アレク王国第十六話『迷宮攻略』(2)
冒険者達の声援と喧騒の中、オレとジュールは互いに見つめ合っていた。
お目当ての依頼を被ってしまったオレとジュールは、些細なことで喧嘩に発展してしまった。ささやかな口論だけで終わらせるつもりが、気づくと周りに野次馬が出来ていた。
「Fランク風情が。この依頼は俺のものだ」
「違いますー。この前、Dランクに上がったんですー。異例の大出世中何ですー」
「運が良かっただけだろ」
「そうですー、オレ運が良いんです。だからその依頼もオレがやった方が良いと思うな、ほらダンジョンの報酬って結局は運じゃないですかー」
冒険者ギルド内での常套句、ランク煽りが空振りに終わったジュール君は、恥ずかしそうに舌打ちをする。
口論では勝てないと察したのか、ジュールは腰を落とし、拳を握り締めてオレの正面に駆け寄る。ジュールと防具の重さが合わさった拳は、数メートルの加速を経てオレの腹部にめり込んだ。
「ふぐ!!」
不意の攻撃に情けない声を出すも腹にめり込んだ腕を掴み、力一杯に投げ飛ばす。真っ赤な防具を身に纏ったジュールは床を転がり、ギルドのテーブルにぶつかる。
「不意打ちが決まって満足か!?こちとらそんな攻撃なれとるんじゃぁ」
「あんなんも反応できないやつがCランクの迷宮に行ける訳ないだろ!!」
「というか不意打ちの割に狙うのは顔じゃ無いんですねぇ?イケメンの心遣い的なあれか!?」
「・・・ああ、ごめんなさい。殴るのも躊躇うような顔をしてらっしゃたんで」
不毛な言い争いは終わらない。脳の血管がぶちりと切れたオレとジュールは罵り合い、殴り合い、そしてまた罵り合う。それを面白がる野次馬達は、ビールジョッキ片手にゲラゲラと笑っている。
「お前よりはイケメンじゃぁー」
辞めどころを見失ったオレ達は、また次のラウンドへと進んでいく。心の中ではもう辞めたいと叫んでいるが、こういうのは先に辞めてしまった者の負けである。
野次馬達がこの喧嘩で賭けを始めるほどになった頃に、遂に救世主は現れた。
「ちょっとアンタら何やってんのー!!」
聞き覚えのある声がギルド内に響き渡り、ジュールはピタリと動きを止める。見る見るうちに顔が青ざめていき、野次馬達を押しのけテーブルの下へと隠れる。この一連の行動もまた見覚えがあるものだった。
「隠れても無駄だよ。出てきな。そしてこの状況を説明しな」
「カレン・・・」
鬼の形相をしたレディーが野次馬をすり抜けてジュールの隠れるテーブルの前に立つ。
蛇に睨まれた蛙のように、ジュールはなす術もなく引っ張り出される。床に座らされたジュールは、今にも泣き出しそうだ。
ついでにオレも正座をさせられた。
「要約するとジュールはランク昇級のためにこの依頼が必要で、アーノルドさんはこの依頼をしないと家に帰れないってことね」
「「はい、そうです」」
オレとジュールの全力の弁明と説明の結果、カレンさんの怒りは少しだけ収まった。しかし根本の問題がまだ解決していない。ジュールとカレンには悪いが、オレはこの依頼から降りるつもりは無い。
あの地獄の機嫌のミューイを直すことは死活問題だ。死なないが、死活問題なのだ。
「じゃあ簡単じゃない。私達3人でこの依頼を受ければ良いのよ」
カレンが提案した。
実を言うと、オレも途中から一緒に依頼を受ければ良いのでは無いかと考えていた。ギルドの規定により、この依頼を受けるにはCランク以上の冒険者、もしくはDランク冒険者が3人以上必要だった。ジュールとカレンは昇格間近のDランク、Dランクのオレを合わさればちょうど規定人数だ。
「えー。こいつとかよ」
ジュールは不服そうにオレを睨む。何故こんなにも嫌われているのかは知らないが、依頼が受けれるのであればこの際どうでもいい。
「ほら決定。行くわよ」
カレンはジュールから依頼書を取り上げ、さっさと受付に行ってしまった。
「足引っ張んなよ」
オレの横で正座をしているジュールが悪態をついた。目にはうっすらと涙を浮かべていた。
ー
Cランク以上の依頼をDランクだけで受けるのはギルドが承諾しないかもと考えていたが、ジュールとカレンの功績とオレの最近の活躍の影響かあっさりと受諾された。
ギルドから手配された馬車に揺られながら、迷宮のある森へと向かう。『迷いの森』ではなく、王都から二時間ほどの小さな山のふもとだ。どちらかというと隣国デパトスと同じ方向だ。
硬い木製の席にオレとジュール達は向かい合って座っている。先ほど殴り合いの喧嘩をしていたからか、気まづい雰囲気がオレとジュールの間に流れている。
本来なら冒険者仲間として情報交換を一つや二つしたいものだが、なかなか話しかける勇気が出ない。ジュールも同じ気持ちなのか、外観を見つめて一言も発しない。
結局お互い話すどころか目も合わせないで二時間、目的地の迷宮に着いてしまった。この空気でこれから数日間、もしかしたら大人しくミューイと過ごしていた方が楽だったかもしれない。
「それではDランク冒険者ジュール、カレン、アーノルドによるCランク迷宮の開拓および攻略を只今を持って開始いたします。尚、攻略報酬はギルドに寄贈するものとします。また只今より六日間以内に電報もしくは他の信号がギルドに届かなかった場合、この依頼は失敗と扱われギルドから救助隊が編成されます。よろしいですね?」
馬車の御者をしていたギルドの職員が、長ったらしい説明を述べた。
「はい」
「分かった」
「さっさとやろうぜ」
防具もつけて準備万端なジュールは、痺れを切らしたかのように迷宮内へと歩を進める。暗闇に包まれた石の階段はさらなる闇へと続いている。
「それでは。剣神の導きが在らんことを」
ー
迷宮とは「宝物庫」だ。大抵の迷宮は人類や魔族といった「知性」のある生物が魔術を駆使して使ったもので、制作目的は財産の保護。財産というのは価値のある「物」だったり「情報」だったりする。先人達はその財産を他から守るように様々な工夫をした。誰にも財産を触れさせないように、しかし自分だけ攻略できるように、自分自身がその金庫の解除方法になるように、編み出した答えが迷宮だった。
冒険者にとっては危険を伴うが、報酬によっては一攫千金を狙える場所。まさに「宝物庫」だ。
この迷宮はつい二週間ほど前に発見された、未踏の迷宮で。周りの地層や場所的に約500年前に作られた物だという。500年前の技術と傾向で造られた迷宮ということで、ランクはC。500年前の平均的な魔術師は、今のDランク冒険者と同等だからだ。
長い下り階段を降りる。入り口からの光が完全に途絶え、オレ達は完全な闇に包まれた。
『灯火』
カレンがそう発したと同時に、オレ達の足元が照らされる。初級火系統魔術『灯火』。拳大ほどの火の塊を術者の近くに浮かせる魔術だ。松明などより使い勝手が良く、魔力消費が少ないため洞窟などの探索では必須の魔術だ。
初級魔術を無詠唱でヒョイと出したところも見て、カレンの役職は「魔術師」とみて良いだろう。そしてジュールが盾役、兼前衛だ。
更に数十分ほどすると、階段は終わり巨大な空間が広がっていた。
「止まれ。階段が終わった」
後ろに続く二人を止める。恐る恐る最後の段差から足を伸ばす。オレの足は危なげもなく迷宮の床に靴の裏を貼り付けた。
「・・・」
数秒。カレンとジュールはオレの後ろで、固唾を飲み見守る。もう迷宮の攻略は始まっているのだ。
「・・・とりあえずは安全そうだな。二人も降りてきていいぞ」
両足を地面に下ろしても異変は起こらなかった。安心したようにジュールとカレンも階段を降りてきた。カレンの火が迷宮内を照らす。しかし迷宮全体を明るくするには足らない。どこが天井で、どこに壁があるかは目視では確認できない。
「よし。散策する前に役職を確認しておこうか」
ジュークとカレンに提案する。本来なら迷宮に入る前に済ませておきたかったが、今回は仕方が無い。
カレンの火を囲うように座り、お互いの持ち物と装備を確認する。
「俺は前衛、役職は『剣士』カレンは『魔術師』兼『回復』の後衛だ」
いつの日か見た、カラスの紋章のついた剣を見せながらジュールは説明する。カレンも背負っていたバックから、緑色の瓶を3本取り出し見せてきた。
「取り敢えず上級回復薬は3本。初級と中級も3本づつ」
「了解。オレは『魔術師』前衛だ」
「魔術師で前衛?珍しいな。武器は無しか?」
不思議そうにジュールが聞いてくる。確かに詠唱の必要な魔術師が前衛になることは滅多に無い。
続けざまにジュールは質問をしてくる。
「そういうスキルか?」
「そうだ。説明した方がいいか?」
「いや。嫌ならいい。ただ回復薬には限りがある。俺達の回復薬は、俺達が優先的に使うぞ」
「当然だ。それで良い」
「了解。じゃあ進もうか」
そう言いジュールとカレンは立ち上がる。オレも立ちあがろうとした瞬間ー
ゴゴゴゴ・・・・
という音と共に迷宮全体が小刻みに揺れる。まるで侵入者を迎撃する準備をするように。一瞬の動揺の後、迷宮は揺れるのを止め、元の静かな暗闇へと戻った。
ー刹那。迷宮全体に光が灯る。
迷宮の部屋の壁は土で出来ていて、家が四棟ほど入るほどの広さだったことを知る。そしてこの空間にはオレ達だけが存在していた訳では無いことも知る。
眼前に広がる無数の魔物達。腹を空かせているのか、外敵を見つけたからか、血走った目をこちら側に向けている。
「前方!魔物の群れ。数、無数」
カレンが叫ぶ。その横で待ってましたと言わんばかりにジュールは剣を鞘から抜き、構える。
「ああもう!!『脳筋系』かよ!」
オレは魔物達に向かって叫び、魔術陣を展開した。
メリークリスマス




