アレク王国第十五話『最高の夜』(2)
外装と同じく、店の中には数本の蝋燭しか無く、薄暗い。
オレ達が店に入ると同時に、ピッシリとタキシードを着た男がオレとキュークの方へと歩み寄ってくる。女の子たちの姿は見当たらない。
「おかえりなさいませ。キューク様」
タキシードの男がぺこりとキュークに頭を下げる。いかにも紳士というような佇まいだ。
「さすが敏腕支配人。一年以上前に来た客も覚えているとは。」
支配人とやらは感心するキュークに対し、いやいやと謙遜する。そしてキュークの背後に立つもう一つの人影に気づく。
敏腕店主はオレの方を一瞥し、すかさず挨拶にやって来た。腰の低さは相変わらずだ。
「挨拶が遅れました。私、『最高の夜』最高支配人。ゴルディック・クックと申します。今夜はどうぞ最高の夜をお過ごし下さい」
そう言いゴルディックはオレ達を薄暗い迷路の中に誘導する。数本のキャンドルしか灯されていない店内は、どこか官能的な香りがする。一つ一つのテーブルは区切られていて、それぞれがプライベートな空間になっている。どこに誰がいて何をしているのかは、見えないし分からない。
「本当に今まで来た人間全てを覚えているのか?」
テーブルに案内されるまでの道すがら、オレは聞いてみる。
「ええ。私がここで独立してから来ていただいたお客様、お一人残らず覚ております」
「すごいな・・・」
「いえいえ。趣味のようなものです」
ゴルディックは淡々と説明する。気づくとオレ達は店の奥に位置する個室へと案内されていた。
大理石のテーブルを囲う様に置かれる、真っ赤なソファ。宝石のように美しいシャンデリアが天井から吊るされている。
「それでは、いい夢を」
店主は部屋の幕を下ろし、再び真っ暗な通路へと消えて行く。
幕はオレとキュークを現実世界から隔絶する。八人ほどが座れる大きなソファの真ん中に座るオレは、シャンデリアにぶら下が眩い宝石の数を数えていた。
キュークとの数分の沈黙の後、薄紫色の幕に二つの影が近付いて来た。
天幕が揺れる。否。雪のように真っ白な細腕が幕を持ち上げる。
現実世界との壁を突き破り、二人の美女がオレ達の目の前に降臨する。
「こんばんは。ミラです」
「こんばんは。フュヌイです」
「「こ・・・こんばんは」」
へへっと辿々しく笑うオレとキュークを挟むように二人は座る。彼女達の綺麗な瞳にはオレ達はどう映っているのだろうか。
・・・大丈夫かなオレ臭く無いよな?気持ち悪い笑い方してないよな?というかめちゃくちゃ可愛いんですけど!!
そんな事を思っているオレとキュークを挟む様にして、ミラとフュヌイはソファの両端からだんだんとつか寄ってくる。
「は、初めまして。オレ、アーノルド」
「お、俺!キュークって言います。よろしくお願いします」
-
おい、キュークさんよ。あんたいかにも夜の店に慣れてそうな言動してたじゃんかよ。なんでその格好で、その反応なんだよ・・・
真っ黒なタキシードを着た小太りな男は、デレデレとにやけ、鼻の下を伸ばす。 しかしキュークとミラの間には、数センチほどの不可侵領域が設けられている。誰かがわざと作ったスペースではない、キュークの無意識な警戒によるものだろう。あの数センチメートルのソファの山なりは、アスカラ山脈よりも高く、ルアック大陸よりも広い。
・・・ふん、臆病者が。なんのためのタキシードだ。
オレは心の中で悪態をつく。ただ勘違いしないで欲しい、キュークの事を悪くいっているのには、理由があるのだ。
何か他の事を考えていないと、オレは理性を失ってしまうからだ。この官能的な空間から逃げ出してしまいたくなってしまうからだ。
チラリと左横、数十センチ先に目線を送る。艶やかな桃色の髪をなびかせる少女は、オレの目線に気づきにこりと笑う。
「アーノルド君ってぇ〜 普段は何してる人なの〜?」
フュヌイはその小さな口を開け、やや高く、しかし落ち着いた声色をオレの耳へと届ける。
「ふ、普段は冒険者とかやってます。あとは家庭教師とか・・・」
「え〜!?冒険者すごーい。あ、筋肉もすご〜い」
そう言い、フュヌイはオレの横にピタリと座り、オレの腕をまさぐる。彼女とオレの間にあった数センチの不可侵領域は強引に潰され、数ミリメートル未満の服の繊維だけがフュヌイとオレの肌を隔てる。
・・・近い、近い、近い。めっちゃ近付いてきた!!しかも腕触ってきた。これ、いいの?触り返してもいいの?というかめっちゃいい匂いする。
ひと思いに目の前に置かれたグラスを掴み、一気に飲み干す。味はしない、しかし酒が体中に巡るのは分かる。
「そう、オレ毎日モンスター相手に命のやりとりしてんだぜ〜」
「かっこいい〜」
フュヌイは目をキラキラさせて、オレの話に相槌をする。そのまま空になったグラスに、白く透き通ったワインを注ぐ。
分かっている、彼女は仕事でやっているのだと。分かっているオレはただの客だと。
しかしそれら全部ひっくるめても、彼女が可愛いという事実は変わらない。
「すみませーん。この『クロ・ノスタルジック?』をオレと彼女にお願いしまーす」
「お願いしまーす」
オレの注文を復唱するフュヌイはニコリと笑う。




