アレク王国第7話『彼女の部屋にて』
可愛らしい部屋だった。角に置かれた勉強机と本棚、窓辺に飾られた白いシオンの花、そして今からオレが眠るであろう花柄の布団がかかったベッド。先ほどまで着ていたワンピースもそうだったが、ミューイは花柄が好きなのかもしれない。
そんなことを思っているとパジャマ姿の無防備になったミューイが部屋に入ってきた。髪の毛が少し湿っている。洗ってきたのだろうか?
「もしよかったら、アーノルドさんもシャワーどうぞ。父の部屋の隣にあります」
シャワー?中級魔法の『鉄雨』のことだろうか?
とりあえずミューイに案内された部屋に入ってみる。そこには白い陶器で出来た湯船とその真上に銀色の筒のようなものが設置されていた。銀色の筒の先には無数の穴が空いており、筒のもう一方は何か箱のようなものに繋がっていた。
箱の蓋は簡単に外れた。万が一にも壊さないように中をそーっと除く。箱の中には2つの魔石が入っていた。試しに箱に着いていたボタンを押すと、箱の上の方にある魔石から水が生成される。それと同時に下の方にあった魔石が赤く変色し、生成された水から蒸気が出る。
なるほど。『創水』と『灼熱』の掛け合わせか。
魔石とは簡単に言うと、魔力に反応して何らかの作用を働く石の事である。代表的なのはミスリルや魔鉄鋼など。
これは割と安価な魔鉄鉱だろう、いわゆる家庭用というやつだ。そして魔石には魔術を付与できる。どうやるかというと専用の道具で石をガリガリするのだが、それもまた骨が折れる作業だ。この箱は二つの魔石にそれぞれ魔術を付与して、温かいお湯を生成する機械だ。
・・・ということは。
湯船に着いている蛇口を捻る。すると箱の中で生成された熱湯が筒の穴から雨のように降り注ぐ。
なるほど『お湯掛け流し機』か。一日の汚れと疲れをぶっ飛ばすには最適な機械だな。
このような魔石を使うアイデアは500年前にもあったが、それを制御する箱、水滴を漏らさずに送るこのパイプ、そしてこれらを一般家庭用までに量産できる技術はなかった。
文明の利器で生まれたシャワーで汚れと疲れをしっかり洗い流す。この何ともいえないちょうどいい温度が筋肉たちをほぐしてくれている気がする。
足元をみると湯船に空いた穴から水がはけていることに気づく。水漏れというわけではないので、汚い水を湯船から出すための機構だろう。
そうか、この穴からでた水が地下水路に放出されて自然に還るのか。
水質調査の依頼で回った地下水路を思い出す。水路は割と昔から作られてきたが、一つ一つの家それぞれにつながっている水路機構など見たことがなかった。しかもそれを地下に作ってしまうとは。
この500年間で一体人間はどれほどの技術を獲得したのだろうか。
ー
「いやーさっぱりした」
温かいお湯でまだ少し火照る体が冷えないうちにミューイの部屋へと戻った。ミューイは花柄のベッドにちょこんと座り、オレが部屋に入ると笑顔を見せた。
「どうでした、うちのシャワー?」
「最高だったよ。あんなのが家にあったら最高だな」
ミューイがエヘヘと笑う。とても愛らしい笑顔だ。シヴァがあんなに過保護になるのもわかる気がする。シャワーを浴びて化粧が落ちているが、すっぴんの方が可愛らしいとも言える。濡れた赤茶色の髪も妙に色めかしい。
だめだ、変な気持ちになってしまう。
「髪、乾かさないのか?」
「乾かしたいんですけど・・・私、火の魔術しか使えなくて」
「良かったら乾かそうか?オレ風も使えるよ」
「いいんですか?」
ミューイはオレの前にちょこんと座り、その無防備な背中をオレの方へと向ける。オレは彼女をこのまま押し倒してしまいたい衝動と戦いながら、両の手に魔法陣を浮かびあがらせる。
「風よ 導け 風来」
「わー風だー・・・あれ?暖かいですね」
そう、右手で『灼熱』、左手で『風来』を作り風を温ながら流す。さっきのシャワーと同じ原理だ。髪の毛にはただの冷たい風よりも、温風の方が適していると聞く。ミューイの綺麗な髪を冷たい風で傷ませるわけにはいかない。
「もしかして無詠唱魔術を使えるんですか?だから風を暖かくできた?」
「ご名答」
ミューイも気づいたらしい。魔術とは基本的に詠唱を必要とする。しかし無詠唱で魔術を撃てるものも存在し、それには弛まぬ努力とセンスを必要とする。もし一つでも魔術を無詠唱で放てるようになると、二つの異なる魔術を同時に打てるようになる。
「すごいですね。魔術のセンスがあるのに冒険者になる人って珍しいんです。すぐランク昇進、間違いなしですね」
ミューイのベタ褒めに思わず口元が緩んでしまう。流石にここまで褒められるのは予想外だった。初級魔術程度の無詠唱などそんなに珍しいわけでもない。
それに本当に才能のあるやつってのは中級魔法でさえ無詠唱でポンポン打てるやつのことだ。しかもたったの数十年そこらで極めてしまう。オレはこの千年ほど魔術を練習して、やっと全属性の初級魔法を無詠唱で打てるようになるレベルだ。
魔術を使ったからか酒が回ってきたのか、体にどっと疲れがくる。まぶたも重い。
「・・・もう夜も遅いし、そろそろ寝るか」
「そうですね」
「オレはどこで寝ればいい?」
部屋を見渡す。ベッドの他に何か布団の代わりになるようなものはない。まあオレは雑魚寝でも十分なんだが・・・
「今、お布団持ってきますね。・・・それとも一緒のベッドで寝ます?」
ミューイがニヤニヤしながら、オレに尋ねる。こんな誘惑をされるとは。彼女から見てオレはそんなに安全そうに見えるのだろうか?それとも本当に誘われているのだろうか?
そうだとしたらぜひお誘いを受けたいが。万が一シヴァに見つかtたりしたら、オレの大事な部分を串焼きにされそうなので泣く泣く断るしかない。
「こんなおじさんをからかうんじゃありません。本来、男と一緒の空間で眠ること自体がダメなのに」
「おじさんって、アーノルドさん面白いですね。多分私の方が年上ですよ」
くすくす笑いながらミューイは布団を取りに行った。
意外と酒に強かったり、オレより年上と言い張ったり。ミューイは一体何歳なのだろうか?
・・・まあ、考えるのはやめておこう。レディーに年を聞くことと同じくらい、レディーの年を予想するのは失礼に値する。




