきれたのか、また気絶してしまった。
オレはジュールから目を逸らすことしかできなかった。仇をうってやることしかできなかった。
ドームの外に出る。竜は律儀にも動かない。まるでオレが出てくるのかを待っていたように。
「お前・・・少し知能があるだろ。何年生きてる?」
ドラゴンは長い年月を生きる。その年月はドラゴンの脳を発達させ、いつか彼等は知能を得る。人は知能を得たドラゴンを「竜」「古龍」と呼ぶ。
オレの問いにドラゴンは反応しない。ただただ睨みつけてくるだけだ。
「・・・関係ないか。知能があってもなくても」
覚悟は決めた。そして目の前にいるこの龍を殺す覚悟だ。ジュールとカレン二人の命を犠牲に、仇を伐つ覚悟だ。
「元勇者一行、特攻魔術師アーノルドの必殺技受けてみろ」
両手を合わせ魔術陣を展開する。竜の爪が振り下ろされるが、もうトカゲの爪はオレに傷一つつけることも出来ない。オレの体が、細胞ひとつひとつが概念を超えて存在しているから。
『水よ 削れ 貫け 押し流せ 水砲』
真っ白な光が手の平から溢れる。光は迷宮内を真っ白な世界に照らす。音を置き去りにした衝撃が全てを吹き飛ばす。
ー
迷宮は静寂に包まれる。
瓦礫が散乱し、四方の壁に亀裂が入る。
目の前で横たわる竜は、手足が捥げ、羽を失い、血を垂れ流しながら動かない。静かな吐息が聞こえる。竜は苦しそうに息を吸って吐き、辛うじて命を繋ぎ止めようとする。
「やっぱり。ドラゴンは硬いな」
壁に突き刺さったジュールの剣を取り、竜の頭に突き刺す。竜の呼吸は完全に止まり、迷宮は完全な無音になる。
・・・いや。まだ呼吸音がする。オレの身体の真後ろだったから、被害が少なかったのか?
ジュールとカレンのいた方向を振り返る。岩のドームは無惨にもえぐれているが、少し離れたところにジュールの身体が横たわっているのが見える。しかしジュールの二本の足はドームの中に残されたままだった。
「・・・生きてたか。すまない、お前達を巻き込んだ」
「良い。どうせドラゴンに殺される直前だったんだ。カレンも、もう・・・」
両足を失ってさえ、ジュールは残った二本の腕でカレンを包容する。腕の中で眠るカレンの吐息はもう完全に聞こえない。
床に緑色の瓶が転がっているのを見つける。上級回復薬、部位の欠損レベルなら一瞬で治す修復薬だ。
「飲め、ジュール。まだ助かる!」
だんだんとジュールの呼吸は弱くなって行く。ジュールは激痛に堪えながら、カレンに懺悔の言葉を連呼する。
「いい。俺はもういい。ありがとな、アーノルド」
「だめだ。飲め。神から、両親から与えられた命だろ。カレンに救ってもらった命だろ。お前はそれを捨てるのか?」
「良い。カレンの居ない世界だ。もう要らない。価値が無い。死ぬのも生きるのも最早同じだ」
ジュールの真っ直ぐな瞳に当てられ、オレは気付く。今のジュールとオレは同じだ。終わりの無い生は、意味の無い生は、死と同義と言ったオレと。我儘に、自分勝手に自分の「生」を終わらせる術を探し回るオレと・・・
・・・俺よ。お前はジュールにお前と同じ人生を歩ませるつもりか?どんなに幸せを築いても、過去の絶望に打ちひしがれる人生を。
心が、脳がジュールを理解しようとする。しかし理解したくはなかった。例えそれがこの旅の、アーノルドの自殺旅の前提と矛盾するとしても。
「・・・分かった。オレは・・・今からカレンの頭を撃ち抜く。彼女を守りたかったら頭でも何でも使って受け止めてみろ。見せてみろ戦士ジュールは身を挺して、愛すべき者を守るという事を」
ジュールがオレを見つめる。少し微笑み、涙を流す。そしてまたオレに向かってニコリと笑って見せた。
「お前は優しいな、アーノルド」
「・・・最後の言葉は?」
「じゃあ、カレンへの土産にどうやってドラゴンを倒したのか教えてくれないか。オレには分かる、あれはスキルじゃ無い、魔術だ」
ジュールの息の間隔が段々と狭まっていく。ジュールは初めて魔術を見た子供のような顔をしながらオレに尋ねる。今まで見たことの無いものを発見したような、そんな顔だ。
やはり彼は生粋の冒険者だったのだと思う。
「・・・魔術の反発だ。相反する属性、火と水の魔術を同じ威力、魔力、そして適度なタイミングでぶつけ合う。成功すると火と水という物質は互いに消滅するが、魔力は残る。逃げ場を失った魔力は衝撃と光になり、大爆発する」
オレの淡々とした説明にジュールは笑う。
「ハハッ!どんな神業だよ」
「オレも修得するまで500年以上かかった」
ジュールは目を丸くし、何かを察したような顔をした。
「やっぱり、そうか。アーノルド・・・いや、アン。お前は・・・」
「どうした?」
「いや何でもない、やってくれ。もう身体の感覚が無くなってきた」
「・・・おやすみ。ジュール」
「ありがとう。おやすみ」
『水よ 穿て 潤せ 水弾』
音も無く、無慈悲にも水の弾は魔術師カレンの額へと向かう。傷一つ無い彼女の顔を貫くであろう水弾は、彼女の騎士にして恋人ジュールによって阻まれた。カクンッと曲がった彼の首は、奇しくも水の弾の軌道上に彼の頭を置いた。
パシュッ
という音と共に、水はジュールの頭を貫く。しかし弾の勢いは騎士の犠牲により完全に失われ、ただの雫となった水はカレンの顔に滴る。
雫は頬を伝い、重力を受け、乾いた地面を潤した。




