第十五話『最高の夜(3)』
久しぶりの投稿です。
酒を飲む。フュヌイがオレの話に相槌を打つ。オレが彼女の話に相槌を打つ。それ以外のことに関しては、あまり記憶がない。
いつの間にやら、空のワインボトル3本が大理石のテーブルの上に置かれている。その傍にはまだ飲みかけのグラス、白く透き通ったワインが黄金色に輝いている。
ミラとフュヌイは「少し夜風にあたってくる」と言い、仕切り幕の外、現実の世界へと消えてしまった。大方、他のテーブルへと指名が入ったのだろう。この夢の様な世界にはオレとキュークだけが取り残された。真っ赤なソファに身を預けたキュークは、ピンク色の顔と虚ろな目をしている。
「なぁー。良いだろおう、ここ?」
呂律が上手く回っていないキュークは、空になったワイングラスを口に当てる。
「最高だよ。ワインも美味いし、雰囲気も良い、女の子も可愛いし」
「気に入ってくれたようで、何よりだぁー」
そう言い、キュークはソファに横たわり目を瞑る。体にジャストフィットしたタキシードにシワが出来る。
「ほら。こんなところで寝るな」
キュークの出っ張った腹を右手で揺する。瞬間、キュークは目を見開き、その巨体をガバッと起き上がらせた。
「オレのミラちゃんはー?何処に行っちゃったのー?」
「ミラちゃんは他のお客さんとこ行ったよ。ついでにフュヌイちゃんも・・・」
か細い声で、オレはキュークに現実を伝える。キュークは泣きそうな顔をしながら、もう一度グラスを口に当てた。
「いや、今夜は最後まで一緒に居てくれるって言ってたもん!」
駄々をこねるような声を出した小太りおじさんは、まだ現実を受け入れられない様だ。
そんなキュークを横目にオレはさっさと帰る準備をする。ここには窓がないから分からないが、おそらくもう深夜だろう。あの二人もどこかへ行ってしまったし、そろそろ潮時だ。
「ほら、もう帰るぞ」
「・・・・」
返事がない。部屋はなんともいえない静寂に包まれた。
・・・こりゃ、帰らせんのも一苦労だな。
そんなことを思いながら、キュークの方へと振り返る。しかしキュークは寝ているわけでもなく、拗ねているわけでもなく、何やら真剣な表情を浮かべている。
「何してんー」
「静かにしろ」
オレの質問を遮ったキュークは、目をギュッと瞑り、左右の手をそれぞれの耳へと当てる。静かな部屋の中、キュークの独り言だけが聞こえる。
「・・・違う、これも違う。」
何が起こっているのか把握できていないオレは、ただ見守ることしかできなかった。
数十秒間の集中の後、キュークはいきなり大声を出し、立ち上がる。
「見つけたー!!ここは・・・お手洗いかな?やっぱり他の客の所なんて行ってなかったんだ!」
「・・・もしかして、ミラちゃん達の居場所を特定したのか?」
「おう、オレのスキル『耳を傾けて』でな。耳がめちゃくちゃに良くなるスキルでな、集中すると広範囲の音を全部聞き分けられるんだ。」
悪びれもせず、ケロッとした顔でキュークは答える。不恰好なスキップをしながら、ソファへの方へと戻った。いかにも上機嫌なのが見て取れる。
・・・え、スキルでトイレの中を盗聴したってこと?それってどうなの?法律というか、常識としてヤバイんじゃないの?
先ほどまで一緒に酒を飲んでいた男が想像以上にヤバイ奴だったことに気づく。これが王女の護衛騎士だと思うと、少し不安になってきた。
「・・・あんまり、そういうことに使わない方が良いんじゃない?」
年配者としてキュークを諭す。キュークはハッと顔をあげ、みるみる青ざめていく。頭を抱えて、感情が溢れ出す。
「浮かれすぎた。こんな使い方しないって約束したのに。また酒の勢いで悪用してしまった」
分かりやすくキュークは落ち込んでいる。そのままオレの方を向いて、懇願するように言ってきた。目には大粒の涙を浮かべている。
「頼む。くれぐれも、このとこは内密に・・・」
「わかったよ」
半ば呆れるようにオレはため息をつき、キュークの願いを聞き入れる。酒による一時の過ち、ということで許してやろう。しかし時代が時代なら、タコ殴りにされても文句を言えないだろう。
・・・いや。どの時代でも有罪だなこれは。
心の内でキュークを軽蔑していると、二人の美少女が再び部屋の中へと入って来た。手洗いで化粧を直してきた彼女たちは、より一層美しくなっていた。気のせいかもしれないが服装も変わっていると思う。
「待たせちゃって、ごめんね〜」
「お待たせしました〜」
「いやいや全然待ってないよ〜」
先ほどまでの青ざめた顔はどこへやら。キュークは鼻の下をだらしなく伸ばし、ミラを右側へと座らせる。やはりヤバい男だったようだ。
オレの左側に座ったフュヌイも、小さな声で耳打ちをしてきた。可愛らしく。艶めかしく。
「じゃあ、もう少し楽しみましょうか」
「もう一本ワインお願いしまーす」
ー
宴もたけなわ。ベロベロに出来上がったオレとキュークは、ソファから立ち上がれなくなっていた。フュヌイ達が手洗いから帰ってきた後、最初のワインを頼んだあたりから記憶が完全にない。唯一覚えているのは、ここの支配人は隣国のデパルト出身とかそんな感じのどうでもいい話だけだ。
「フュヌイちゃ〜ん。支配人呼んでくれない?」
会計をするため支配人を呼ぼうとすると、幕が上がり一人の男が入って来た。ゴルディックだ。その手には2杯のグラスと、黒い板の様なものを持っていた。
「お帰りですか?キューク様、アーノルド様」
「ああ」
あまりのタイミングにオレは面を食らったかのような受け答えをする。さすが敏腕支配人と言われるだけある、その動きに一切の無駄が無い。
「こちら、本日のお会計となっております。それとアフタードリンクをサービスさせて頂きます。本日はご来店、誠にありがとうございました」
ゴルディックはドリンクとお会計をテーブルの上に置き、また暗い廊下の奥へと消えていった。どうしたらあんなにスマートになれるものか、教えてもらいたい。
支払いは支配人にではなく、相手をしてくれた女の子に渡すらしい。その方が、見栄を張った男達が多く払うのだろう。全く良い商売をしている。
机に置かれた黒い板を開ける。中には一枚の紙が入っていた。上の方から『席代』『サービス代』など色々書かれているが、そんなところはどうでもいい。紙の下側、一際大きく書かれた数字が目につく。
『87,500クェール』
・・・こりゃ当分は節約生活だな。
オレは財布のなかをまさぐり、小銭と紙幣をかき集めていく。刹那、財布の中で指が止まる。数枚の紙幣の下に黄金の輝きを見つけたからだ。フュヌイの太陽の様な笑顔が脳裏に浮かぶ。手に握っていたコインを全て財布の中に落とし、オレの親指と人差し指は吸い込まれるように黄金に光るコインを取った。
・・・今回だけ、今回だけ。
他の貨幣と比べても、大きさは変わらない。しかしオレの指の間にある金貨は、その見た目以上に重い。Eランク任務3回分の重みだ。
「はい、ご馳走様でした。釣りはいらないから」
オレは満面の笑みで、金貨をフュヌイの手のひらに置いた。彼女の瞳には余裕の無いおじさんの作り笑いが映っていないことを願う。切に。
「え?本当?ありがとう〜。でも大丈夫なの?」
何かを察したのか、この美少女はオレの懐事情を心配してくれた。本当に優しい良い娘だ。
「大丈夫!お茶の子さいさいさ」
嘘である。本当は『虎の子バイバイ』である。
「お茶の子さいさい?まあ大丈夫なら貰っておくね」
フュヌイはもう一度オレに感謝を伝えて、店の玄関までついて来てくれた。別れ際に「また来てください」と彼女の情報が書かれた『名刺』と呼ばれるものをもらった。
店から出ると、繁華街は夜の闇に包まれていた。今日は星一つない夜空だ。
ゴルディックが呼んでおいてくれた二台の馬車に、オレとキュークはそれぞれ乗り込む。
「最高っだったな」
「ああ最高の夜だった」




