アレク王国第十二話『演歌』
魔術の練習にも一段落ついたので、メイアの部屋で少し休憩することにした。
メイアは岩の生成魔術のコツをだんだんと掴んできている。このまま順調に行けば『岩壁』を1ヶ月足らずで完成させるだろう。
一方で土系統以外の魔術は、まだまだ練習が必要そうだ。魔術を発動させるには「魔法陣」「詠唱」「魔力のコントロール」を必要とするが、そもそもの魔法陣さえ発現しなかった。原因を解明するにも時間がかかりそうだ。
オレは部屋にある魔術書をパラパラめくりながら、次からの稽古について考える。メイアはどこへ行ってしまったのか、オレを部屋に取り残したまま帰ってこない。
「そういえば。イワンの家に泊っているらしいな」
突然の質問に振り返る。メイアはいつの間にか帰ってきていた。手には二人分の食事を持っている。
シャワーを浴びてきたのか、彼女の服装が変わっていることに気づく。微かに良い匂いもする。花の香りだ。
「ああ。イワンから聞いたのか?」
オレはサンドイッチを受け取りながら、イワンとメイアの関係性について思い出す。今更だが、王女様の護衛の実家に寝泊まりしているとは、なんとも不思議な気分だ。
「まあ、そんなところだ。ミューイは元気にしているか?」
王女様はサンドイッチを頬張りながら、イワンの一人娘の名前を出した。
・・・あれ?ミューイとメイアって知り合いだっけ?
いつの日か、ミューイにメイア王女について話したのを思い出す。しかしこの二人はイワン以外の関係性があったとは思えないが・・・
「ミューイと知り合いなのか?」
王族の食事を堪能しながら、純粋な疑問を投げかけた。
メイアは一瞬、アッとした顔になり。申し訳なさそうに答えた。
「何回か、イワンの家に遊びに行ったことがあるんだが・・・その時は変装していたんだった。ミューイには、このこと言わないでくれ」
両の手を合わせながら、メイアは懇願する。前々から思っていたが、この王女様は時々抜けている。オレが言うのもどうかと思うが、あと二ヶ月ほどでこの国の王になるとは想像できない。
「サンドイッチもう十個くれたら考えようかなー」
オレは最後の一欠片を口に放り投げる。
「また君はそういうことを言う」
呆れたような顔でメイアは言う、どうやら馬車の中で言った意地悪をまだ覚えているようだ。
「冗談だよ。でもそれくらい美味いってこと。これ何の肉使ってるんだ?」
「サラマンダーだ」
「・・・なるほどね」
流石は大陸一の王国のお姫様。食料調達もお手のものらしい。
ー
「それにしても、変装とか遠出で狩りとか・・・お姫様の割には自由すぎないか?王にも反対されたりしないのか?」
聞くところ、アレク王国の国王候補はメイア一人らしい。その割には護衛が少なく、彼女も自由に遊びまわっている。
「まあ、父上・・・国王は忙しい人だからな。それに、王になるまでは自由にしていいと言われている。私の護衛もあの3人で十分という判断らしい」
少し歯切れが悪そうにメイアは答える。
・・・いけない。あまり触れちゃいけない話題だったか。
不穏な空気を察したオレは、すかさず話題を変える。
「それにしてもメイアの変装かー、見てみたいなあ。変装して何やるんだ、視察とかか?」
「そうだな。この国の民がどういう暮らしをしているのかを知るには、変装して散歩するのが一番なんだ」
少し茶化すだけの予定だったが、思いの外しっかりとした理由があった。
前言撤回だ、やはり彼女は王として相応しい。
「あと・・・やっぱりこの国に住む人達が好きなんだ。変装した私でも良いから、仲良くなりたかったんだ」
メイアは真っ直ぐな目で、窓の外に映る街を見つめる。
・・・やばい。感動で泣きそうだ。歳をとると涙腺が脆くていかん。
若き王の話に感動しながら、オレは涙をグッと堪える。
「良かったら。その『この国の人達』の話、聞かせてくれよ」
「聞いてくれるのか!?」
パァッとメイアの表情が明るくなり、彼女は話し始める。それと同時に中庭の方から誰かの歌声が聞こえてくる。
中庭の方を見ると、護衛が一人、キュークが天を仰ぎながら大音量で歌っているのが見える。少し膨らんだ腹を最大限に生かして歌っている。
「キュークは毎日2時になると、ああやって歌うんだ。本人曰く、知人から教わった演歌らしいが・・・」
メイアが説明する。しかし演歌と言うには、少し音程が外れているように思える。
「というか、もう2時か・・・。授業を再開するか」
少し名残惜しそうに、メイアは本棚に向かう。
「いいや。今日は十分やったよ。やりすぎも体に毒だぞ。・・・代わりに、この国についてオレに教えるってのはどうかな?」
教科書を本棚に戻し、オレは提案する。
メイアは少し不思議そうな顔をしながら、しかし嬉しそうに頷く。
「そうだな、やりすぎも良くないな。じゃあ、街の外れに住んでいる東洋の国から移住してきた夫婦について話させてくれ」
「ああ。よろしく頼む」
意気揚々と王女様は話を始める。
戴冠式まであと二ヶ月。そうそうゆっくりもしてられないが・・・今はただこの空間が心地よい。
王城中に少し音の外れた演歌が響き渡る。




