アレク王国第十六話『迷宮攻略』(6)
オレの足元に転がる頭蓋骨は、紛れもなく「人」のものに見えた。ここで言う「人」とはカレンやジュールなどの人間だけではない。二つの足で比重の大きい頭を支えながら歩く生物のことをさす。
エルフは「人」ドワーフも「人」もちろん人間は「人」魔族の「人」で良いだろう
それではこの頭蓋骨の主は?
何十年もの間、放置されていたのだろう。触れただけで崩れてしまいそうな骨は、虚しそうに迷宮の天井を見つめる。光を吸収してしまうほどに淡いその白色は、そこにもう魂が宿っていないことを物語る。
「もしかしたら、オレ達の大先輩かもしれないな・・・」
「ああ。そうだな」
オレとジュールはせめてもの手向けとして膝をつき、祈りを捧げる。土魔術で簡易的な墓標を立て、この骨の主人があの世へ旅立てることを切に願う。
せめて安らかに・・・
祈りを捧げ感傷に浸っていると、背後からカレンが声をかけて来た。オレの方をぽんぽんと叩いた彼女は、形容しがたい表情を浮かべていた。どこかバツが悪そうな、どこか不思議なものを見ているような。
「ごめん。感傷に浸ってるところ悪いんだけど、その骨ってモンスターのじゃないの?」
頭蓋の置かれている少し横。他のマンティコラの個体の下に隠れていた骨をカレンは指をさす。骨の形からするに、人の上腕骨。恐らく頭蓋骨と同じ主の骨だろう。
「モンスターってどういうことだ?」
カレンの疑問に戸惑うオレを横目に、ジュールは近くに散らばる骨達を集めていく。埋葬をしてあげたいようだ。
骨をかき集める。30本を超えるほどの骨を墓標の前に置く。しかし探すも探せどもこれ以上の骨は見つからない。明らかに骨の本数が少ないのだ。しかもー
「下半身の骨が全然無いわね」
かき集められた骨達を見てカレンはボソリと呟く。生物学の知識の乏しいオレでも一目で分かるくらいに、この骨の山には人の下半身の骨が見当たらない。具体的に言うのなら「人」の絶対的特性、二足歩行に必要不可欠な足の骨達が欠如している。
特性的に足を持ち合わせない「人」は人魚族だけだったはずだ・・・
おもむろに骨の山から、一つの骨を取り出しカレンは言う。
「恐らくこの骨の主はメドゥーサ。人型の魔物よ」
ー
メドゥーサ。
「石蛇人」人に害をなす魔物。
下半身は蛇、上半身は人間の女の形をしたモンスターだ。特徴すべきはその頭、髪の毛の代わりに5匹の蛇を生やす。メドゥーサと5匹の蛇に睨まれたものは問答無用で石化し、なすすべもなく捕食される。
視認されたら即終了の厄介な魔物だ。
「確かメドゥーサの討伐ランクって・・・」
「Bよ。マンティコラの2つ上。もし対面していたら危なかったわね」
カレンは顔を青ざめながら説明する。
メドゥーサの一般的な攻略方法は、「視認される前に討伐する」もしくは「7人以上で一斉に攻撃する」しかない。メドゥーサが一度に石化できるのは、6つ。5匹の蛇とメドゥーサ本体を合わせて、6つのものしか石化できない。所謂「数のゴリ押し」に弱い魔物だ。
この層の入り口は一つだけ。そしてオレ達の人数は3人。もしメドゥーサが待ち受けていたら、なすすべもなく石化されていただろう。
考えただけで肝が冷える。
「メドゥーサはマンティコラに負けたのかな?」
墓標用に立てた岩に座りこむジュールは、迷宮内に倒れ込む魔獣達を見渡しながら言う。
「そうだな。上層からなだれ込んできたマンティコラを止める術は持ってなかったんだろうな。そのままこの層もマンティコラのナワバリになった」
つい今し方オレ達に倒された魔獣達は、ある意味オレ達の命をメドゥーサから救ったのかもしれない。
良かったとカレンとジュールは笑い合う。初見殺しの石化を受けなかったことを心から感謝する。
そして仕留め損なったマンティコラが背後でわずかに動いたことには気づかない。
「危ない!!」
オレの叫びと同時にジュールはカレンを押しのける。マンティコラの尻尾から発射された毒針は一直線に、ジュールの腕に突き刺ささった。
「うぁああ」
鈍いうめき声をあげながらジュールは倒れ込む。同時にマンティコラも倒れ込み、満足そうに息を引き取った。
「ジュール!!」
カレンがジュールの元に駆け寄る。すぐさまバックから紫色の小瓶を取り出し、ジュールの唇に当てる。上級回復薬だ。
半開きになっている口の中に液体を流し込もうとした瞬間。ジュールは口をつむぎ、カレンの手首を掴んだ。
「・・大・・・丈夫。俺のスキルは知ってるよな。回復薬はまだ取っとけ」
力無くジュールは呟き、静かに目を閉じた。
ー
迷宮内は薄暗く、静寂に包まれる。外の時間に合わせられた灯りは夜が近づいて来ていることを示す。
マンティコラの毒針にジュールが倒れたため、今日の迷宮攻略はやむ無く休止となった。ジュールを横に寝かせながらオレとカレンは焚き火を囲む。
カレンが心配そうにジュールを見つめる中、オレ達ができることは何も無い。ジュール曰く彼のスキルで毒は大丈夫らしい。
ジュールのスキルは『毒かわし』
体に入った異物、体に害をなす毒などを撲滅するスキルらしい。生物としての免疫能力を上げるとかどうとか・・・まるで今日のためにあったようなスキル、一晩寝たら回復するらしい。
「そして私のスキルは『買い物上手』って言ってね。どこで何が買えるとかどう安く買えるとかがわかるスキルよ。戦闘で役に立ったことは無いわね」
微笑を浮かべながら説明するカレンはジュールの頭を撫でる。懐かしいものを見るような目で遠くを見つめるカレンは、おもむろに語り出した。
「昨日、何で冒険者になったのかって聞いたわよね。実はね・・・私は元々ジュールの家庭教師兼メイドだったの。私のスキルがジュールの父親、領主様の目に止まってね」
「元々は孤児でね、路上で寝泊まりしてたの。嬉しかったわ。メイドになって安定した生活を手に入れて教育も受けさせてもらえて。領主様の息子の教育係に任命された時は、死ぬ気で勉強した甲斐があったって飛び回って喜んだわ」
しんみりとした口調でカレンは話す。遠くを見据えたような彼女の目には、懐かしく美しい思い出が映し出されているのだろう。
「・・・でも、全部捨てて来たんだろ?ジュールのために」
オレの問いに彼女はコクリと頷く。
「昔ね私、危うくジュールを死なせてしまいそうな事があったのよ。私の作った料理に毒草が入っていたらしくてね。スキルのおかげで死ななかったとは言え、激痛だったはずよ・・・」
カレンは続ける。
「・・・でもね、ジュールは私を庇って平気なふりをしてくれたの。私がやっと手に入れた安定した生活を守るために」
「だから私は決めたの。私の主人はジュールだし、人生をかけて彼を支えるって」
ジュールに掛かる布を直し、愛しい息子を見るようにカレンはニコリと微笑む。
「良い女だな。カレンは・・・」
オレの呟きに、カレンはきょとんとした表情を一瞬だけ見せて吹き出してしまう。
「フフッ。私は全然『良い女』じゃ無いわよ」
「じゃあ、カレンの思う『良い女』ってのは?」
「そうねぇ。悪い男に騙されないで良い男を見極められるのを『良い女』って言うんじゃない?」
「良い男?」
「ええ。そこにいるだけで周りを安心させてくれるような、そんな人よ」
「じゃあやっぱりカレンは『良い女』だよ」
「あらそう?・・・ありがと」
寝返りをし仰向けになったジュールはうめき声をあげながらも、どこか幸せそうな表情をしている。
不規則に鳴るジュールのイビキは、オレとカレンの口角を少しだけ上げた。




